20.驚いたな。女神キューギット様が
「驚いたな。女神キューギット様が顕現なさるとは。……にんじん、お前もしかして、聖人か何かか?」
「わー?」
そんなわけないだろう。
この世界の住人であるガドルは、いたく感動した様子だ。すでに消えてしまった女神様の残滓を見つめ続けている。
ゲーム世界だから私は平然としているけれど、現実世界で天照大御神様が顕現したら、似た反応をするだろう。
だから静かにガドルが落ち着くのを待つことにした。
ようやく落ち着いたガドルと共に、手続きをしてファードの町に戻る。白い門を潜ったら、一瞬だった。
飛んだ先はファードの町の神殿。
ファードにも神殿があったことを、初めて知る私。
せっかくなので、こちらでも礼拝堂に向かう。
同じものを供えるのは芸がないかと、少し――いや、かなり惜しく思いつつも、【金塊】を供える。
「わー、わー、わー……」
無事にファードに戻してくれてありがとうございます。
「わー、わー、わー……」
いつもこの町に住む人々をお見守りくださいまして、ありがとうございます。
そんなことを祈っていたら、なんだか明るくなる。気になってちらっと視界を開くと、供えた金塊が輝いていた。眩しいな。
「また会いましたね、異世界から訪れた異界の旅人よ」
「わー……」
女神様……。
祈る度に出てくるのですね。ちょっと出過ぎではなかろうか。
「貴方には、すでに加護を与えています。だから代わりに、二つの【祝福】を」
「わ?」
二つ?
根元を傾げると、今度は私が光り出した。
「わー……」
光るマンドラゴラ……。
クリスマスに人気が出そうだ。星形に切ってシチューに入れたい。
「……」
私がピンチだ。助けて、ガドル!
バカなことを考えている間に、女神様が消える。
残された【金塊】。
王都の神殿では、お供え物は女神様と一緒に消えたのに、なぜか残っていた。しかも私の根下に移動して。
これは持って帰れということだろうか?
「おい、にんじん」
「わ?」
隣を見ると、ガドルの顔が引き攣っている。続けざまに二度も女神様と遭遇したのだ。然もありなん。
理解を示していたのだが、ガドルの視線は【金塊】に注がれていた。
「【鑑定】できるんだろ? してみろ」
「わー?」
【金塊】は【金塊】だろう?
そう訝しく思いながらも【鑑定】を発動。
【神金塊】
神の祝福を受けた、神の力が宿る金塊。
「わー……」
もうちょっとネーミングセンスが欲しかった。
つまり女神様が言っていた祝福とは、この【神金塊】のことなのだろう。
だが貰った祝福は二つ。もう一つの祝福はなんだ?
ステータス画面を開いて確認しようとしたところで、礼拝堂の扉が開く。慌てた顔をした神官が飛び込んできた。
「何事ですか!?」
「わ!?」
そちらが何事!?
「凄まじい神気を感じました。何があったのですか?」
「わー……」
待って。王都の神殿でも女神様が顕現したのに、誰も来なかったよ?
王都の神殿に務める神官よりも、ファードの神官のほうが優秀なのだろうか。
「これは!? 【神金塊】ではありませんか! なんと神々しい。どこで手に入れたのですか? ぜひ、神殿に御譲りください!」
神官につかみかかられるガドル。
「わー……」
マンドラゴラの私はスルーされたらしい。
小さいからね。植物だものね。しょうがないさ。
「ま、待ってくれ! それは私のものではない。持ち主はそこにいるにんじんだ」
さすがに神官を物理的に抑え込むわけにはいかないのか、肩を揺すられるままにしていたガドルが、私を示した。神官の目が私に向かう。
じっと見つめあう、マンドラゴラと神官。
「……人参、ですね」
「わー!」
はい。にんじんです。
認識してもらえたのも束の間。神官はすぐに私を意識から外して、ガドルに詰め寄る。
「人参が【神金塊】を持っているはずがないでしょう? 誤魔化さずに、真摯な対応をお願いします。もちろん、寄付しろなどとは申しません。王都の神殿にも掛け合って、相応の対価をお支払いしますので」
「いや、本当に【神金塊】の持ち主はにんじん……そこにいるマンドラゴラなんだ」
「わー」
にんじんです。
ガドルを掴んだまま、私を見下ろす神官。
これはちゃんと話したほうがよさそうだな。ガドルが困っている。
『異世界から来たマンドラゴラのにんじんだ。その【神金塊】は、たしかに私のものだ。元々女神様にお供えしたものなので、神殿に差し出すことはやぶさかではない。だが可能であれば、話を聞いてくれると感謝する』
神官からじっと見つめられる私。照れるぜ。
「人参が喋った? 異界の旅人には奇妙な種族も含まれていましたが、何でもありですね?」
「わー……」
現地の人に駄目出しされるマンドラゴラ。
運営よ、いったいどういう世界設定なのか、説明が欲しいぞ。
礼拝堂では一般の人の出入りもあるからということで、私とガドルは奥に通された。ガドルの前には緑茶が湯気を立てている。
別に和風設定というわけではない。その証拠に、緑茶が入っている器はティーカップだ。
ヨーロッパには紅茶というイメージが強いけれど、実は紅茶より緑茶のほうが先に伝わったらしい。お茶戦争に負けて、姿を消したけど。
ちなみに茸と筍のような、優しい戦いではない。血の気が多いよな。
などと考えている私は、神官を放置しているわけではない。この部屋には現在、私とガドルしかいないのだ。先ほどの神官は、王都の神殿に行ってしまった。
初めて来た神殿で、お留守番中の私とガドル。
……帰っていいかな? 帰る所ないけど。
「お待たせいたしました」
戻ってきた神官の後ろには、一見して彼よりも位が上だと分かる、豪華な神官服を纏った神官がいた。
他に二名いるが、こちらはファードの神官とあまり変わらない服を着ている。ちょっとだけ質がいいかな。
「こちら、神官長のピグモル様です」
ピグモル神官長は、しわしわなお顔の優しそうな好々爺だ。
ちなみにファードの神官はドドイルと名乗ってくれた。
軽く挨拶を交わしてから、本題に入る。
「さっそくですが、にんじん殿がお持ちだという【神金塊】を、拝見させていただいてもよろしいですかな?」
「わー」
どうぞ。
仕舞っていた【神金塊】を机の上に取り出す。ピグモル神官長が微かに目を瞠り、後ろに控えていた神官二人は、はっきりと驚愕を顔に浮かべた。
思った以上に貴重なものだったらしい。
「わー……」
ちょっと現実逃避してしまう私。