第95話 カイトの王都滞在編〜お婆さん!?
その露店から流れて来る匂いは懐かしい匂いだった。
「お婆さん!?王都に居たんですか?」
「おや?あんたはあの時の……」
「ええ、あの時の鰹節や醤油は今でも重宝していますよ」
「そうかい、そうかい、そりゃ良かった。今日は可愛らしい嬢ちゃんが一緒じゃな」
可愛らしいと言われたサトミは顔を赤くして照れているが、嬉しそうだ。
「お元気そうで何よりです。今日も買わせてもらいます」
ルトベルクの朝市で、この世界に来て初めて米や醤油を買った店のお婆さんが、まさか王都に居るとは思いもしなかった。
しかし、東の国からはそれなりに距離がある筈なのに、王都に居るとは……
店内には商品が潤沢に揃っているところを見ると、東の国に戻ってからまた、この国に来た事になる。
まあ、魔法やマジックアイテムがある異世界だから深く考えても仕方がないし、俺としては嬉しいことだから別に追求する事でも無いか。
「有り難いねぇ、どうしてもまだまだ醤油や味醂の良さが、この国の人達には分かって貰えんでの。じゃが、お前さんのような若いもんが、こうして来てくれるのは嬉しい事じゃよ」
「お婆さん!?今、味醂って言いましたか?」
「ああ味醂かい?前の時は持って来なかったんじゃが、今日はほれ、そこの瓶に入っておるよ」
お婆さんの指差す方を見ると一升瓶位の大きさの瓶が7本あった。
これは絶対に買わなくては!!
「お婆さん、その味醂を全部買っても良いですか?」
「ああ、ええよ。全部買ってくれるってんなら此方も大助かりじゃよ」
店内には味醂の他に、前回購入した鰹節、昆布、醤油、酒、米、味噌があり、そして乾燥椎茸と干した大根がぶら下がっていて、他にも木箱がいくつか置かれている。
「王都では酒と米だけは、まあまあ売れるんじゃが、他はちょびっとしか売れてないんじゃよ」
「それなら、酒と米意外を俺が買っても良いですか?」
「別に酒と米も買ってくれてもええんじゃよ」
「そういう事なら全部買い占めますからね」
「もしかして、あんたは貴族さんかい?」
「俺は冒険者ですよ。こんな格好をしているのに貴族に見えますか?」
「いやね、この前も今日も羽振りがええからね。それに二人とも綺麗な顔立ちをしとるしな」
神様謹製の身体だから当然なのだろうが、面と向かって言われると照れくさいな……
「そうじゃ、ちょっと待ってな」
そう言ってお婆さんは奥の物陰から、米俵を1俵担いで来た。
60Kgはある筈なのにパワフルなお婆さんだ。
「1俵しか無いが、これはおまけじゃよ」
「米……ですか?」
「もち米じゃよ」
「マジかっ!?あ……いや本当にもち米ですか?」
「そうじゃ、嘘を言っても仕方がないじゃろ」
「これは嬉しい。サトミ!餅が食べられるぞ!」
「うん、お餅は大好きだから嬉しいね!カイト、きな粉餅も作れるかな?」
「えっ?」
きな粉の作り方なんか知らないぞ……確か大豆だったよな……だが、大豆をどうするのか全くわからん……
神界ルートで買うしかないか……
「そんなに難しい顔をせんでも、ほれ、そこの箱の中に大豆も小豆も入っとるよ。きな粉は大豆を炒って挽くだけじゃよ」
「えっ!?それだけで出来るのですか!?サトミ、帰ったらきな粉とあんこを作って、餅つきだ!」
「うん、楽しみだねカイト。おばあちゃん、ありがとう」
ルトベルクの朝市の時と同じように、お婆さんの店の商品を買い占めた俺は、お婆さんに礼を言ってその場を後にした。
「ねえカイト、レクスちゃん達は何処に行ったのかな?」
「そういえば、いつの間にか居なくなっていたな……」
気配を探ると、此処からでも見える、人集りで賑わっている一画にいるようだ。
「レクス、何をやっているんだ?」
「あっ、カイトくん!何処に行ってたの!?」
レクス達はどうやら、アームレスリングを見ていたようだ。
そう、良くある、勝てば掛け金が倍になるとかいうあれだ。
それにしても“何処に行ってたの!?”は無いだろう。
どちらかと言えば、此方のセリフだと思うのだが……
「カイトよ、急に居なくなったからどうしたのかと思ったぞ。ワッハッハッハッハ」
「居なくなったのはお前達の方で、俺とサトミはあそこのお婆さんがやっている露店で買い物をしてい……?」
俺はレクス達に説明する為に、お婆さんの露店を指差したが、そこにはお婆さんも、そして露店も跡形も無く消えていて、ぽっかりとスペースが空いていた。
「サトミ……お婆さんの店が無くなっているぞ」
「本当だ。もしかしたら大きなマジックバッグに片付けて帰ったのかもしれないね」
「ああ、そうか。遠い東の国から来ているんだ……特大のマジックバッグを持っていても不思議では無いな」
「そのような露店があったかニャン?」
「カイト達が買い物をしたと言っているんだから、あったんだろうぜ」
まあ、お婆さんが直ぐに帰って行ったとしても、俺としては良い買い物が出来たのだから文句はない。
東の国まで気を付けて帰ってもらいたいものだ。
今、目の前ではムキムキマッチョマンが、客を相手にアームレスリングをしている。
傍から見れば押しつ押されつの良い勝負に見えるが、額に汗まで浮かべて中々の演技派マッチョマンだ。
相手に希望を与えながら、土壇場で逆転勝ちをしている。
「カイトもやってみる?」
「いや、やめておく。それよりも餅つきだ。新月の館に帰るぞ」
王城前の朝市で賑わっている広場を出て、人通りの無い路地に向かう。
路地の入口に差し掛かると、念話の時のような感覚で助けを呼ぶ声が聞こえて来た。
「レクス、SOSだ!コンセ、マップを展開」
俺は新月の仮面を付けて、マップの泣き顔マークを確認した。
「遠いぞ……この場所は確かデオの村だったよな……行くぞコンセ、転移だ!!」
(イエス、マスター!3……2……1……転移します)
デオの村というのは、俺が転生して初めて行った街のザルクから、商業の街ルトベルクや、工業の街ヴァサルに行く途中にある村だ。
そのデオの村の入口から程近い街道脇の草原に、俺達は転移して来た。
「イヤ―――――ッ!!離して」
「グルルルルルル」
「どうして何時も私のスカートを引っ張るの!?もう、いい加減にして!!」
転移してきた俺達の目の前では、若い女性とホワイトウルフの子供がじゃれ合っている。
「なあレクス、助けを求めているのはあの人みたいだが、あれが心からの叫びなのか?」
「うん、きっと心から、もういい加減にしてって思っているんだと思うの!」
俺は新月の仮面を外して、ホワイトウルフとじゃれ合っている女性に近づいて行った。
サトミとレクス達もアイマスクを外す。
すると、手に持ったアイマスクとマントが霧散して消えていった。
「レクス、軽くスタンだ」
「はいなの、エイッ!」
レクスは指先に小さなスタンボールを作り、ホワイトウルフに向って飛ばした。
「あのホワイトウルフは女の人に懐いているニャン」
「そうなのかマックニャン?」
「間違いないニャン」
ホワイトウルフが懐いているという事なので、俺は女の人に話を聞く事にした。
「以前、この子がもっと小さかった時に、丁度この辺りで倒れていたのです。私はお腹を空かせているのかもと思い、持っていた干し肉を置いて家に帰ったのですけど、次の日から父の為に薬草を採って帰る度にスカートを引っ張って困っているんです。振り切って逃げる度にスカートが破れて、今ではこんなに継ぎ接ぎだらけになってしまいました」
どうやら、懐かれているのを気付いていないみたいだ。
「そのスカートはパッチワークだと思っていたんだが、継ぎ接ぎだったのか?」
「そのぱっちわーくって何ですか?」
「ああ、柄の違う端布を組み合わせて作る手芸の事だが、そのスカートは中々おしゃれに仕上がっていると思うぞ。それよりも、このホワイトウルフはお前に懐いているようだぞ」
「おしゃれ……って言うか、私に懐いて……?」
「きっと遊んでもらいたかったんじゃないのかな。ねっ、カイト」
「ああ、多分そうだ」
おしゃれと言われて頬に手を当てて顔を赤くしていたが、本当に懐いている事に気が付いていなかったようだ。
「そのホワイトウルフをテイムしてやったらどうだ?」
「私が?冒険者では無い私がどうやって……そもそも私がテイムしても良いのかしら」
「冒険者では無くても出来る筈だ。エル、ミウラさんを連れて来てくれないか?」
「了解だぜ、カイト」
「えっ!?お人形が………」
暫く待つと、エルがミウラさんを連れて来てくれた。
「冒険者では無くても、問題なくテイムする事は出来ますよ」
ミウラさんはそう言いながら、マジックポーチから何時ものタブレットを出してから何やら操作をして、テイムモンスターの証を手渡した。
「これで一件落着だな。帰って餅つきの準備をするぞ。エルはミウラさんをギルドに送ってくれ。そして、グランは杵と臼を用意してくれないか?」
「ワッハッハッハッハ!任せろカイトよ。2〜3時間で立派な杵と臼を用意してやるぞ」
餅つきは明日の朝にするつもりだから夜までに用意してくれれば良いんだが、グランは張り切っているようだから言わずにおこう。
「カイト、ミウラをギルドに連れて行ったぜ」
「ご苦労さんエル。よし、コンセ帰るぞ」
「イエス、マスター!3……」
『ぐわぁ!痛えぇぇ……助けてくれぇぇぇぇ!!』
「ちょっと待ったコンセ!!またSOSだ」
新月の仮面を付けて確認すると、此処からザルクの街に行く途中の街道に、泣き顔マークが点滅している。
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