24.やはりお前では
「やはりお前ではなかったのだな」
「当たり前です!」
吠えるように訴えるガドルを、キャーチャー閣下は咎めることなくじっと見つめる。
見つめ合うこと数秒。ふうっと息を吐いたキャーチャー閣下の視線は、ガドルの顔から下がり、彼の膝――私に向かってきた。
「ガドルの怪我を治したのも君か?」
「わー!?」
ばれてたの!?
「ここで見聞きしたことは内密にすると約束したから、見ぬ振りをしていた。だが、さすがに無視するのも辛くなってきてな。無論、他言はせぬよ」
苦笑するイケオジ。
「わー……」
私の声が漏れていたのだな。
『イセカイ・オンライン』は脳波を読み取ってアバターを動かすプログラムを採用している。この技術は、現実の肉体ではできない動作を可能とした。
素晴らしい技術に感じるけれど、脳波を読み取って反映させるため、声にするつもりのない言葉などが漏れ出すという問題点がある。
つまり独り言が多くなったり、本音がぽろりと漏れたり、喜んだときに脳内で踊っていた人は、実際に躍り狂ったりするわけだ。
クールキャラを演じていた仲間が突如踊り出す光景は、中々愉快であった。
ゆえに本性が分かる世界と呼ばれ、脳波読み取りタイプのVRを敬遠する人がいる一因にもなっている。
話が逸れた。
気付かれたのなら開き直ろう。【幻聴】発動。
『マンドラゴラのにんじんだ。ガドルはパン粥一杯の恩を返すために、怪我を押してマンドラゴラを護ろうと戦う、誇り高き戦士であり私の友だ。閣下が推察した通り、私と出会ったときは酷い有り様で、私のスキルで治療させてもらった。彼が犯人だなんて有り得ないと断言しよう』
「にんじん……」
ガドルが潤んだ目を、短い左腕でぐっと拭った。鎧を着ているせいで、拭けてないけど。
ところで私、普段は敬語も喋れるのに、どうして尊大な言葉遣いなのだろう。これもVRあるあるだな。
「私もそう思うよ。ガドルと直接関わったのは一度だが、彼が欲目で人を傷付けるような人物には見えなかった。これでも国の中枢で魑魅魍魎共を相手にしているのだ。人を見る目には自信がある。だが疑いがある以上、独断でガドルは無実だと公言するわけにはいかない」
ガドルに話を聞いたのは、彼が無実であることを確認するためということか。
『私はガドルの名誉を回復したい。もしも私が施した治療に少しでも感謝してくれるなら、ぜひ協力してほしい』
「もちろんだ。無実の高ランク冒険者を、むざむざ王都から遠ざけるなど愚の骨頂。そもそも件の事件で、我が国は貴重なAランク冒険者を失ってしまった。国政に関わる者としても、ガドルにはぜひ我が国で活躍を続けてほしいからな」
国防のための兵士や、王族を護る騎士は存在する。しかし冒険者もまた、魔物が跋扈するこの世界では必要なのだと、キャーチャー閣下は説明した。
特にAランク以上の冒険者が持つ力は侮りがたく、高ランクの魔物が現れた際の防衛や、他国への牽制に影響が出るのだとか。
ガドルとキャーチャー閣下の話は終わったので、再びピグモル神官長を呼んで話し合いの場が設けられた。
閣下は病み上がりなのだから休んだほうがいいと思うのだが、大丈夫なのだろうか?
執事の肩を借りて寝台から下り、ソファに移るキャーチャー閣下。いつの間にか寝巻からシャツとズボン姿に変わっていた。
こういうところでゲームなんだと意識を戻されるよな。
ガドルとピグモル神官長も、それぞれ一人掛けのソファに座る。執事は出て行った。
まだEPが回復途中の私は、植木鉢に植わったままテーブルの上だ。完全に観葉植物の扱いである。
「スラムの改善が希望ということだが、具体的に何を望む? 炊き出しを毎日続けたところで、減るどころか、どこからともなくやってきて増えるだけだぞ?」
話し合いの内容は、私が出したもう一方の条件、スラムの改善だ。ピグモル神官長は、キャーチャー閣下の財力と人脈を利用するつもりらしい。
『炊き出しもしばらくは必要だが、病人や怪我人の治療と子供の保護、それに職業訓練と実地ができればと考えている』
食料を与え生命線を確保することは必要だ。しかしスラムで暮らすことになった原因が解決しなければ、自立に向かうことは難しい。
子供に関しては神殿でも引き取っているらしいけれど、手が回りきらないという。
「医療行為を無償でするとなると、かなりの負担だぞ? 平民でも治癒師に見てもらうどころか薬を得ることすら難しいと聞く。治療を受けるために、わざとスラムに身を落とす者まで出てきかねない」
『完全な治療までは求めない。ただ、せめて路上で野垂れ死ぬのは防げればと考えている。また病人の世話を動ける者たちに任せることで、職業訓練にもなるだろう。介助や介護などの技量を学び、社会復帰に繋げられればと思う』
甘い考えかもしれないけれど、できるところから改善していかなければ、いつまで経っても変革は成せない。
「なるほど。医術まではできずとも、傷病人の介護ができるのであれば、働き口は探しやすいな」
この世界には魔物がいるから、怪我人は後を絶たない。医療従事者は常に不足しているそうだ。
他にも少し裕福な家で介護する、いわゆるヘルパーなどの仕事を説明すると、がぜんキャーチャー閣下とピグモル神官長が乗り気になった。
「使用人に世話をさせていたが、初めの頃はこちらの意思が伝わらず歯痒かった。慣れている者が世話をしてくれるなら助かるな」
病に臥せっていたキャーチャー閣下は、実体験を踏まえて意見を述べる。
とはいえ身分社会。貴族の体を貧民が世話するのは問題があるという。だから下位貴族で職に溢れている者たちを教育してみようかと、話が逸れていった。
「使用人を雇うとなると庶民には負担が大きいですが、一時的に派遣されるのであれば費用が安く済み、利用する者も出てくるかもしれません」
「怪我を負った冒険者は、傷が癒えるまで動けず、仲間や知り合いに頼んで最低限の用事だけ頼むことが多い。療養中の栄養失調や無理がたたって、回復が遅くなったり引退したりする場合もある。必要な時だけ雇えるなら助かるだろうな」
ピグモル神官長とガドルは、庶民目線での意見だ。ガドルの話は巷で多くある事例ということで、有用だな。
他にも怪我で引退した騎士や兵士など、介護を必要とする人は多いだろうと話は盛り上がっていく。
新しい就労先を作れそうだ。
『介護以外でも、少額でいいから収入を得ることで、自信を取り戻してもらうのもいいと思う。普通に生活するだけの賃金は稼げなくても、次へのステップになるだろう』
いきなり働くのは難しくても、ワンクッション置くことで普通に働ける場合もある。要は慣れだな。
「具体的には何か考えているのか?」
『簡単に作れそうな雑貨や食品を作れるようになってもらい、店舗で売れればと。裁縫や料理を学んで仕事に繋げてくれてもいいし、販売の仕方を学んで就職してくれてもいいだろう』
食品はパンケーキなど、簡単で美味しいものを考えている。重曹を活用せねば。
プレイヤーに馴染みのある食べ物だし、甘い系の他に惣菜系やテイクアウト用も作れば、それなりに売れるだろう。
『後は聞き取りしていかなければ何とも言い難いな。ガドルのように、実は優れた才能がある者もいるかもしれない。そういう者は元の職業に戻れるようにするか、他の者たちにその技術を教える側に回ってもらえればと考えている。教えてもらうのは無料でも、働けるようになったら一部を運営費に収めてもらうか、運営に協力してもらう』
「なるほど。初期投資は大きいが、最終的には支援金を減らしても成り立つようにするわけか」
思いつくことを片っ端から話していくが、感心されたり首を捻られたりと、反応は様々だった。
とはいえ全て検討してくれるということなので、後は任せていいだろう。
神殿と閣下が動いてくれるのだ。私が一人で右往左往するよりも、きっとよい方向に進むはずである。