25.熱い討論を交わす
熱い討論を交わすキャーチャー閣下とピグモル神官長。内容はスラム街の解体や、金銭の調達方法などに移ってきた。
ガドルは考えることを放棄している。私も置いてけぼり気味だ。
「わー」
机の上に、そっと【パン粥にラニ草を添えて・不良】を取り出してみる。
「これは?」
『私がファードのスラムで配っていたパン粥だ。残りEPが10%未満になっている場合、EPを40、HPを10回復させる効果がある。味は知らぬ。とりあえず、飢えをしのぎ動けるようにはなるだろう』
怪訝な顔でパン粥を見ていたキャーチャー閣下とピグモル神官長が、驚いた顔を私に向けた。
どうした?
「このような粗末なもので、そんなに回復するものなのか?」
「定期的に炊き出しをしていましたが、野菜なども入れてもう少し……いえ、それでもEPの回復はともかく、HPは回復しません」
『必要ならレシピを提供するぞ? ちなみにEPが10%以上だと、EPは20、HPは1しか回復しない。空腹の者専用の薬膳粥だ』
キャーチャー閣下はパン粥から私へと顔を上げたが、ピグモル神官長は不思議そうに、パン粥をしげしげと観察している。
「貧民には有用な炊き出しだが、貧民を装う者には然したる利にならぬというわけか。食べてみてもよいか?」
『どうぞ』
器を手に取り、【パン粥にラニ草を添えて・不良】を口に運ぶキャーチャー閣下。つい先ほどまで痩せこけていたのだ。彼には最大の効果が発揮されるだろう。
せっかくなので、ピグモル神官長の分も出す。
「あまり美味いものではないが、なんというか、仄かに落ち着くな」
ゆっくりと一口ずつ、キャーチャー閣下はパン粥を食べていく。
一方、それほど空腹ではないピグモル神官長は、首を傾げた。
「あっさりとしていますね。病人や衰弱している者にもよさそうです。あまり腹に溜まった気はしませんが、私のEPが多いからでしょうか」
私自身は物を食べられないので、数字でしか判断ができない。実際に食べたことのあるガドルに意見を求めることにする。
「満足できるかと聞かれれば、誰もが足りないと答えるだろう。だが動けるようになるには充分だ。実際に俺はそのパン粥を食べて、久しぶりに生きていると思えた」
「わー」
そう言ってもらえると嬉しいな。
「それにしましても、にんじん様は本当に奇特な御方ですね。異界の旅人の多くは、この世界に現れるなり、魔物との戦いに熱中していると聞きます。町を観光する者や、製造業に力を入れている者もいるようですが。基本的に自分がしたいことに夢中で、この世界の事まで考える者の話はあまり聞きません」
「わー……」
なんだかすまぬ。
プレイヤーたちにとって、この世界はゲームだからな。自分が楽しむために行動するのは仕方ないことだ。
だが全てのNPCに人工知能が搭載されていて、自分たちはこの世界で生きていると思っているなら、プレイヤーの行動によって、客人のままでいるか友となれるか変わってきそうだ。
とはいえ私も自由に振る舞っているだけなので、ちょっとむず痒い。
「今日はこの辺りにしましょう。閣下は病み上がりです。少しお休みください」
「うむ。お心遣い申し訳ない」
「わー」
ピグモル神官長に窘められて、キャーチャー閣下が残念そうな顔をする。どうやらこれでお開きのようだ。
ならば立ち去る前に伝えておこう。相手は王弟殿下。また会えるとは限らないのだから。
『最後に一つ、閣下に御忠告しておきたいことがある』
「なんだろうか?」
声から私の真剣さを感じたのだろう。キャーチャー閣下が表情を引き締めて私を見つめる。
『ヒキガエルの見た目に騙されてはならぬ。ヒキガエルのおとぼけっぷりは、至高の可愛いさである』
「なん、だと!?」
ピシャーンッと、キャーチャー閣下の背後に落雷が見えた。
色んな蛙グッズが飾ってあったのに、ヒキガエルだけなかったんだよ。
「何の話だ?」
ガドルが呆れ眼で私たちを見ていたが、蛙の可愛さが分からぬとは気の毒な奴よ。
ピグモル神官長はにこにこ微笑んでいる。頭の上に「?」が浮かんでいるのは気のせいだろう。
愕然とした表情で、しばし固まっていたキャーチャー閣下が、混乱しながらも復活を果たす。
「そうだ。ガドルの名誉回復とスラムの改善では、にんじん殿自身の褒美にはなるまい。何か欲しいものはないのか?」
話を逸らしたな。
だがしかし……。
「わー……?」
欲しいもの、ねえ。
特にないかな。
「本当に無欲なのだな。……では、私のコレクションを一つ差し上げるとしよう」
閣下がベルを鳴らすと、執事がやってくる。
「ホッシュ」
何やら囁かれ、とんぼ返りで部屋から出ていく執事。ちょっと主人に向けるべきではない微妙な顔をしていたように見えたが、気のせいだろうか。
戻ってきた彼の手には、イエアメガエルのぬいぐるみがあった。ふわもこのぬいぐるみではなく、蛙の皮膚っぽい生地でできている。大きさはキャーチャー閣下の掌と同じくらいだ。
閣下に渡すと、またもや退室する執事。
忙しなくさせて済まぬ。
「わー?」
「これは以前、池の妖精から貰ったアイテムでな。中は袋になっていて、手足が金属にくっ付くのだ。にんじん殿が入るのに、ちょうどよい大きさではないか?」
「わー?」
イエアメガエルのぬいぐるみを手に取って、口をみよーんっと広げるキャーチャー閣下。
よく伸びるな。
EPがほとんど回復していた私は、ぬいぐるみをよく見ようと植木鉢から出て閣下に近付く。
たしかに、ちょうど私が入れそうな大きさだな。
「わー……」
ぬいぐるみを見ていた私は、閣下にむんずと捕まれて、イエアメガエルのぬいぐるみに入れられた。……もう少し丁寧に扱ってほしい。
それはさておき、だ。
「わー!」
凄いよ、これ。
袋というより、着ぐるみと言ったほうがしっくりくる着心地だ。二股の根をイエアメガエルの後ろ脚にインすれば、着たまま歩ける優れもの。
「わーわー」
思わず歌いながら、軽い根取りで机の上を歩き回ってしまう。
きらりーんっと根元を光らせた私は、ガドルのほうに向かって走り、自慢の跳躍力でジャンプ!
「わー!」
ガドルの鎧に、ぴとりと貼りつくイエアメガエルの手足。腕のないマンドラゴラだが、イエアメガエルのぬいぐるみは手も勝手に鎧へぴとり。
素晴らしい。
「おお、これは素晴らしい! ……私もマンドラゴラが欲しいな」
キャーチャー閣下が、子供みたいに目をきらきらさせていらっしゃる。
考えが丸見えです。
逆にガドルは、何とも言い難そうに表情を歪めて私を見下ろしていた。