23.にんじん様は、王都は
「にんじん様は、王都は初めてですか?」
『一度来たが、観光もせずファードに戻ったのだ。ファードと違って店の種類が多いな』
「後でゆっくりと観光なさってはいかがでしょう? 護衛をお付けしますので」
『お心遣い感謝する。けれど護衛は不要だ。私にはガドルがいる』
神殿の聖騎士がいたら、緊張して楽しめそうにないからな。
窓から見える風景を、ピグモル神官長が案内してくれる。
馬車からの観光を楽しんでいる内に、目的の館に着いた。歴史を感じさせる、灰色の渋い洋館だ。
どう見てもお貴族様の館である。それも高位と思わしき……。
「わー……」
これ、失敗したら洒落にならないのではなかろうか。
【神樹の苗】君、よろしく頼むよ。
隣で堂々と植わっている【神樹の苗】が凛々しく見えた。……末期かもしれない。
「お待ちしておりました、神官長様」
執事に案内され、館の奥へ進む。観葉植物に擬態している私は、なるべくじっとしている。
「わー」
こっそり根元を覗かして屋内を見物。
廊下に飾られた花瓶や絵画、彫刻は、いずれも落ち着いていてセンスがいい。
「わー」
私、この館の主と仲良くなれそうだ。きっと、『ジャングルでぱっくん~蛇が降ってきてギャー!~』のよさを分かってくれるだろう。
絵画や彫刻にこっそり混じる、緑の妖精たち。
モリアオガエル、イエアメガエル、チャコガエル、モリアオガエル……。
推しはモリアオガエルですか。ヒキガエルもちょっと抜けてて可愛いですよ。
廊下の絵画や彫刻を観察していたら、目的の部屋に着いた。
「旦那様、神官長様がお越しです」
「お入りいただけ」
重厚な扉が開き、中の様子が見えてくる。
現実世界の私の居住スペースを丸っと入れても余りそうな広い部屋に、大の字になってごろごろしても落ちそうにない大きな寝台が置かれていた。
部屋の中に入り、寝台に横たわる人物の姿を確認する。
なんというか、死相が浮かんでいるってこういう意味なんだなって顔をしていた。
年齢は不明。痩せこけていてしわだらけで、老人に見える。けれど目や骨格を見ると、もっと若くも見えた。
「それは……! 実が、実が生ったのですか? 私は女神キューギット様に見捨てられていなかった……」
私の隣に植わっている【神樹の苗】君を見て、双眸を潤ませる年齢不詳の男性。
「閣下、どうか御人払いを」
「皆、下がれ」
ピグモル神官長から閣下と呼ばれた男性の一声で、部屋の中にいた使用人たちが一礼して退室した。
「どうか閣下、これから見聞きすることは、御内密にお願いいたします」
閣下は微かに戸惑いの色を見せたが、理由は聞かずにはっきりと頷く。
「承知いたしました。決して他言せぬと誓いましょう」
「では御目を御閉じください」
「うむ」
目を閉じて、ゆっくりと呼吸をする閣下の様子を確認してから、ピグモル神官長が私に目配せをする。
【癒しの歌】発動!
「わわわわ~」
輝き出す閣下。そして萎れる私。
「わー……」
【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良(大瓶)】使用。
これ、今度また多めに作っておこう。
ふうっと一息ついて根元を上げると、ぎょっとして私を凝視していたピグモル神官長と視線が合った。
「わー?」
どうかしましたか?
こほりと咳払いして目を逸らされた。
何だったのだろう?
視線をずらすと、一緒に植わっている【神樹の苗】君が嬉しそうに葉をきらめかせている。どうやら【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】がお気に召したらしい。
「わー」
友よ。存分に味わうがよい。
「閣下、御気分はいかがですか?」
私が神樹の苗と語らっている間に、ピグモル神官長は閣下の容体を確認していた。
「女神キューギット様、感謝します! 本当に治っている!」
驚きを含んだ声に視線を向けて、私も驚く。
「わ?」
誰?
先程まで寝台に横たわっていた、ヒキガエルみたいにしわを刻んだ男性はどこへ行ったのか。筋骨隆々とした四十前後のイケオジが出現していた。
「まさか、キャーチャー閣下!?」
「わー?」
ガドル、知ってるの?
「王弟殿下だ。一度だけお会いしたことがある」
「わ!?」
王弟!?
それも凄いけど、王族とお会いしたことのあるガドルも、実は凄い人なのではなかろうか。私、とんでもない友を持ってしまったのかもしれない。
「そちらにいるのは……ガドルか!? 無事であったか!」
ガドルとこそこそ話していたら、こちらへ顔を向けたキャーチャー閣下が、ガドルを見つけて破顔した。
一度会っただけで顔を覚えられている上に、この態度っておかしくないか? ガドル、私に何か隠していない?
じとりと友を見上げると、ガドルのほうが困惑した様子だった。
どういうことだ?
「申し訳ない、神官長様。彼と二人で話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
キャーチャー閣下に頼まれたピグモル神官長が、こちらを一瞥する。ガドルが頷くのを見て取ると、閣下の申し出を承諾した。
「分かりました。では外でお待ちしております」
「ありがとうございます」
呼び鈴の音を聞いて現れた執事に案内され、ピグモル神官長が部屋を出ていく。
その際に私が植わる植木鉢をガドルから受け取ろうとしたのだが、ガドルが何食わぬ顔で拒否したため、手ぶらで出ていった。
神官長でさえ追い出されたのに、王弟殿下の寝室に居残る私。
当事者であるガドルが許可したのだ。きっといいのだろう。
「そこへ座りたまえ」
寝台から下りる素振りを見せたキャーチャー閣下だったけど、実際に下りることはなく、寝台の上で上半身を起こすだけに留まった。
病気が治っても寝たきりだったせいで、体が思うように動かないのだろう。
「失礼します」
寝台脇の椅子に腰かけたガドルの膝に、植木鉢越しで座る私。
可愛い女の子じゃなくてすまんな、ガドル。
「報告によると、新ダンジョンの探索で複数のAランク冒険者が命を落としたと聞いた」
「……はい」
「彼らの命を奪ったのは、お前だともな」
「俺ではありません!」
ガドルの指に力がこもり、植木鉢がぴきりと音を立てる。
「わ!?」
ガドル、指、指! 植木鉢、私の命綱よ? 予備があるからいいけどさ。
「一緒に入った奴らは、顔見知りばかりだったんですよ!? 固定パーティは組んでいなくても、たまに組んで依頼をこなすことだってあった。夕方に顔を合わせて、一緒に飲みに行ったことだって。それなのに、なんで俺が……」
「わー……」
ガドル……。
植木鉢ごときで騒いですまん。遠慮なく壊していいぞ。