第96話 カイトの王都滞在編〜餅つきの準備!?
泣き顔マークを確認すると、ザルク寄りの街道で、助けを呼んでいる事が分かり、俺達はその現場へと転移した。
「うわおっ!此方からも来やがった」
聞こえて来た声と同じ声だから、この男が助けを呼んだのだろう。
その男は俺達を見て驚き、立ち止まって戻るべきか進むべきか迷っているようだ。
衣服はぼろぼろで血が滲み、顔や手足にも傷を負っている。
「安心しろ、俺達はお前を助け……」
「おい、そこの仮面の人!そいつは盗賊の頭だ!捕まえてくれ!!」
突然聞こえて来た声に目を向けると、何となく見覚えのある二人の冒険者が、傷を負った男を追い掛けて来ていた。
「サトミ、捕まえるんだ」
「うん、わかった!!」
サトミの指が蔓に変わり、逃げている男をぐるぐる巻きにして捕まえた。
「助かった、ありがとう。こいつ、怪我をしているくせに足が速くて追い付けなかったんだ」
「そうか、役に立てて良かった。サトミ、レクス、グラン、エル、帰るぞ。コンセ、転移だ」
「待ってくれ!あんた名前は……」
(イエス、マスター!3……2……1……転移します)
冒険者の片方が名前を聞いて来たが、それを無視して新月の館に転移した。
「レクスちゃん、カイトの機嫌が悪いんだけど、どうしてかな?」
「何となくわかるの……私、ちょっとやる事があるの!!」
「ワシは杵と臼を作りに行くぞ。ワッハッハッハッハ」
「私は滝で修行をしてくるぜ」
「カイト君、レクスさんが何とかしてくれそうニャン。では私はワラビにブラシを掛けて来るニャン」
そう言ってレクス、グラン、エル、マックニャンは消えて行った。
「はぁ、全く彼奴等は……そうだな、考えていても仕方がないよな。サトミ、手伝ってくれ」
「うん、わかった!何をするのかな?」
俺達の声が聞こえたのだろう、玄関前でフェルナンさん一家とマークが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませカイト様。そのお顔の様子ですと良いものは無かったのですか?」
「フェルナンさん、ただいま。ちょっと別件で浮かない事がありましたが、朝市では良いものが手に入りましたよ」
「そうでございましたか、それは何よりでございます」
「ララさんとメロディーちゃんには手伝ってもらいたいのですが、良いですか?」
「勿論でございます、カイト様」
キッチンに入り、朝市で貰ったらっきょうを出した。
らっきょうを水で洗っていると、アマンダさんとミウラさんが帰って来て、そこにキョウヤも加わり、皆でワイワイとらっきょうの下拵えをする。
「カイト君、らっきょうと言えばカレーだよね?」
「そうだなキョウヤ、レクスに頼んでカレールーを出してもらうか……俺も食べたいしな」
「カイト、私も食べたいよ!甘口でねっ!!」
「サトミちゃん、そのカレーというのは美味しいのですか?」
「アマンダさん、ヨダレが……」
「はっ!?あわわわ……えっ?ミウラちゃん!出てないじゃない!意地悪なんだから、もう!」
洗って根と先を切り落としたらっきょうに塩をまぶした俺は、アイテムボックスから小豆と大豆が入っている木箱を出した。
「らっきょうは取り敢えずここまでで、続きは明日な。次は小豆あんと、きな粉を作るぞ」
俺は大きな鍋に小豆と水を入れて火に掛けてアク抜きを済ませた後、もう一度水を入れて火に掛ける。
「メロディーちゃんには、この鍋を見ていてもらおうか。水を足しながら柔らかくなるまで煮てくれるか?」
「はい、カイト様。お任せ下さい」
その隣にも平たい大きな鍋に大豆を適量入れて、ララさんに声を掛けた。
「この大豆をゆっくりと色付くまで炒ってもらえますか?」
「はい、カイト様。後ろの木箱にある大豆も炒るのですか?」
「はい、お願いします。あっ、でもララさんが何かに使いたいのなら、その分取っておいても良いですよ」
「畏まりました。では、そうさせて頂きます」
キッチンには粉を挽くための石臼がある。
初めに見た時は、こんな物使うのかと疑問に思っていたが、まさかきな粉を作るのに役立つとは……
この石臼もグランが作ったのだろう、かなり細かく挽けるようだ。
石臼をチェックした俺は、もち米を研いで水に浸しておく。
アマンダさんとミウラさんには、炒った大豆を石臼で挽いて、きな粉にしてもらおう。
「ワッハッハッハッハ!カイトよ、臼と杵が出来たぞ。杵は二本と、ついでに切り餅用のバットとのし棒も作っておいたぞ」
「おわっ!!吃驚したなグラン。っていうか、もう出来たのか?早いな」
「見ろ、この臼を!どうだ?ミスリルで作ってやったぞ。そして杵は世界樹の枝で作ったからな、美味い餅がつけるぞ」
ミスリル……うん、知ってた。グランだもんな……それにしても、世界樹、あったんだ……
「グラン、世界樹なんか使っても良いのか?」
「ああ、世界樹も数百年毎に手入れをしてやらんと駄目だからな、その時に切った枝で作ったから大丈夫だ」
世界樹か……一度見てみたいもんだな。
「カイトくん!!」
「うおっ!?……はぁ、レクス、いきなり目の前に出て来るなよな……」
何だよこいつら……いきなり出て来て俺を吃驚させるのがブームなのか?
「エヘヘ」
「エヘヘじゃねぇよ!全く」
「カイトくん、餅とり粉とカレー粉だよ!代金はアイテムボックスから出したの!!」
「おっ!?気が利くなレクス」
「エッヘンなの!!」
餅とり粉は、この世界で良く見る布袋に入っていて、カレー粉はお馴染みの地球産で、各メーカーの数種類のカレー粉が揃っている。
「餅とり粉は東の国の物だよ!カレー粉はどれが良いかわからないから、向こうの神に適当に見繕って貰ったの!」
「そ、そうか、ありがとな」
「エヘヘ、うん!」
地球の神が選んだカレー粉……いや、考えるのはよそう。
「それとね、カイトくん」
「うん何だ?」
「向こうの神の伝言で、“もっと神界ルートを利用して下さい”だって。それでね、これを貰ったの!」
レクスが差し出した物は、10%〜50%引きのクーポン券の綴りで“神”の刻印が押されている。
使用期限は明記されていないから何年経っても使えるみたいだが、はっきり言って、こんな物が貰える意味がわからない。
「きっと新界ルートでの売買を楽しんでやっているんだと思うぜ」
「エル、修行はもう良いのか?」
「ああ、また一段階強くなったぜ」
「それ以上強くなってどうするんだよ……」
それに、地球の神も暇なんだな……
もち米を二升ずつに分けて、水に浸して一晩置いておく。
一俵だと流石に多いので、今回は三分の一位にしておく。
アイテムボックスに残りのもち米を仕舞い、小豆ときな粉の様子を見に行った。
「カイト様、小豆が柔らかくなりました」
「えっ?早くない?」
メロディーちゃんの横にはレクスが居て微笑んでいる。
恐らく、レクスが何かやったんだろう。
俺は、柔らかくなった小豆が入っている鍋の湯を捨てて、そこに砂糖を加えて、火に掛けてかき混ぜる。
もったりしてきたところで塩を加え火から下ろして出来上がりだ。
そして、きな粉の方はというと、グランとキョウヤが交代しながら、石臼できな粉を挽いている。
アマンダさんとミウラさんはというと、疲れてへたり込んでいる。
「ワッハッハッハッハ!どうだカイトよ。ワシが作った石臼で挽いたきな粉はサラサラだろう!」
「ああ、上出来だ。これなら美味いきな粉餅が出来るぞ」
「アマンダさんとミウラさんもご苦労さん」
「カイトさ〜ん、疲れました〜」
「私も、もうヘトヘトです。アマンダさん、ダイエット出来たんじゃない?」
「えっ!?そうかしら……うん、少し痩せたような気がするわ!!もう少し頑張るよ、ミウラちゃん!!」
「えっ、えぇぇぇ!?私もですかぁぁぁぁ」
アマンダさんとミウラさんはグランとキョウヤを押しのけて石臼を回し始めた。
「ララさんの方も、もう少しで終わりそうですね」
「はい、この大豆の粉がどんな味になるのか楽しみです」
俺は、二階のリビングで新月の館の住人全員に、明日の餅つきの手順を説明して、その日は早目に床につく事にした。
「此処は何処だ……?」
俺は上空に浮かんで、見た事の無い街を見下ろしている。
そこは大きな街で、沢山の人が通りを歩き、商店や屋台、そして大道芸等で賑わいを見せている。
高台になっている場所には、青い屋根の大きな屋敷が建っていて、槍を持っている衛兵が門を守っている。
俺は、いつの間にかその屋敷の上空に浮かんでいて、一人の人物を見ていた。
長い黒髪に紅い瞳、たゆん、たゆんと揺れている大きな胸。
そして、アホ毛も健在だ。
「マツリ……か?」
マツリは炎の槍を持ち、対面している女性と手合わせをしているようだ。
「もう一度行きますわよ、お母様!」
マツリに良く似たその女性はマツリの母親のようだ。
マツリの鋭い突きをあっさりと躱して、マツリの持つ炎の槍を絡め取った。
「チマツリ、力任せに突くのは悪い癖ですわよ。はい!次はチミドロですわ」
「お姉さま、お疲れ様です」
「チミドロも頑張って下さいですわ」
次はマツリの妹が手合わせをするようだ。それにしても……チミドロ?
まあ、マツリの世界では普通なのかもしれないな。
「チダルマさん、お茶が入りましたよ」
「はい、お義母様、直ぐに行きますわ」
「お祖母様、お手伝い致しますわ!」
マツリは手伝いをする為に椅子から立ち上がり祖母の所へ行く途中、ふと立ち止まり空を見上げて首を傾げ、直ぐに屋敷へと入って行った。
マツリのお祖母さん若いな。ヴァンパイアだからか?
そんな事を考えていると、景色がだんだんと離れて、そして辺りが真っ暗になった。
読んで頂きありがとうございます。
チダルマ(マツリの母親)