15.薬師ギルドのお爺ちゃんの話を
薬師ギルドのお爺ちゃんの話を踏まえるに、薬師ギルドへ行ってもタタビマの実を使ったHP回復薬のレシピは分からないだろう。
となると、自分で考えるしかない。
予想できるレシピは、ラニ草やマンドラゴラのように刻んで煎じるか、本来のマタタビ同様、酒に浸けるかだ。
酒は持っていない。だからといって水に浸けるだけで薬ができるとは考えづらい。
だから実験的に、マンドラゴラ水に浸けてみることにしたのだ。
浸ける際にマンドラゴラ水を装備してからタタビマを収納ボックスから取り出したら、ガドルが何とも言えない目で私を見ていた。
私も友人が自ら瓶詰になったら、同じような反応をしただろう。
奇妙な友ですまぬ。
いい時間になったところで、ファードの町に戻るため引き返す。
「北の山の魔物は問題なさそうだな?」
「わー!」
そうだな。
「次は王都まで連れて行ってやってもいいが……」
王都か。行ってみたい気もするが、ファードの町でもまだやりたいことがある。一度王都に行ってしまえば、私の二股の根では戻ってこられまい。
それ以前に、魔物から身を護るための護衛が必要なわけだが。
「一度王都に行って通行証を貰えば、その後は乗合馬車で安全に移動できるようになる。それに神殿へ行って代金を払えば、一瞬でファードの町と王都を移動できる」
戦えない私でも、行き来は可能ということか。
ならばガドルに甘えて、一度行っておくのもありかな?
「王都には図書館がある。薬師なら行きたいのではないか?」
ずいぶんと王都行きを押してくるが、その割にガドルの表情は冴えない。
『ガドルは王都へ行きたいのか?』
問うと、しばしの沈黙が返ってきた。
降ってきた転落岩を、ガドルが殴り砕く。
「正直言えば、あまり近付きたくない。だがせっかく体を治してもらったのだ。いつまでも逃げていてはいけないとも思う」
拳を見つめながら呟く彼の眼差しは、どこか違う所を見ているようだ。
「俺と一緒に王都に入れば、にんじんにも不快な思いをさせるかもしれない。王都に辿り着いたら、別れたほうがいいだろう」
『莫迦らしい。何があったのか知らないが、私の知るガドルは誇れる友だ。不快にならないとは約束できないが、そんな理由で別れるつもりはないぞ?』
寄生させてもらっている私が言うと、誤解を生みそうな台詞だな。
ガドルは首を回して、肩に乗る私を見つめる。しばらく見つめてから、ふっと笑みを零す。
「そうか。……なら一緒に行ってくれるか? お前がいてくれれば心強い」
『もちろんだ。行こう、王都へ』
「ああ」
にやりと白い歯を見せて笑うガドルの表情から、不安の色は消えていた。どこか嬉しそうに見えるのは、自惚れではないと思いたい。
どかんっと景気のいい音が、上方で鳴り響く。
破裂岩が爆発し、暴風と石が撒き散っていた。
ファードの町周辺だから、出てくる魔物が弱いのだろうけれど、あまりにあっけない。
翌日、ログインした私を待っていたガドルは、前日と格好が変わっていた。
伸び放題だった髪や髭を整えて、ライオンから虎に戻っている。破れていた服も小奇麗なシャツとズボンに着替え、背には麻っぽい布袋を背負う。
「テントや食料も買っておいたから、すぐに行けるぞ?」
昨日北の山で得たアイテムを冒険者ギルドで金に換えて、買い揃えたらしい。
一度スラムに行って、パン粥を配る。
その際に、次はいつ来られるか分からないことを伝えておいた。
続けて配給をしたのだ。突然途絶えたら、出稼ぎに行くべきか待つべきか悩んで動きづらいだろう。
パン粥を配り終えると、【癒しの歌】を発動。
王都に向かう道中で万が一のことがあってはならないから温存も考えたのだが、回復薬の出番さえないだろうと言うガドルの言葉に従って、使わせてもらった。そして倒れる私。
MPが増えても瀕死になるのは変わらないらしい。
「マンドラゴラってのは、こういう時は軽くていいな」
『ありがとう』
EPが回復するまで、植木鉢に植わったまま運んでもらう。
もしかすると、【マンドラゴラ水】を作りながら移動するのも可能かもしれない。ガドルには植木鉢より一升瓶ならぬ二リットル瓶のほうが似合いそうだしな。
考えていることを読み取ったのか、ガドルが嫌そうな顔をして私を見下ろした。
北の山は岩場ばかりの土地だ。念のため、腐葉土を多めに買っていく。ついでに串肉も追加で購入。これで準備万端だ。
ファードの町から出ると、昨日と同様、ガドルは軽快な足取りで岩山を上っていく。出てきた転落岩と破裂岩は、瞬殺である。
真っ直ぐ王都を目指すかと思われたが、ガドルはタタビマを見つけると寄り道をして採取させてくれた。私は一本も見つけられなかったけどな。
昨日タタビマを浸けておいたマンドラゴラ水は、【上級MP・HP回復薬(にんじんオリジナル)・劣化】に変わっていた。
【不良】よりも下があったとは、【調薬】侮れぬ。ちなみに小瓶に仕分けられることなく、二リットル瓶のままだ。
タタビマの実も消えることなく残っていたので試しに収納したら、使い回せることが分かった。いいのか? ゲームシステム。
名前を付けられたので、【友に奉げるタタビマの薫り】と命名しておいた。
鑑定して見ると、【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】と効果が微妙に異なる。
【友に奉げるタタビマの薫り・劣化(大瓶)】
MPとHPを10%回復させる。(ネコ科の獣人や魔物に限り、HP50%回復)
通常の小瓶サイズに計算すると、MP、HP共に1%の回復だな。
MPだけならば【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】に軍配が上がるが、HPの回復には種族やHPの最大量によって使い分けが必要になりそうだ。
『HPが100、MPが50%回復する回復薬と、HPが50%、MPが10%回復する回復薬があるのだが、ガドルが使うならどちらがいいだろうか?』
一緒に行動するのなら、ガドルが必要としている回復薬を作ったほうがいいだろう。
「HP50%がありがたいな。MPは必要ない。……しかし50%も回復するなんて、滅多にお目に掛かれない高級品だぞ? にんじんは高名な薬師だったのか?」
「わー?」
驚くガドルに二リットル瓶を見せたら、表情がすんっと抜け落ちた。
その間にも粉砕される転落岩。……強いな、ガドル。
あ、重曹。
やっぱりパンケーキを焼くかな。タタビマを入れたらガドルが喜びそうだが、回復薬に使いたい。どうしよう。
とりあえず、回復薬は私用とガドル用で別れた。