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02.水音が気になって振り返ると

 水音が気になって振り返ると、壁があった。畳ほどの大きさをした白い石が詰み上げられた、城壁を思わせる立派な壁だ。何かを囲むように、緩く弧を描いていた。

 水音は、その壁の向こう側から聞こえる。けれど壁が邪魔をして、何があるのか見えなかった。


 見上げていても壁と空しか見えないので、ひねっていた身を戻しながら、周囲の景色を確認する。

 野球場ほどの広い土地には、石畳が敷いてあった。私が知る石畳と違い、石の大きさが畳と同じくらいある。切り出してからここまで運ぶのは、さぞ大変だっただろう。


 視線を上げて遠くに向けると、正面には更に石畳が続く。

 左右には、白い漆喰が塗られた二階建てらしき家が並んでいた。中には店を経営しているのか、看板が掛かっていたり、ベンチが置かれた家もある。

 一軒一軒作り込まれていて、ゲームとは思えないリアルな造形だ。漆喰の質感から経年変化による汚れまで、細かく表現されている。

 しかしいずれも大きさが尋常ではない。外見はレトロなヨーロッパ風の家なのだが、大きさはマンション並の高さなのだ。


 さて、この場にいるのは当然だが、私だけではない。プレイヤーと思しき人が次々と現れては、きょろきょろと辺りを見た後、人の流れに沿って右手に進んでいく。中には流れに逆らって左手に歩いていく者や、正面の道と思われる空間に進む者もいるが。


 プレイヤーの姿は人間や獣人、エルフが多いみたいだ。中にはゴブリンやオークなどを選んだプレイヤーもちらほらと見えるが、少数派である。

 その誰もが、私の視点では古いマンション並に巨大に見えた。近くにいるプレイヤーは、見上げなければ靴しか見えない。

 念のために言っておくが、見上げたりはしていない。外見と中身が一致するとは限らないが、女性姿のプレイヤーもいるのだ。決して覗いたりはしない。私は紳士だからな。


 なんでこんな巨人の世界に迷い込んでしまったかと言えば、答えは簡単だ。改めて視線を下げれば分かる。

 私の姿は、人間ではなくマンドラゴラという名の人参に変化しているのだ。美味しそうである。今夜はシチューにしようか。


 巨大プレイヤーの足の隙間からは、私と同様に小型の生き物を選んだプレイヤーたちの姿がちらほらと見える。

 残念ながら、私と同じマンドラゴラは見当たらない。時間帯が悪かったのだろう。決して人気がないわけではないはずだ。


 ざっと見た感じ、どうもスライムを選んだプレイヤーが多いな。現れた場所から移動せずに、みょんみょんと伸びたり凹んだりしているスライムとか、ころころ転がっていくスライムとか……。

 想像していたスライムの動きと違う。スライムってそういう動き方をする存在だったのか。それとも、この世界特有の設定なのだろうか。


≪チュートリアルを開始します。冒険者ギルドに行き登録しましょう≫


 現れた赤い矢印は右手を示している。プレイヤーたちは人の流れを見て右に向かう道を選んだのではなく、システムに誘導されただけだったらしい。私も続こう。


「わっ!?」


 スタート地点から数メートルほど――人間の大きさを考えると数十センチほどだろうか――進んだところで、蹴られて転んだ。蹴ったプレイヤーはそのまま歩き去っていく。

 マナーのなっていない奴め。

 腕がないので起き上るのに苦労するが、それよりも視界の端にあるバーが気になった。HPと書かれた隣に伸びる赤色のバーが減ってしまったのだ。

 現在はバーの右端に、『70/100』と表示されている。他に青と黄色のバーがあるが、こちらは『100/100』。


≪HPは攻撃を受けた際などに減少します。0になると死亡とみなしてスタート地点に戻されます。回復するには【HP回復薬】を使用するか、該当スキルが必要となります。レベルアップした際に得られるポイントで【生命力】を強化すると、HPの総量が増えます≫


 私がHPバーを見つめていたからか、声が降ってきた。

 説明から、現状では減っていくだけで回復はしないと分かる。

 HPを回復してくれるスキルを早めに見つけたほうがいいみたいだ。町を歩くだけで削られそうだからな。


 うつぶせのままでは立ち上がれそうにないので、いったん寝返りを打って仰向けになってから起き上る。

 マンドラゴラなのに、人間と同じように腰や膝の部分で曲がるのだな。

 人に蹴られないよう、壁の縁に避難した。壁に貼りついて安全地帯を確保し、ほっと息を吐く。

 安心したところで、ついでに他のバーについても説明してくれないだろうかと、ちらりと青いバーに視線を向けてみる。


≪MPは魔法を使用すると減少します。0になると魔法が使えなくなり、【眩暈】などの状態異常が付与されます。そのまま放っておくとEPの減少速度が上がり、EPも0になりますとHPが減少し始めますのでご注意ください。回復するには【MP回復薬】を使用するか、該当スキルが必要となります。【魔力】を強化することでMPの総量が増えます≫


 意図を察してくれたらしく、説明してくれた。ならば残る黄色のバーも頼む。


≪EPは時間と共に減少します。行動によって減少速度が上がります。0になると移動速度が落ち、MPが減少し始めます。MPも0になるとHPが減少を始めますのでご注意ください。食事をすることで回復します。≫


 ゲーム世界だというのに、食事が必須なのか。

 ステータス画面には説明で出てきた項目以外に【攻撃力】と【速力】という項目もあった。それぞれ攻撃力と俊敏性を上げられるそうだ。


「わー」


 ありがとう。

 説明に感謝してから、蹴られないよう注意しつつ壁沿いに進む。

 私の他にも苦労しているプレイヤーがいた。スライムが蹴られて飛んでいく。


「わー……」


 遠い目になりながら眺めてしまう。目はないのだが。

 あ、あっちのスライムが踏まれた。そして消えた。


「わー」


 南無。

 視界を開けた時には、新たなスライムが生まれていた。先ほどのスライムが死に戻ったのか、別のスライムがログインしてきたのかは分からない。同じ色なので死に戻りだろう。たぶん。

 苦労している小さな同志たちの健闘を祈ったら、自分のことに集中する。

 油断していると、私も同じ目に遭いかねないからな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] プレイヤーに蹴られてHPが減るなら、プレイヤー同士の戦闘とかフレンドリーファイアとかありそうなゲームですねー
[気になる点] 蹴ったプレイヤーはいつのまにかレベルが2になって驚きそうw でそのうち序盤のレベリング法は初心者のスライムプレイヤーを蹴ることになるんだ
[気になる点] ひどいゲームだww [一言] 紳士か...ニンジンちゃん思ったらニンジン君でした、頑張ってくれ...
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