第99話 カイトの王都滞在編〜大聖堂!?①
「カイト、あの塔が見えるか?」
「ああ、此処からでも見えるって事は、かなり大きな建物みたいだな」
俺とサトミはビショップ達の案内で、アニエス大聖堂に向かって歩いている。
レクス達は何時ものように通りを縦横無尽に走り、立ち並ぶ商店を覗きながらお喋りをして、とても楽しそうだ。
そもそも、俺達が何故アニエス大聖堂に向かっているのかと言うと……
「キリちゃん、怪我したの?」
「エヘヘ……ちょっと油断しちゃった」
俺達が冒険者ギルドでクエストボードを見ていると、腕に血が滲んだ布を巻いて買い取りカウンターにホーンラビットを出しているキリが居た。
キリは、下水道で迷子になっていたコボルトのマスターで、俺達がそのコボルトをギルドに連れ帰った事で、顔見知りになった女性冒険者だ。
「この後大聖堂に行って、神官様に治療してもらうわ」
「それが良いわ。今回は軽い怪我で済んだみたいだけど、これからは気を付けてね」
王都には大聖堂があり、そして神官が怪我の治療をしてくれるのか……そう言えば、オータンのグリエット伯爵も神官の治癒魔法がどうとか言っていたな。
「ねえカイト、大聖堂だって!!!」
「どうしたんだサトミ?そんなに興奮して」
サトミが新月のコートを掴んでバッサバッサしている。
「だって大聖堂だよ!?」
「大聖堂がどうかしたか?お前の家は確か浄土真宗だったよな?」
「家の宗教は関係ないよ!それに此処は異世界で、私達は転生しているんだよ?そもそも、この世界に浄土真宗なんて無いでしょ!!馬鹿じゃない?大聖堂と言えば観光でしょ!?やっぱり観光には大聖堂は欠かせないよ!!」
「そうか、観光か。それにしても馬鹿は無いだろう?」
「あはははは!サトミちゃん、カイトも私達も仕事で世界中に行っているから、大聖堂と言っても特に珍しくも無いのよ」
「ブ――――ッ!私には珍しいのっ!だって、行ったことが無いんだもん……」
「わかった、わかった。まあ俺達も観光という形では行ったことが無いし、キリが言っていた神官の治療は見てみたいと思うしな。観光目的で行ってみるか……って、キリが居ないぞ?もう行ったのか?」
キリが大聖堂に行くのなら、ついでに案内をしてもらおうと思ったのだが、もう既に出て行ったみたいだ。
「カイト、サトミさん、案内なら俺達がするぞ」
「やった!!ありがとうビショップさん。行くよ、カイト!」
そういった経緯で俺達は、大聖堂の前の広場に立ち二つの尖塔を見上げている。
「うわ〜!大きいね。それに、凄くゴテゴテしてるね」
サトミの表現はあれだが、石や煉瓦で作られた大聖堂は、左右にある天を突く程の尖塔が印象的で、隙間なく彫刻がされた外壁面には、大小のアーチ型の窓が並んでいる。
そして、同じくアーチ型に大きく口を開けた正面の入口には、神や女神の像の浮き彫りが、大聖堂に出入りする人々を見下ろしている。
全体の造りとしては、地球の大聖堂によく似ているのは、やはり昔の転生者絡みなのだろうか。
建築の事は良くわからないが、恐らくこれがゴシック様式というものなのだろう。
「うわぁぁぁ……」
アーチ型の大きな入口から入ると、サトミは小さく感嘆の声を上げ、その後は黙って身体ごと大聖堂の内部を見渡している。
大聖堂の内部は静謐と言う言葉が相応しいだろう。
地球のように態々観光に訪れる者は無く、数名の神官、祈りを捧げに来た年寄りや夫婦らしい男女、キリのように怪我や病気で訪れた者が、この広い大聖堂にぽつりぽつりと居るくらいだ。
俺も改めて大聖堂の中を見渡す。
外から見えたアーチ型の窓は、ステンドグラスになっていて、中にはモンスターと戦う神の姿を描いている物もある。
そして、高い天井や壁や柱には複雑な飾り彫がされていて、所々に神や女神を模した絵と、彫像が飾られていた。
俺達は、高い位置にある明り取りの窓やステンドグラスから差し込む光と、重厚な柱や梁が作り出す影の中を、黙ったまま歩いていた。
ていうか、喋りながら歩けるような雰囲気では無い。
「どうかされましたか?」
俺達……特にサトミがキョロキョロしながらゆっくりと歩いていると、白を基調とした神官服を着た三十代前半の男性が声を掛けてきた。
じっくりと大聖堂の内部を見物しながら歩く俺達が目立ったのかもしれない。
「ああ〜何て言うか、俺達は大聖堂を見物に来たんですけど、もし迷惑でしたらお祈りだけして帰りますが……」
「見物ですか?それはまた珍しい事を……」
「やっぱり珍しいですか……しかし、大聖堂は外も内も荘厳で美しく見応えがありますし、歴史的にも非常に貴重な建築物ですから、是非見ておきたかったのです」
俺が神官にそう告げると、隣でサトミがうんうんと首を縦に振って頷いている。
神官は俺の話を聞き、しきりに頷いているサトミを見て破顔した。
「私が此処に就任して十年以上になりますが、態々見物に来た人を見るのは初めての事です。ですが、美しく貴重な建築物と言うのは私も常々思っていて、それを改めて他の方からこうして聞かされると嬉しいものですね……わかりました、それならば私が案内をして差しあげましょう」
ひょんな事から神官の男性が案内をしてくれる事になった。
一冊の分厚い本を持っている彼の短い髪と目は茶色で、髭は綺麗に剃られている。
優しそうな目元のイケメン神官だ。
神官の案内で、広い廊下を奥の開け放たれた大きな扉に向かってゆっくりと歩く。
「もしかして、あの彫像はマクシミリニャン様ですか?」
「マクシミリニャンではなく、マクシミリアン様ですが、それにしても良くご存知ですね」
「猫ですから……」
「マクシミリアン様は獣神で、獣人族の…………」
廊下を歩いていると特徴的な一体の彫像が目に入り神官に確認したところ、マクシミリアンであることが判明した。
神官が何か説明を始めたようだが、俺は本人からマクシミリニャンって確かに聞いたぞと、マックニャンをジト目で見る。
マックニャンは両手を頭の後ろに回し、明後日の方角を見ながら鳴らない口笛を吹いていた。
「ねえねえカイト、あの彫像はグラントス様っぽいね」
「おっ!ハンマーを持っているし多分そうだ」
その彫像は、スキンヘッドで顔の半分が髭で覆われた、筋骨隆々の逆三角形の身体をしていて、他の彫像に比べて頭二つ分低く、ドッシリとした感じだ。
「その通りです。グラントス様はドワーフの鍛冶神として、特に工業の街ヴァサルでは…………」
グランは自分の彫像をじっと見つめていて、どことなく嬉しそうにしている。
「そして、あちらの彫像は豊穣神の…………」
神官の説明を右から左に受け流し、マックニャンとグランの彫像があるなら、レクスとエルの彫像もあるんじゃないかと注意深く見て歩く。
開け放たれた大きな扉の向こうは、礼拝堂のようだ。
その扉の横には、前髪ぱっつんで後ろを三編みにしている彫像が、拳を固めて前に突き出している。
よく見ると八重歯もしっかりと付いていた。
「エルロフィーネ様、凄く綺麗……」
「ああ、まるでモデルのようなスタイルだな……意外だ……」
「そうですね、この美しい女神が武闘の神とは信じられないですよね。私も伝承が間違っているのではないかと思い、あらゆる書物を…………」
聞いていない俺達に根気よく説明をしている神官を先頭に、礼拝堂の中に入り中央をゆっくりと見渡しながら歩く。
壁や天井には金や銀できらびやかな飾りがあり、そして此処にも神々の絵や彫像がある。
その彫像の中に、腰まである長い髪の、見た事のある顔を見つけた。
「レクサーヌ様だ、サトミ」
「本当だ……レクサーヌ様も凄く綺麗……」
「この国は、魔法神であるレクサーヌ様を奉っている教会が最も多く…………」
編みぐるみっぽい人形を見慣れているせいか、ギャップが半端ない。
忘れていたが、転生する前に見たレクサーヌ様は、それはもう美しかった。
「……と言う訳で、民衆からの信仰が一番厚いのがレクサーヌ様なのです」
祭壇に近づいて行くと、恐らく見た事がある、いや日本人なら誰もが知っているであろう木製の箱が置かれているのに気がついた。
更に近づくと、それは確信に変わる。
その箱は全体が木で出来ていて、上部が格子になっている。所謂、神社で良く見る賽銭箱だ。
その賽銭箱だが、大聖堂に置かれていても違和感が無いくらいに、美しい彫刻が施されていて、まるで美術品のようだ。
「この箱は賽銭箱と言って、大聖堂の各所に置かれています。参拝に来られた方や怪我の治療に来られた方が任意で、負担にならない額をこの格子の中に入れて下さるのです」
神官はそう言って、俺達の顔を見回した。その目は寄付をして下さるのですよね?と、言っているようだ。
まさに、目が物を言うとはこの事だ。
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