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私が愛した場所-5

そうして諸々の手続きが終わり、瑠奈が行方不明になってから最初のオンシーズン。


私は自分がダイブを全く楽しめていないことに気づいた。

考えてみれば当たり前だ。小さい頃は心の底から友達と言える人が一人もいなかった私にとって、瑠奈は初めての親友だった。


6年以上も一緒に活動していた人を奪った海を、好きでい続けられるはずがない。

でも、それだけの人を私に引き合わせてくれた海を、憎めるはずもない。


私はその年、仕事に没頭して過ごした。

まぁ、お世辞にもいい仕事をできたとは言えないと思うけど、伊達に3年続けてきたわけじゃないから、一応取り繕う位はできたと思いたい。


そうして何とか生活しておよそ5年、私は瑠奈の生存の情報を手に入れた。





瑠奈は、死んだわけではなかった。彼女はおそらく、水面で息継ぎをしたあと再度素潜りをし、運良く落としたオクトパスを回収したのだろう。


彼女は自力で陸に辿り着き、私が帰った頃に建物の上で気絶しているところを発見された。

しかし、拾ったレギュレーター自体も途中で故障してしまったらしい。

彼女は少なくない量の海水を摂取していて、高ナトリウム血症と呼ばれる病気を発病していた。


これは別にウイルス性の病気ではなく、血液の塩分濃度が極端に高くなることで発生する病気だ。

脳の水分が急速に失われ、最悪死に至ることもある。と言っても、通常そこまで重症になることは少ないのだけれど、今回は事が事だったため非常に危険な状態で病院に搬送された。


彼女は半年ほど意識を失っており、さらに目が覚めたら記憶を失い、言語機能にも障害が残っていた。

何かを覚えることも出来なくなってしまったらしい。


偶然あの日のガイドの人が入院中の彼女の素性に心当たりがないか聞かれたために、ようやく彼女が清水瑠奈であることが発覚したそうだ。



当然私は、すぐに彼女に会いに行った。


しかし、彼女は私の知る清水瑠奈ではなかった。

かつての快活な雰囲気はどこにもない。私のことを知らず、覚えることも出来ない。

それどころか、あれだけ大好きだった海のことを忘れ、何も知らず、知ることも出来ずに生きている。


それは、もはや私の知らない誰かだった。


これでまだ記憶障害が無ければ、彼女と新しい関係を築くことも出来ただろう。

しかし現実、彼女は新しく何かを覚えることは━━少なくとも知識という形式の記憶は━━ない。彼女は生き残りはしたが、清水瑠奈という人間は、確かにあの日、海とひとつになったのだろう。



医者の話によると、彼女の症状は脳の損傷によるもので、治ることは決してないという。

ドラマのように不意のきっかけで記憶が目覚める、ということもありえないらしい。


それでも、彼女は別に不幸ではなかった。見るもの全てが新鮮で、新しく見える彼女の世界は、きっと昔の私によく似ている。

だから、私は常に海を好きで居られるように、世界中をダイブして、その記録をノートにまとめることにした。


それからさらに3年、精力的な活動はしなくなったもののスキルは着実に増して行った。今ではかつての瑠奈と同じ、マスターインストラクターになっていた。

絶対追いつけないと思っていたのにね。


そうしてそれだけの年月を重ね、それなりに有名になった『ラピスラズリ』を、私は手放すことにした。

2人の思い出の詰まった場所を手放すのはなかなか勇気が必要だったけど、いくら私でも世界を回り続ける程の資金は無いし、そもそも私は人にダイブを教えるのは限界に近かったから。





そうして久しぶりに世界を回った私は、久々に楽しかった。

例えもう私の知る瑠奈ではなかったとしても、彼女のためと考えたら気が楽になったのか、はたまた終わりが見えているからか。


そうやって、私は2年でおよそ400スポット、20冊を超えるダイビングの記録をまとめあげた。

これを渡した時、彼女は戸惑っていたけど、初めてダイブに行った時のような笑みを浮かべてくれた。


きっと彼女は直ぐにこのことも忘れてしまうだろうけど、私はダイブの時にしか見せない心の底からの笑みを見られて、思わず泣いて崩れ落ちてしまった。

私が泣いたのは、記憶にある中ではこれが最初で最後だと思う。





そのあと私は、最後のダイブに挑んだ。


元々決めていたこと。瑠奈が瑠奈じゃ無くなった時から、私は瑠奈と同じように愛した場所で眠ろう、と決めていた。


水深40メートルの空間で私はレギュレーターを外す。音も空気もない、光さえも遠い場所。私一人しかいない、私だけの世界。

自分という存在が溶けていくような感覚を味わいながら。今日私はこの青い世界に飲み込まれる。大事な親友と、永遠に一緒にいるために。

これで一旦完結です。読んでいただきありがとうございました。

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