私が愛した場所-4
瑠奈と一緒に潜っていたダイバーによると、彼女は私が居ないからとそれなりに浅いダイビングスポットを潜るコースで潜っていたらしい。
マスターインストラクターは、居ない訳では無いけれど貴重なことには変わりない。
ガイドの人からも頼りにされ、自分の経験談などを披露しながら楽しくダイブしていたそうだ。
そんなとき潜水中に地震が発生。
爆発音のような音がし、戸惑うばかりだった人達の中、一瞬の後に瑠奈は津波による急な水の流れに対応するため、みんなを近くの岩場に退避させた。
そうして何とか地震をやり過ごした彼女たちだったけど、話をしてくれた男性の足が岩の隙間に挟まってしまった。
だけでなく、レギュレーターまで壊してしまった。
パニックになった彼にオクトパス━━予備のレギュレーター━━を使用する余裕はなく、あろうことか助けに行った瑠奈のレギュレーターを奪う始末。
ただ、これ自体はそこまで珍しい事じゃないし、まだまだ経験の薄い彼なら仕方ないと言えることだ。瑠奈もそこまでは冷静に対処したと思う。
問題は、瑠奈のオクトパスが地震のせいで飛ばされてしまったこと。
これにより彼女はレギュレーター無しで帰らなければ行けなくなってしまった。
といっても、彼女は素潜りのスキルもあり、一つ一つは充分対処可能だった。
しかしそれはあくまで一つ一つならの話。
地震という特殊環境下では、いくら問題を適切に対処し続けたとしても限界があった。
息自体は訓練してるから五分以上止められるし、普通の海ならば充分ここからでも生還できる。
しかし、今の海は地震の影響で荒れていた。
水面に顔を出して泳いで帰ることは波の強さとまだ安定しない波の流れで不可能。
誰かがオクトパスを貸してくれればそれも解決できたはずだけど、ほかの人たちは瑠奈の指示で先に陸へ向かってしまったし、男は実の所オクトパス自体を所持していなかった。
潜っていたポイントと陸の中間くらいのところで2人を待っていたガイドの人は、追いついた彼の話を聞いて引き返そうとしたらしい。
でも、今の海に長時間居続けるのはリスクが高かった。
地震によるパニックでほとんどの人がエアを多く消耗していたし、海水をうっかり飲み込んでしまった人も少なくない。津波の影響で海も相当荒れている。
全員で引き返すのはあまり得策とは言えず、かと言ってガイドさん1人だけで引き返し彼らを放置するのは論外だ。
1度全員で陸に戻り、船で探しに戻るのがベストだと判断したらしい。
こうして瑠奈は、レギュレーター無しで荒れた海の上に置き去りにされた。その後ガイドさんは船で探しに行ったものの、彼女を見つけることは出来なかったそうだ。
これを聞いた私は、とりあえずこの男を殴り殺そうかと思った。
何せ瑠奈が帰って来れなくなった大半の原因は彼にあるんだから。
でも、瑠奈が助けた命を私が殺すのは彼女の行動を無駄にするというのは頭のどこかでわかっていたし、なんの生産性もないことはわかっていたから3発殴るだけで勘弁してあげた。
そのあと色々と気の抜けた私は、街に残って彼女を探そうか迷ったけれど、『ラピスラズリ』のこともあってとりあえず日本に帰ることにした。