13.さあ、炊き出しだよー!
「わー! わー!」
さあ、炊き出しだよー! パン粥だよー!
昨日と同じく、水と食パンとラニ草だけのパン粥を振る舞う。ほとんどの住人が空腹だったらしく、それなりの回復を見せてくれた。
昨日より抵抗なく受け取ってくれて、束の間の笑顔が広がっていく。
うん、いいな。
周囲に溢れる笑顔に釣られて、ふよふよと葉っぱを揺らしてしまう。
「にんじん、お前は変な奴だな」
「わー?」
いきなりなんだ?
呟いたガドルを見上げる。
「あの粥だって、ただではないだろう? 身銭を切って、こんな所で燻っている奴らを助けてどうする? 炊き出しだけなら神殿や貴族も行うが、お前は自分の体を張って治癒魔法まで掛けてくれた」
「わー……」
あー、そういうことか。
『言ったろ? 好きでやってることだって。純粋な笑顔ほど心が浮き立つものを、私は知らない。酒好きが金を払ってまで酒を飲むのと同じだよ』
感情というのは、伝染するものだと私は思う。だから笑顔が溢れる場所に行けば、落ち込んでいても次第に笑顔になれる。笑顔が笑顔を呼んで、幸せは膨れ上がるのだ。
その輪に加われるのは嬉しい。私の言動が喜びを増やせたら、もっと嬉しい。
「……そうか」
「わー」
ああ、そうさ。
さて、パン粥は配り終えた。では仕上げに掛かろう。
【癒しの歌】発動!
「わわわ、わ?」
不発?
もう一度。【癒しの歌】!
「わわ……? わー?」
どういうことだ?
ステータス画面を開いて、【癒しの歌】の説明を読む。なになに……。
読んでも原因は分からなかった。
しかしステータス名の横をよく見れば、意味深な数字に気付く。五桁の数字を眺めていると、右端の数字が減っていった。
これ、時間だな。どうやら【癒しの歌】はクールタイムがあるらしい。
表示されている数字と、ガドルを治してからの経過時間を考えると、一日一回しか使えなさそうだ。
「わー……」
有能過ぎると思ったんだよ。
期待していたらしき人の視線が痛いけど、使えないものは仕方がない。今気付けてよかったと捉えよう。
「すまん」
私の動きを見て察したらしきガドルが謝ってきた。
「わーわー」
ガドルのせいじゃないよ。自分のスキルを把握していなかった私が原因だ。
もうパン粥も治癒魔法も出ないと理解した人たちが立ち上がり、離れていく。子供たちが寄ってくるかと思ったけれど、ガドルを恐れてか、ちらちらと見るだけで寄ってこない。
用は済んだので長居する必要はないだろう。私がスラムの外に向かって歩き出すと、武骨な手が私をつかみ、肩に乗せた。ガドルだ。
「今日の予定は終わりか?」
「わー」
ああ、特にないな。
「なら町から出て、お前のレベルを上げておこう」
「わー? わー……」
さすがにそれは……。
私はおそらく戦力にならない。完全に負んぶに抱っこでのレベリングになるだろう。
葉を左右に振って断ると、ガドルが苦笑を見せる。
「気にするな。この辺りにいる魔物程度、俺にとっては造作もない。そもそも頻繁に回復薬を使うのはどうかと思うぞ? あれは飲みすぎると体に不調が出てくる。レベルを上げて、ポイントをMPに振っておけ」
「わー……」
回復薬の使い過ぎにデメリットがあるとは知らなかった。気を付けよう。
とはいえ自分は何もせず、ガドル任せでレベルを上げてもらうのは気が引ける。それに私がこの話に乗り気でないのは他にも理由があった。
『なるべく殺しは避けたいのだ』
技術の進歩でVR世界は現実世界とほとんど変わらない姿になっている。VRと現実は別であり、影響はないと言う人もいるけれど、私は境界を割り切れる自信がなかった。
この世界で殺すことに慣れてしまったら、現実世界でも、なんらかの瞬間に命を軽く考えてしまうときがあるかもしれない。私はそれが怖い。
じっと私を見つめていたガドルは、ふっと目元を緩めた。
「やはりお前はそういう奴なのだな。……ではお前の言う『殺し』に、岩も含まれるのか?」
「わ?」
岩?
「北の山には魔力が湧き出る魔力溜まりが出現する。その付近の岩が魔物に進化することがあるんだ。そして魔力溜まりの魔力を吸収しつくすと、生き物の魔力を奪おうと襲い掛かってくるようになる」
だから岩か。そしてその岩は生き物たちに迷惑を掛けていると。
『そういう存在は、この世界で生き物として認識されているのか?』
「いいや。迷惑な鉱物として討伐対象だな」
『ならば倒してくれて構わない』
岩は生き物認定しなくていいだろう。岩を破壊することに慣れて、現実世界で岩を破壊したくなっても――素手では無理だし、特に問題はないはずだ。たぶん。
「分かった」
ガドルがにやりと牙を見せて笑ったと思ったら、視界にぴこんっとメッセージが現れる。
≪ガドルからパーティ申請が届いています≫
彼に視線を向けると頷かれた。受けろということか。
『はい』を選択してパーティに入る。私がパーティに入ったのを確認すると、ガドルは北に向かって歩き出した。
「北の山には薬草もある。ついでに採ってくるか?」
「わー!」
それはありがたい!
ラニ草は予備があるけれど、在庫が多くて損はないだろう。
北側の門に向かう途中で、見つけた屋台に立ち寄ってもらう。
怪訝な顔をしているガドルに、買った串肉をプレゼント。
さすがにパン粥だけで動くのはきついだろうと思ってのことだったが、予想以上に喜ばれた。腹が減っていたらしい。
気付くのが遅くてすまぬ。
『予備も多めに買ったから、腹が減ったら遠慮なく言ってくれ』
この世界にも多くの物を収納できるアイテムがあるそうだが、ガドルは持っていなかった。あっても食べ物を入れていると時間経過で腐るそうだ。
「感謝する。充分な報酬だ」
そういうつもりではなかったのだが、私が気乗りしていないことに配慮してくれたのだろう。
そんなわけでやってきました北の山。
緑生い茂る長閑な山は幻想だった。目の前にそびえるのは切り立った崖の山だ。
「わー……」
登れるのだろうか……。
ロッククライミングまでは必要なさそうだが、足場が悪い。ごつごつとした岩が転がっていて、たとえマンドラゴラではなく人間の姿だったとしても、手を突かなければ登れそうになかった。
私一人なら、魔物がいなくても途中で挫折していたな。町を出る段階で挫折していたかもしれないが。
そんな岩場を、ガドルはひょいひょいと軽快な足取りで登っていく。Aランク冒険者とは凄いものだ。
町を歩いていた時と違い、上下左右に揺れるガドルの肩。落ちないよう、二股の根を引き締めバランスを取る。まるでロデオだな。
「わー、わー。わ?」
ちょっと配慮してほしいと思っていたら、ガドルに掴まれた。