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16.食料を出来立てのまま

 食料を出来立てのまま保存できる収納ボックスに入れておいても浸け込みが完了するとは、不思議な機能である。

 私を収納することはできないので、マンドラゴラ水は量産できないが。

 などという話を暇潰しがてら喋っていたら、ガドルから提案があった。


「EPが回復したら、瓶詰めになったらどうだ?」

「わー?」


 いいのか?

 来るときは嫌がっていたのに。


「そうすれば、タタビマ水を量産できるんだろ?」


 舌なめずりしながら言うな。お前の優しさに胸を打たれかけた一瞬前の私を返せ。そして回復薬だ。

 ガドルにとってタタビマで作る回復薬は、HPを回復させる薬である以上に嗜好品だったらしい。

 ……今酔われると互いの安全が保障できないので我慢してもらうけれど、王都に着いたら小瓶を差し入れしよう。

 世話になっているからな。


 とはいえマンドラゴラ水は私が薬を作るのに必須の材料である。お言葉に甘えさせてもらおう。

 EPが回復して植木鉢から出た私は、遠慮なく【純水】を装備し瓶詰になった。


「あの辺りで休憩するか」

「わー」


 道から逸れて岩から染み出る湧水を飲みながら、食事タイムにする。

 ガドルは干し肉を取り出して食べようとしたが、それを私は制した。

 運んでもらうだけの私にできる、数少ない貢献まで奪われてなるものか。


 収納ボックスから串肉とコッペパン、それにナイフを取り出す。二股の根で挟んだナイフでコッペパンに切り込みを入れて、そこに串肉を挟んでから串を抜く。

 ……串を引っ張ったら、肉ごと抜けかけた。もう一本、根がほしいな。

 肉をせき止めるように、コッペパンの端にナイフをずぶっと刺す。改めて串を引き抜き、ナイフを収納。

 肉パンの完成だ。


 【調薬】ではないため、レシピとして登録されることはなかった。自動で作ってはもらえぬらしい。残念。

 【料理】スキルも欲しいな。私の体で作れる料理は限られるだろうが、一度作ってしまえば【調薬】同様、自動で作れるはずだ。

 どうすれば手に入るのか分からないが、ちょくちょく料理に挑戦してみるのもいいかもしれない。


 野菜がないので私の葉っぱを一枚挟もうかと考えたが、どんな効果があるか分からないので保留する。

 ガドルだって、友の体を使った料理には抵抗があるかもしれないからな。


「わー!」


 どうぞ召し上がれ!


「……指示をくれれば、パンを切ったり肉を挟むくらい俺がしたぞ? だが、ありがとう」

「わ? わー!」


 私が全身を使ってせっせと動く様子を見ていたガドルは、苦笑しながら肉パンを受け取ってくれた。

 肉はまだ温かいはずだ。しっかり食べて、英気を養ってくれ。


 ガドルが食事をしている間、私は周囲を改めて見渡す。

 岩に覆われた閑寂な景色。空は青く静かだ。ちろちろと岩から染み出る水の音。


「わー」


 心に沁みるな。


「……。わー?」


 岩から染み出る水の音?


「わー!?」


 水!?


「どうした? にんじん」


 肉パンを頬張っていたガドルが、私の声に反応して周囲を険しい眼差しで睨む。危険はないと判断してすぐに緊張を解いたが、誤解させてしまった。すまぬ。


『すまん。水があることに気が付いて、興奮してしまった』

「水?」

『ああ。【調薬】で使うのでな。今は【純水】を買っているが、水によって薬の質が変わるらしくて』


 さっそく湧水に近付いて【鑑定】を発動する。



 【北の山の湧水】

 北の山で採れる湧水。



 相変わらず不親切な【鑑定】だ。

 湧水の下で空いている二リットル瓶を取り出して水を採取。改めて【鑑定】。



 【北の山の湧水】

 北の山で採れる湧水。鉱水。飲用可能。鉄分と魔力が多い。



 おお! 魔力が多いと出た。

 北の山には魔力溜まりができるという話だったから、湧水にも魔力が含まれているのだな。

 そして鉄分。転落岩からも鉄鉱石が採れていたから、この山は鉄鉱山なのだろう。

 火薬は知らぬ。鼠か? 鼠がいるのか? 一匹も見ていないが。

 

「使えそうか?」

『魔力が多く含まれているそうだ。MP回復薬の品質を上げられるかもしれない』

「だったら魔力溜まり近くなら、もっと魔力を含む水がありそうだな」

『場所が分かるのか?』

「残念だが、俺に魔力を探知するスキルはない」


 ガドルは申し訳なさそうに言う。

 なんとなくそんな気はしていたよ。ここまでガドルが魔法を使う所を一度も見ていないからな。


『気にするな。この水を得られただけで充分だ。すまんが水を汲んでいってもいいか?』

「構わん。手伝おう」

『ありがとう』


 勿体ない気もしたが、純水入りの瓶から中身を出して【北の山の湧水】を汲み直す。純水よりも【北の山の湧水】のほうが良い回復薬が作れそうだからな。

 今後は水を見つけた時に汲めるよう、樽か何かを買っておこう。


 汲み終わった瓶の一つを装備して、ガドルに運ばれていく私。

 タタビマの実も一緒に浸け込もうとしたのだが、揺れた際にぶつかってHPが削れたので、収納ボックスに戻した。

 軟弱なマンドラゴラ()


 代わりに汲んだばかりの【北の山の湧水】にタタビマの実を浸けておく。これでHP回復薬ができれば、マンドラゴラ水はMP回復薬にのみ使えばいい。

 私が浸かっていられる時間は限りがあるからな。


 新しいマンドラゴラ水ができると、残りのタタビマの実を入れておく。

 そして私は新しい【北の山の湧水】を装備。

 色々と作り比べて、よりよい回復薬を量産するつもりだ。




 山頂近くまで登ったところで日が暮れ始めた。ガドルが野宿の支度を始める。


『寝ている間に、転落岩が襲ってきたりしないのか?』

「そのためのテントだ。魔物除けが付与されているから、中にいる限り襲われることはない。といっても、これはあまり質がよくないから、レベルが高い魔物には通用しないがな。しかし、この辺りなら充分だ」


 便利なものが存在するみたいだ。

 テントは一人分の小さなタイプだが、ガドルの横で私も眠るくらいの余裕がある。


『ではこれを出しても大丈夫そうだな。一杯だけだぞ?』


 【友に奉げるタタビマの薫り・劣化】を取り出すと、ガドルの表情が嬉しそうに綻んだ。


「一杯だけか?」

『一応、危険地帯だからな。それに怪我をしたときに必要だろう?』


 ガドルは少し残念そうな顔をしながら、取り出したコップに【友に奉げるタタビマの薫り・劣化】を注ぐ。

 おかわりを催促される前に、残りは収納ボックスにしまう。

 じとりと物欲しげな目が私を見たが、すぐに手元のコップに戻っていった。

 一口含んだガドルの頬が緩む。


「美味いな。上物には劣るが、久々に飲んだ」


 【不良】どころか【劣化】だから、味も劣るみたいだ。それでもガドルは嬉しそうに味わってくれた。

 いつか【良】を作って飲ませてやろう。

 残りを一気に煽ったガドルは、上機嫌で咽をゴロゴロ鳴らしている。

 見た目が人間なので違和感が凄まじい。あれは毛に覆われた生き物だから許される行動だった。


『では私は遠慮なく休ませてもらう。私は起きるのが遅いので待たせるかもしれない。先に謝っておく』

「異界の旅人とは、そういうものなのだろう? 数日眠り続ける者も珍しくないと聞いた。気にするな」

『ありがとう。ではおやすみ』

「ああ」


 植木鉢に埋まって、ログアウト(おやすみなさい)


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にんじんが行く!
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一迅社ノベルス様より、9月2日発売!

― 新着の感想 ―
[一言] とあるヒーローはこう言っていた 「僕の顔をお食べ!」と。 それに比べれば葉っぱくらいはまぁ、うん。
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