21.これは見事な
「これは見事な……。ぜひとも神殿に御譲り頂きたい。とはいえ王侯貴族が知れば、神殿では到底出せない額を提示することでしょう。如何なさいますか?」
ピグモル神官長、正直だな。この世界の事情に疎いプレイヤーなのだから、適当に言いくるめることもできただろうに。
住人がいるからだろうかとも思ったけれど、ピグモル神官長の私を見る目を見て、その考えはすぐに打ち消した。
名実共に聖職者なのだろう。
『ドドイル神官にも話しましたが、その【神金塊】は、元々女神様にお供えしたものです。ゆえに神殿に差し出すことはやぶさかではありません。条件次第では、私への金銭も不要です』
ガドルが少しばかり驚いた顔を向けたが、すぐに苦笑を浮かべた。なんだ?
一方の神官側は、先程に続いてはっきりと驚愕の顔を見せている。
「無償で提供されると?」
「いやはや、異界の旅人と聞いていましたが、素晴らしい信仰心です」
好意的な感情を向けてくれる神官たち。しかし私は『条件次第で』と言ったのであって、無償とは言っていないぞ?
勝手に話を都合よく変えられてはたまらない。じとりと睨んでから、ピグモル神官長に視線を戻す。
『私が求める条件は二つ。一つはスラムの状況を改善してほしいこと。こちらは幾つかの案を考えていますので、協力できる範囲でお願いしたい』
本当は商業ギルドに持ち込もうと思っていたのだけれども、こうなった以上、神殿に協力を仰いだほうがよさそうだからな。
慈善活動は神に仕える者には馴染み深い行為だ。無下に断りはしないだろう。
「それは私どもも心を痛めていたことです。できうる限りで協力いたしましょう。して、もう一つは?」
予想通り、一つ目は通った。実際にどこまで動いてくれるかは分からないけれど。
『もう一つは、ここにいるガドルの名誉を回復してほしい』
「にんじん!?」
今日のガドルは驚いてばかりだな。心臓に負担が掛からなければいいのだが。
ピグモル神官長は、私からガドルへと視線を動かす。他の神官たちもガドルを見つめ、ピグモル神官長の後ろにいた一人が、微かに「あ」と声を上げてから顔をしかめた。
「ポーリック、彼を知っているのですか?」
お年を召していても耳は達者らしいピグモル神官長に聞きとがめられて、ポーリック神官が狼狽える。
「話しなさい」
「はい、神官長様。そちらに座るガドル殿は、半年前に出現したダンジョンの調査において、共に調査をしていた冒険者たちの命を奪いました」
「違う!」
反射的にガドルが吠えた。
「俺は仲間を裏切ったりしていない! たしかに俺しか生き残れなかった。だけど、違うんです!」
ガドルは彼の罪状を述べたポーリック神官ではなく、ピグモル神官長を真っ直ぐに見つめている。
日本人には馴染みの薄い感情だが、神に仕える者に疑われることは、その他大勢に疑われる以上に辛いのかもしれない。
無実を訴えるガドルに、ポーリック神官が疑念の目を向ける。
「しかしガドル殿は見る限り、健康そうです。それに多額の慰謝料を遺族に支払ったと聞きますのに、その装備。聞くところによりますと、冒険者の命を奪った理由は、ダンジョンで見つけた宝物を独占するためだったとか」
「そんな宝は見つかっていない! この体も装備も、全てにんじんが」
そこでガドルは言葉を切り、顔色を青くした。
蒼白になり狼狽えるガドルを見て、神官たちの疑いが深まっていく。
――本当に、私の友は愚かで好い男だ。
『ガドルの怪我は私が癒した。初めてファードの町で出会ったとき、彼はまともに歩くことすら難しい身体だったからな。それと彼が装備している【鋼鉄の鎧】も、私が譲渡したものだ』
「にんじん!?」
『構わない。友へ向けられた嫌疑の目を無視できるほど、私は温厚ではない。それに私はプレイヤー。いざとなれば姿を消せる。心配しなくてもいい』
【癒しの歌】が神官たちに知られることで、私に降りかかるであろう事態を心配してくれたのだろう。だが、いらぬ気遣いというものだ。
なにせ、すでにスラムで使っているからな! あれだけ大勢いたのだ。知られるのは時間の問題だろうからな!
きりりと根を引き締める私を、ガドルが感動した眼差しで見つめていた。
神官たちが無言で私を凝視する。
ちょっと照れるぞ。
しかし根を捩るわけにはいかない。私は空気の読めるマンドラゴラなのだ。負けじと見つめ返す。
「……それはつまり、重傷者を――しかも傷を負って時間が経過した者を、あなたは癒せるということですか?」
『使える回数は限りがあるけどな。ついでに病気も癒せるみたいだぞ?』
「病気まで……」
全快させたことはないが、スラムの病人も症状が緩和したと言っていたから、たぶん治せるのだろう。本当に規格外なスキルだよな。
「にんじん……」
ガドルが頭を抱え込んでしまったが、こうなれば全部話してしまったほうがいいだろう。
ピグモル神官長はいい人っぽいし、下手な貴族に知られて追いかけ回されるよりも、神殿を後ろ盾にしたほうが、私の根の安全を確保できそうだ。
「……」
聖人参と崇められるようになったら逃げよう。そんな趣味はない。そして恥ずかしすぎる。
キャラデリまでせずとも、一度死に戻りすれば、別のマンドラゴラのふりして生きられるだろう。きっと。たぶん。おそらく。
どっかで野良マンドラゴラを捕まえておきたいな。私の身代わり君用に。
開き直ってふんぞり返っている間に、神官たちがごにょごにょと話し合いを始めた。しばらくして一応の意見がまとまったらしく、私に向き直る。
「分かりました。にんじん様の条件を呑みましょう。ただ、スラムの改善も、ガドル殿の名誉回復も、神殿だけでできることには限りがあります。そこで、にんじん様のお力をお貸しいただけないでしょうか?」
「待ってください! 俺はにんじんを犠牲にしてまで名誉を回復したいとは思わない。にんじんを利用するのだけはやめてください!」
勢いよく立ち上がったガドルが、右手と額を机に押し当てて懇願した。
「わー……」
本当にいい奴だよな。
ガドルと出会えただけで、『ジャングルでぱっくん~蛇が降ってきてギャー!~』を諦めた甲斐があったというものだ。
……どこかで蛇か蛙の獣人か魔物を仲間にできないだろうか。