12.【初級HP回復薬】以外のレシピは
『【初級HP回復薬】以外のレシピは、どうすれば知ることができますか?』
次はいつ来るか分からないので、気になっていたことを聞いてみる。
「君なら秘伝の調薬レシピを公開するかね?」
逆に聞き返されてしまった。
なるほど。レシピを公開して誰もが作れるようになったら、薬師は生計が立てられなくなる。つまり初級の薬を作り続けて【調薬】のスキルレベルを上げても、新しいレシピは出てこないわけか。
自分で探し出すか、あるいは薬師に弟子入りして教えてもらうなど、行動する必要があるわけだ。
さすがは『イセカイ・オンライン』。リアルだな。
ならば【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)】のレシピはどう扱われているのだろう? 設定する前にキャンセルされてしまったので、何も憶えていない。
「君だって自作のレシピを公開していないだろう?」
疑問に思っていたら、答えが降ってきた。
確認したら、非公開になっている。
よかった。私の名前が公開されなくて。
【純水】を多めに購入し、お爺ちゃんにお礼を言って薬師ギルドを出た。人が来ないだろう狭い路地に入って植木鉢を取り出し、根を張る。
ログアウト。
※
「……わー?」
現在、私混乱しております。
私が生える植木鉢を、血まみれのガドルが抱きかかえて寝ていた。ログアウト中に、いったい何が起きたのだろうか?
記憶を手繰ってみる。
狭い路地に入り、取り出した植木鉢に潜ってログアウト。当然だが、その後の記憶はない。
とりあえず、ガドルに【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】を掛けておくか? それとも【パン粥にラニ草を添えて】を……掛ける?
掛けて回復するのか? むしろ火傷して怪我が増えそうだ。
ふうむと悩んでいたら、ガドルが起きた。目を開けるなり、ぎろりと睨まれる。
私、彼に何かしただろうか?
「わー?」
困惑していると、大きな溜め息が降ってきた。
「忠告したはずだぞ? お前の価値は跳ね上がると。……人間たちの欲を甘く見るな」
どうやら狭い路地で眠っていたところを、マンドラゴラを狙った人間に見つかって攫われかけたらしい。
『助けてくれたのか? ありがとう』
「恩を返しただけだ。しかしこれで貸し借りはなしだ」
『むしろ私のほうが借りができたようだ』
「この程度は貸しにならん」
昨日も思ったけれど、義理堅い男のようだ。
とりあえず、【パン粥にラニ草を添えて】を出す。視線で「いいのか?」と聞いてきたので、首肯して勧める。
ガドルは遠慮なく食べてくれた。体の傷も少しふさがったみたいだ。
HPが十回復するだけなので、目立った変化は見えないけれど。
『HPが100回復すれば治るか?』
「少しはな」
片方の口角だけ上げて、ガドルが皮肉な笑みを浮かべる。彼のレベルは知らないけれど、100程度では大した効果はないということか。
ならば、これならどうだ? 発動、【癒しの歌】。
「わわわわ~」
「おい!?」
どうせMPは残りわずかだ。【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】を被るのなら、HPも限界まで削ってしまったほうが効率的だろう。
体から力が抜けていき、葉が萎れる。植木鉢に入ったままだったので、移動の手間はない。すぐさま【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】大瓶を使う。
昨日に引き続き、水も滴るいいマンドラゴラの出来上がり。
「……無茶をす、る――っ!?」
「わー」
気にしないでくれ。
体調が戻ったので視線を上げると、ガドルが目を見開き口を開けて、自分の体を見ていた。傷がふさがったらしい。
「嘘だろう? 古傷まで癒えている」
「わー?」
おや?
昨日スラムで【癒しの歌】を使ったときは、それほどの効果はなかったはずだが?
「……俺一人に集中して使ったからか」
なるほど。分散されれば一人当たりの回復量は少なくなるのだろう。今日は全てガドルに向けたから全快したわけか。
欠損までは治らないようで、左腕は欠けたままだが。
ガドルの体を観察していたら、増え始めていたはずのEPバーが減少に転じた。
「わ?」
なんだ?
植木鉢にちゃんと埋まっているのに、なぜだ? やばい、0になった。考えろ私。
「わー!」
分かった!
腐葉土を取りかえだ! 狭い植木鉢に入れた腐葉土から栄養を吸収していれば、いずれ栄養のない枯れた土になってしまう。
急いで予備の腐葉土と入れ替える。なんとかMPが減り始める前に、EPが回復を始めた。
「わー……」
セーフ。
後で腐葉土を多めに買っておこう。
「よく分からんが、大変だったみたいだな?」
「わー……」
ちょっとな。
一人で混乱する私を見ていたガドルが言い辛そうに声を掛けてきたので、苦笑交じりに頷いておいた。
「なあ、にんじん?」
「わー?」
「人族が使う治癒魔法では、付いて間もない傷は治せても、古傷や病は治せない。高位の神官の中には、そういうのも治せる奴がいるそうだがな」
……。
マンドラゴラ、優遇され過ぎてません?
「受けた恩は返さなければ、獣人の誇りに関わる。何かしてほしいことはないか?」
「わー?」
んー?
「わーわー」
今は特にないな。
ラニ草もまだ予備がある。
葉を横に揺らすと、ガドルは顎を摘むように指を添えて考え始めた。
『気にするな。好きでやっていることだ』
「そういうわけにはいかない。……そうだ。よければ俺と組まないか?」
「わー?」
組む?
「これでも元はAランク冒険者だ。左腕はなくなったが、他の古傷は治ったんだ。そこらの冒険者より役に立つだろう」
待て待て。なんか凄いのが釣れたぞ? 序盤も序盤でいいのか、これは?
だがなあ。
『私、冒険者ではないぞ? そして戦闘力はたぶん皆無だぞ?』
「構わん。お前は俺の肩にでも乗っていろ」
それは姫プレイというものではなかろうか。
遠い目をしている間に、ガドルに植木鉢ごと持ち上げられた。
「どこか行きたいところはあるか?」
「わー……」
いや、あの……。
姫プレイは決定ですか?
諦めてスラムのほうを葉指し、ついでにパン粥も出してみる。
スキルで喋るとMPの消費が甚だしいからな。回復薬を自前で製造できるとはいえ、なるべく温存せねば。
「分かった」
言いたいことが通じたらしく、ガドルは私を連れてスラムに戻っていった。