19.ガドルは瀕死の重傷を負いながらも
ガドルは瀕死の重傷を負いながらも、獣人ゆえの生命力の高さと身体能力を駆使して、なんとかダンジョンからの脱出に成功する。
しかし彼を待っていたのは、彼の帰還を喜ぶ声ではなかった。
「共にダンジョンへ潜ったパーティを、俺が殺したという噂が流れてな。周囲から責められ自棄になった俺は、治療もそこそこに王都から逃げ出した」
「わー?」
なんだそれ? ガドルだって酷い怪我を負っていたのに。
ぼろぼろの体で道中の魔物に苦戦を強いられながら、ガドルはファードのスラムに流れ着く。
心身ともに深く傷付いたであろう彼の気持ちを思うと、私の胸まで痛くなってくる。
『だいたい理解した。生き延びてくれてありがとう、ガドル。あなたに会えて、私は嬉しい』
「――っ!」
生気のない顔で訥々と話していたガドルの表情が歪む。片手で顔を覆ってうつむいた彼の肩は震えていた。
声を殺して泣く友から視線を逸らし、窓の外を眺める。
そろそろログアウトしたい時間だが、この状態で寝落ちするなんてことはしない。私は空気が読めるマンドラゴラなのである。
しばらく夜景を眺めていたら、落ち着きを取り戻したガドルが顔を上げた。
「すまん。情けない姿を見せた」
『いいってことよ。ほら、北の山は抜けたんだ。飲むといい』
どんっと、【北の山づくし・不良】大瓶を机の上に出す。
タタビマの実を【北の山の湧水】に浸け込んだ奴だ。鑑定結果は以下の通り。
【北の山づくし・不良(大瓶)】
HPを50%、MPを10%回復させる。(ネコ科の獣人や魔物に限り、HP100%回復)
味は知らぬ。タタビマ増量なので多少は美味くなったはずだ。
ちなみに【北の山の湧水】で作ったマンドラゴラ水に、タタビマを浸けた回復薬の鑑定結果はこちら。
【友に奉げるタタビマの薫り・不良(大瓶)】
MPとHPを50%回復させる。(ネコ科の獣人や魔物に限り、HP100%回復)
なんと【劣化】から【不良】にアップしたのだ。
どちらも二リットル瓶分の回復量なので、通常の小瓶に別けると十分の一に下がる。
HPの回復量は同じだが、私が浸かるか浸からないかでMPの回復量が異なる結果となった。
となると、私が浸からなくていい【北の山づくし】を、ガドル用に量産するのがいいだろうか。ガドルは魔法を使わないため、MPの回復が不要だからな。
あと、ガドル用は小瓶で作ったほうが良いかもしれない。一気に全回復するよりも、十%ずつ回復するほうが使い勝手がいいだろう。
私用? 【癒しの歌】用に、四リットル瓶が欲しいところである。それとも煮詰めたら百%にアップするだろうか?
ガドルは【北の山づくし】を見てわずかに目を瞠った後、嬉しそうに飲み始めた。完全に酒扱いである。
さて、私はログアウトするか。
『先に寝るぞ?』
「ああ、おやすみ」
『おやすみ、友よ』
ちょっとくさかっただろうか?
出した植木鉢に上り、土に潜ってログアウトした。
さて、ログインしたら見知らぬ場所にいた。
昨日も同じ状況だったな。……その前もか? まあいいや。
植木鉢に植わったまま移動していたマンドラゴラ。
「起きたか?」
「わー」
おはよう。
そしてここはどこだ?
目の前には、肉を豪快に頬張るガドル。食堂で食事中だったらしい。周囲の客から視線とひそひそ声が聞こえてくるが、今日はガドルではなく私が原因みたいだ。
いや、やはりガドルが原因か。植木鉢を机に乗せて、植物に話しかけながら食事する男――。
私も思わずちら見するわ。
「今日はどうする? 図書館に行くか? それともファードに戻るか?」
「わー……」
図書館か……。
図書館は惹かれるが、私が図書館に入ると、数日どころか延々と居座りそうだ。籠る前にやっておきたいことがある。
『ファードに戻る。ファードの町に商業ギルドのようなものはあるか?』
「おそらくあるだろうが、商業ギルドに用があるなら王都のギルドのほうがいいと思うぞ? 商売をするのか?」
「わー」
まあな。
とはいえ私の用件は、ファードの商業ギルドに行ったほうが早いだろう。
そんなわけでファードの町に戻るため、食事を終えたガドルに連れられて王都にある神殿にやってきた。まずは礼拝堂でお祈りをする。
神殿を訪れておきながら、挨拶もせずファードに転移だけさせてもらうというのは気が引けたのだ。だから礼拝堂に寄り道してもらった。
私は結構、信心深いのだよ。
見知らぬ女神様の像に、【友に奉げるタタビマの薫り・不良】を供えてからお祈りタイム。
祭壇には花や食べ物などが供えられていたのだが、花は手持ちがない。食べ物は持っているが、神様に供えるとなると、やはり酒だろう。
そう思い、酒ではないが確率で酩酊状態になれる回復薬を供えてみた。
「わー、わー、わー……」
この世界とご縁を頂いたこと、ガドルと出会えたことなどを、一つ一つ感謝していく。
「私は、この世界を守る女神キューギット」
「わー、わー、わー……」
パン粥を作れたことも感謝だな。あれのお蔭で、スラムの人たちの空腹を紛らわすことができた。ガドルと出会う切っ掛けにもなったしな。
「異世界から訪れし異界の旅人よ。信心深いあなたに加護を授けましょう」
「わー、わー、わー……」
マンドラゴラ水が作れたことも感謝せねば。お蔭で色々なことができている。
「……。聞いていますか?」
「わー、わー、わー……」
【癒しの歌】を貰えたことも感謝だな。あれのお蔭で大勢の怪我や病を改善できている。ガドルも元気になったし。
いやあ、改めて考えてみると、この世界に来てから嬉しいことばかりだ。感謝感謝。
「わー」
思い浮かぶだけのお礼を伝え終わり、視界を開く。
「わ?」
どなた?
とても綺麗な女性が、宙に浮かんでいた。そしてなぜか、ガドルが隣で跪きながら、私に得体の知れないものでも見る目を向けていた。解せぬ。
「ええっと、私はこの世界を守る女神、キューギット。異世界から訪れた異界の旅人であるあなたに、加護を授けますね?」
「わー!」
ありがとうございます。
困った顔で微笑む女神様が手をかざすと、私の体が光る。
≪称号【女神の加護】を手に入れました≫
ステータス画面で確認すると、【女神の加護】はHPとMPが自動回復するみたいだ。
回復量は微々たるものだが、ログアウトしている間に全快するだろう。これで回復薬に頼り切らずに生きていける。
『女神様、ありがとうございます』
「異世界からきた異界の旅人よ、この世界を愛してくれてありがとう」
浮かんでいた女神様は、にっこりと笑って透けるように消えた。ついでに供えていた【友に奉げるタタビマの薫り・不良】も消えた。
美味しく飲んでもらえると嬉しいな。