22.ガドル殿、誤解されては
「ガドル殿、誤解されては困ります。にんじん様は貴重な回復魔法を使う御方。神殿は彼に敬意を表し、大切に持て成すと誓いましょう」
「神殿が約束してくれるとしても、にんじんはこの姿だ。横暴な扱いを受けないとは限らない。それに稀有な力を持つと知られれば、狙われるだろう?」
まあ、マンドラゴラだからな。無理をさせてもいいと考える人間はいるだろう。ついでに貴族やら有力者やらから狙われるわけか。
たしかに嫌だな。身動きが出来なくなりそうだ。
再び協議を始める神官たち。
「では、こうしましょう。正直に申しまして、にんじん様のお姿はその、人々の混乱を招きそうでして」
「わー……」
ごもっともです。
「こちらで代役を立てますので、その者の陰より治癒魔法を使っていただくというのは如何でしょう? にんじん様の存在は、一部の者のみにしか知らせません。もしも問題が出た場合は神殿で対応し、ご負担は極力お掛けいたしません。如何でしょうか?」
マンドラゴラなので、代役さんにゆったりとした服や帽子を着てもらえば、潜んで隠れることも可能だろう。
問題が起こって逃げ出しても、私の姿を知る者は限られるため、追いかけられて捕まる可能性は低い。似顔絵を描いたところで、マンドラゴラの区別が出来る人間がいるとは思えないしな。
……無関係のマンドラゴラ諸兄が、巻き込まれる可能性は否定できないけれども。
『問題ない。私も目立たないで済むなら、それに越したことはないからな』
「神官長様、俺も一緒に行かせてください。にんじんの護衛として」
「もちろんです。そのほうがにんじん様も安心できるでしょう。なにより、あなた様の名誉を回復するには効果的でしょう」
視線を交わしてほっと一息吐く私とガドル。
私、目がないのだけどね。手があればハイタッチできたのに、残念だ。
こうして私とガドルは、王都にとんぼ返りすることが決定した。
「わー」
ファードに戻ってきてすぐに戻るのはなんだか癪に障ったので、大鍋を用意してもらい、パン粥を作る。
「わー!」
じゃ、スラムの皆によろしく! とばかりに、ドドイル神官に託しておいた。
どうやって大鍋をスラムまで運ぶのかは知らぬ。頑張ってほしい。
再びやってきました、王都です。
現在、代役を選定中。口が堅くて信頼できる者。そしてなるべく私の存在を広めたくないということで、ピグモル神官長と一緒にいた神官二人が候補に挙がっている。
しかし、
「私たちのスキルは知られています。突然新たなスキルを得たら、無用な詮索をされるのではないでしょうか?」
などとポーリック神官が言い出したため、話が振り出しに戻った。
「ではシスター見習いから口の堅い娘を選んで」
「すまない。いいだろうか?」
改めて話を進め始めたところで、今度はガドルが待ったを掛ける。
「なんでしょう? ガドル殿」
「にんじんを服の中に隠すのは、難しいのではないか?」
「わー?」
なぜだ? 袖の下でも隠れられる大きさだぞ?
不思議に思っていたら、ガドルが呆れた眼差しを向けてきた。解せぬ。
「にんじん、お前、植木鉢はどうする気だ?」
「わ!?」
言われて気付く私。
【癒しの歌】を発動すると、EPとMPが枯渇してしまう。HPもぎりぎりになってしまうため、植木鉢に埋まってEPを回復する必要があるのだ。それに回復薬も被らなければいけない。
HPとMPの自動回復手段を手に入れたが、一分に一の回復では到底間に合わないだろう。
服の下でこれは、怪しいこと間違いなしだな。
「植木鉢、ですか?」
「にんじんは癒しの魔法を使うと、瀕死の状態になる。だから植木鉢でEPを回復させながら、MP・HP回復薬を使用する必要がある」
「わー……」
自分のことなのにすっかり頭から抜けていて、お恥ずかしい限りです。
話は三度戻り、ようやく私の代役が決まる。
「【神樹の苗】です」
「わー……」
なんだか仰々しい木がやってきた。
木自体は小振りで、植木鉢を含めて大人一人でも運べる大きさだ。白い幹から伸びる枝は左右に広がり、青々とした葉を揺らしている。
しかし名前がね。
「【神樹の苗】自体は珍しいものではありません。神樹から芽吹いた芽を育てた苗で、神殿はもちろん、王城や貴族の屋敷の庭、公園などにも植えられています」
銀杏や那の木みたいなものか。
「ほとんどが普通の木に育ちますが、稀に【神樹】へ進化することがあるのです。【神樹】は極稀に実を結ぶのですが、その実を口にすれば、どんな傷や病も癒す特効薬となります」
もし私の力について問われても、この【神樹の苗】が【神樹】に進化して実を結んだと言い張れるわけか。素晴らしき代役。
「わー!」
頑張ってくれたまえ、【神樹の苗】君。
そんなわけで、私は【神樹の苗】君と同衾し、さっそく出動することに。
文字だとドキドキするのに、白い枝の木と人参が植わる植木鉢という、シュールな絵面が出来上がった。
「わー……」
ガドルよ、神官長たちに見えないよう、顔を背けて笑うのをやめろ。
私の準備が終わると、ガドルも神殿が用意した、聖騎士が身に付ける白銀の鎧をまとうことに。
騎士でも聖職者でもない自分が着ていいのかと狼狽えるガドルに、ピグモル神官長は微笑んで答えた。
「聖騎士とは、聖なる御方を御守りするための騎士。にんじん様の騎士であるガドル様に、相応しくないなどということがありましょうか」
まだ何もしていないのに、ピグモル神官長たちの中で、聖人参と決定づけられている気がする。
神官長の言葉で覚悟を決めたのだろう。ガドルは表情を引き締めて白銀の鎧を身にまとう。
そうして私は、ガドルに植木鉢ごと抱えられ神殿を出た。
話し合いはぐだぐだだったのに、展開が早いな。ゲームゆえの御都合主義かな。
それはそれとして、だ。
「わーわー!」
馬車だ。馬車!
用意されていたのは、白い馬に牽かれて進む、白い馬車。
おもわず腐葉土から飛び出して、窓から景色を眺める。
「わーわー!」
おお、似非ヨーロッパの街並み! 花屋見っけ。私の仲間はいないだろうか? あちらにはパン屋があるな。クリームパンはあるのか!?
「にんじん、落ち着け」
窓枠にへばり付いていたら、ガドルに引き剥がされた。
「わー?」
「お前は子供か? ……マンドラゴラは何年で大人になるんだ? そもそもこいつは何年生きているんだ?」
「わー……」
対面を見ると、ピグモル神官長が初孫でも見るような、優しげな眼差しで微笑んでいらした。
「わー……」
反省した。
大人しく植木鉢に戻って埋まる。
ガドルが額を押さえて溜め息を吐いているけれど、知らんぷりだ。