18.王都の冒険者ギルドは
王都の冒険者ギルドはそこそこ混んでいた。とはいえゲーム初日に見たファードの冒険者ギルドに比べれば閑散としている。
なにせあの日は、プレイヤーたちで芋の子を洗うような混み具合だったからな。
ガドルは慣れた様子で買い取りカウンターに向かう。
「買い取りを頼む」
ギルドカードを見せてから、【鉄鉱石】や【火薬】をカウンターに並べるガドル。現金ではなく、ギルドカードに収入が記録される仕組みらしい。
考えてみれば、薬師ギルドでの売買も現金を見ることはなかったな。あれはギルドカードでやり取りしているという設定だったのか。
「わー!」
ガドルの買い取りが終わったので、次は私の番だ。
「ギルドカードを提示してください」
「わー!」
勢い込んで取り出したのは、薬師ギルドのカード。
沈黙が落ちる。
『私、冒険者ギルドに登録していなかった』
今更ながらに気付く私。ガドルと受付のお姉さんに苦笑されてしまった。
そう、お姉さんなのだ! 薬師ギルドと違って、冒険者ギルドは若い人が受付をしている。
「登録しておくか?」
「わー!」
頼む。
冒険するかは疑問だが、あったほうが便利そうだ。
別のカウンターに移動して登録してもらう。書類はガドルが代筆してくれた。
「保証人が必要となりますが、ガドルさんが保証人でよろしいでしょうか?」
「それで頼む」
「わ!?」
え!?
プレイヤーのほとんどが冒険者登録をしているはずだが、みんな保証人を見つけて登録したのか? 行動力凄いな。コミュ力か?
「ファードでは特例として、異界の旅人の保証人は不要となっているんですよ。その分、信用度が低くて、行ける場所などに制限が掛かっていますけれど」
私の動揺を察して、受付のお姉さんが説明してくれた。
あれか。王都に入るためにはボスを倒さなければならないとか、そういう設定があったからか。
納得した私を見て、手続きが進められる。
『よかったのか? ガドル。保証人になって』
「構わん。にんじんのほうこそ、俺でよかったか?」
『無論だ。助かったよ。ありがとう』
本当にいいやつと知り合えたものだ。
カードが出来ると、改めて買い取りカウンターに向かう。
【鉄鉱石】と【火薬】、それに転落岩と破裂岩の魔石は、思ったよりもいい価格で引き取ってもらえた。
【重曹】と【花火】、【金塊】、【岩人形の魔石】は残している。
「北の山にいる魔物から採れる【鉄鉱石】は魔力を含んでいて、武器や防具にしたときの性能がよくなるんですよ」
普通の鉄だと耐えられない攻撃も、転落岩から採れる【鉄鉱石】から加工した防具なら耐えられたりするらしい。武器も然り。
となると、岩人形を倒した報酬で貰った【鋼鉄の鎧】も、魔力を含んでいるのだろうか?
「わー」
【鑑定】。
【鋼鉄の鎧】
魔力を含んだ鋼鉄でできた鎧。
「わー……?」
【鑑定】さん?
知りたかった魔力含有の有無は分かったからいいけれど、本当に最低限の内容しか表示されないな。他のゲームだと、もっと細かく色々と書かれていた気がするんだけれども。
などと呑気に考えていたら、こちらに向けられている視線に気付いた。
目立つのか? やはり肩乗りマンドラゴラは目立つのか!?
「あれって、ガドルじゃないか?」
私は関係なかったみたいだ。冒険者たちの視線はガドルに向けられていた。
ガドルにも彼の声は届いたのだろう。わずかに顔をしかめる。視線から逃げるように、ギルドの出口に向かって歩き出した。
「あの鎧……。噂は本当だったんだな」
「裏切り者が」
聞こえてきた言葉を拾った私は、思わず振り返ってしまう。
冒険者たちは、ガドルに蔑みの眼差しを向けていた。ガドルが王都行きを渋っていた理由はこれか。
だが彼は決してそんな目を向けられるような奴ではない。パン粥を振る舞っただけのマンドラゴラを心配して、ぼろぼろになりながら護ってくれる奴だ。
「よせ」
私が言い返そうと【幻聴】を発動させかけたところで、ガドルから待ったがかかる。
「いいんだ」
「わー?」
何がいいんだ?
不機嫌になる私とは対照的に、ガドルは目尻に優しいしわを刻む。
私が虚を突かれている間に、ギルドの戸を潜り外に出てしまった。
「どうする? 宿を取るか? それとも神殿まで足を延ばしてファードに戻るか?」
『そんなことより、あれはなんだ? 【鋼鉄の鎧】に何か問題があったのか?』
「いいや。鎧は関係ない。……宿に入るか」
道端で話す内容ではないらしい。ガドルは一件の宿に足を向ける。
「ガドル!? ……その格好、まさか噂は本当だったのか?」
ガドルを見た宿のおやじが、冒険者と似た表情でガドルを憎らしげに睨んできた。
ここでも『噂』か。
「部屋を頼む」
「よく王都に戻って来られたな」
「色々あってな」
険のある声を向けられても、ガドルはいつも通りの口調で返す。
「マンドラゴラの料金はどうなる?」
「マンドラゴラ?」
「わー」
宿のおやじの視線が私に移ったので、思うとことはあるが挨拶をする。
「マンドラゴラは素材だろう? 素材の持ち込みで宿賃を余分に取るわけないだろうが。からかっているのか?」
「わー……」
ごもっともだ。
だがなぜだろうな。胸の辺りがつきりと痛むのは。
傷心中の私を肩に乗せたまま、ガドルは割り当てられた部屋に向かった。一人用の寝台と小さな机が置かれた、簡素な間取りだ。
ガドルは椅子に座り、私を机の上に下ろした。
机に乗るのは気が引けるが、ガドルの目線に合わせるには仕方ないことだ。割り切ろう。
植木鉢や花瓶に活けられた花だって机に乗るのだから、マンドラゴラは机に乗ってもいいのだ。さっきも人どころか生き物扱いされていなかったしな。
言い訳はその辺にして、ガドルに意識を戻す。
「話を聞いてくれるか?」
「わー!」
もちろんだ。
「半年ほど前のことだ。新しくダンジョンが出現した」
ガドルの話によると、ダンジョンには魔物が棲んでいるため、魔物が溢れないよう討伐しながら管理する。
しかし情報が少ない状態で入るのは危険であり、内部を確認するために高ランクの冒険者が派遣されるらしい。
Aランク冒険者であるガドルも、冒険者ギルドからの依頼を受けて参加した。
「入ってすぐは大した魔物もおらず、地図を作るだけの単純な作業だった。だが共に入った冒険者の一人が罠を踏んでな。下層に落とされた」
高ランクの魔物たちとの戦いとなり、冒険者たちは苦戦する。
「冷静に対処すれば、落ちたメンバーで切り抜けられるレベルの魔物だった。だが問題は、そこまで潜る予定ではなかったことだ」
様子を見るだけの任務。危険を感じればすぐに戻ると決まっていた。順調に進めた場合も、日帰りで帰る。
だからガドルと冒険者たちは、それなりの装備で潜っていた。
「入り口から進んできたのなら、引き返せばいい。だが罠で移動させられたため、どちらに行けばいいのかも分からない。道に迷っている内に、ダメージは蓄積されていった」
回復薬も食料も、手元にあるのは微々たるもの。
飢えと焦りが行動を鈍らせ、不覚を取る。そして冒険者たちは斃れていった。