第87話 カイトの王都滞在編〜ランクアップ試験!?①
俺が食堂に行くと、丁度料理が運ばれて来るところだった。
「カイト、ギルドマスターの奢りだ。お前の分もあるぞ」
何も知らずにビショップ達はギルドマスターから食事を奢られている。
これではギルドマスターの用事とやらを断りにくくなるだろう。
俺がギルドマスターを訝しげに見ると、整った唇の口角を上げて微笑んだ。
―――――――――怪しい笑みだ。
「カイト、丁度いいタイミングで帰って来たな。私の奢りだ冷めない内に食べると良い。本日のおすすめセットだ」
「はぁ、ありがとうございます、ギルドマスター」
ギルドの食堂の奥にある大テーブルには、マッシュポテトを付け合わせにした超極厚のステーキが湯気を上げていて、表面に浮いた肉汁がキラキラと輝いている。
ステーキの皿の横には丼ほどのサラダボールに、レタス、人参、キャベツ、ピーマンなどの生野菜が山盛りに盛られていて、テーブルの中央には大きなバスケットに入りきらないパンが二つテーブルの上に転がっている。
俺はサトミとマツリの間に空いている席に座った。
目の前には良く冷えたエールまで置いてあった。
俺とサトミとキョウヤは、手を合わせて「いただきます」と言い、ビショップ、シェリー、ヨシュアは手で十字を切って両手を組み、口の中で何やらゴニョゴニョ言って食べ始めた。
マツリとミウラさんは俺達と共に食事をしてきたので「いただきます」派だ。
「カイトさん、その“いただきます”ってナニ?」
俺達のする事を見ていたキリが、マッシュポテトをフォークでつつきながら不思議そうな顔をしている。
「これはだなキリ、俺達は命あるものを糧として生きている訳だ。その動物とかモンスターや野菜などの植物、そして野菜や動物を育てたり、モンスターを狩った人、それらを運んで来てくれた人、俺達が美味しく食べられるようにと料理をしてくれた人など、沢山の命と人達の手によって、俺もキリも今此処で、こうして笑って話していられるんだ。だから俺達は神に感謝し、命に感謝し、そして、育ててくれた人、狩ってくれた人、此処まで運んでくれた人、料理をしてくれた人に感謝を込めて“いただきます”と言って手を合わせるんだ」
「わ、私、今までそんな事を考えもしなかったわ。此処に食べ物がある事が当然だと思っていたし、モンスターや野菜に感謝なんてしたことも無いし、作った人達にもそう……」
そこまで言って、キリは調理人を、そして給仕の人を見て「いただきます」と、手を合わせて言った。
調理人や給仕は、忙しく立ち回り気が付いていないが、キリはにっこりと良い笑顔で食事を続けた。
「美味しいねカイト」
「うん、美味いな。この肉は何の肉だ?」
「美味いだろう?この肉はな、パイナップルマンモスの肉だ。帝国での会合の帰りに偶然見つけて私が狩ったんだ。滅多に姿を見せない珍しいモンスターだからな、良く味わって食べろよ」
「パイナップル?」
「マンモス?」
俺とサトミは間の抜けた声を出して、頭の中でその姿を想像した。
「巨大なパイナップルに長い鼻と大きな耳、それに太い四足が付いたモンスターか?」
「きっと、マンモスの頭に大きなパイナップルが生えているんだよ」
「二人ともハズレだが、近いのはカイトだな。体毛がパイナップルの皮に良く似ているんだ。そして、その肉の爽やかなパイナップルの風味が人気でな、かなり昔に乱獲されて数が激減した希少モンスターだ」
俺は一噛み一噛み良く味わって食べた。
柔らかく、それでいて弾力のある歯応えに、肉汁から爽やかなパイナップルの香りと甘みが口の中に広がって鼻腔から抜けていく。
ステーキにソースがかかっていない理由がわかった。
こんな物を食べさせられては、ギルドマスターの用事を断る訳には行かなくなったな。
サトミ、マツリ、キョウヤ、そしてビショップ、シェリー、キリは恍惚の表情で、ヨシュアは滂沱の涙を流しながら何度も何度も噛んで味わいながら食べている。
「カイト、ビショップ、シェリー、お前達にはランクアップ試験を受けてもらうぞ」
皿に残った肉汁をマッシュポテトに絡めながらきれいに食べ終えると、突然ギルドマスターが、俺が思いもしなかった事を口にした。
「お前達にはもう既にAランク以上の力量がある筈だ。力と良識の両方を兼ね備えた冒険者はどんどんランクを上げていくべきだと私は考えているのだ。そして、それがゼノマイト王国にとっても必要だとも思っている。中にはランクは慎重に上げるべきだと言う上層部の連中もいるがな、個人個人を見極めて決めればいい事だと私は思う」
「それで試験とはどういった事をするのですか?」
「Aランク以上の冒険者と戦ってもらう。勿論、勝敗は関係ないからな、負けたとしても私がAランクに上げても大丈夫だと判断したら合格だ。試験は三日後の正午に北の闘技場で行う。他にも数名の冒険者が試験を受けるからな、遅れるなよ」
三日後、俺達が闘技場に着くと、控室には既に4人の冒険者が来ていて、雑談をしたり、準備運動をしていた。
「ビショップさん、シェリーさん、カイトさん、この整理番号を背中に貼らせてもらいます」
ギルド職員が薄い布を俺達の背中に貼っていく。
見ると他の冒険者の背中にもゼッケンのように1から4までの番号が貼られていた。
ビショップが5番でシェリーが6番、そして俺が7番だ。
「それでは全員揃いましたので説明をさせてもらいます。まず始めに、今からは名前では無く、皆さんの背中の番号でお呼びしますから間違えないように御自分の番号を良く覚えて下さいね」
此処に居る全員が隣の冒険者と協力して自分の番号を再確認する。
「次に、本日の試験官はSランク冒険者の方に二名来て頂けたので、試験は1番の方から順に左右に分かれて行います。この試験は、今現在の皆さんの力量を見るためですので、持てる力や技、マジックアイテムの類い、テイマーの方は出せる総戦力など、一切出し惜しみせずに試験に挑んで下さいね」
この部屋に居る冒険者は、やる気に満ちた表情や自信が無さそうな表情、何を思っているのかわからない無表情な顔も居れば、終始ニコニコと笑っている者も居る。
今の説明を聞いて眉間にシワを寄せ、難しい表情をしているのは俺達だ。
「皆さんは既にお聞きだと思いますが、戦闘の勝敗は試験の合否には全く関係ありませんので、皆さんはSランク冒険者の胸を借りるつもりで、思いっきり戦って下さいね。私が言うのもなんですけど、アイツらはもう人間をやめて化け物になったんじゃないかと言う程に出鱈目な強さですからね、小指の先程の傷でも付けられたらそれはもう、大金星ですよ」
皆の緊張を解く為だろう、後半部分は声のトーンを落として、自信の無さそうな冒険者や難しい顔をしていた俺達に聞かせてくれた。
「それでは、もうそろそろ時間になりますので頑張って下さいね。順番待ちの方や終わった方は観戦していても良いですし、この部屋でのんびりされるのも自由ですよ」
俺達の順番は後半なので、観戦席でSランク冒険者の戦いを見る事にした。
「あっ!カイトさん、此方ですよ」
声のする方を見ると、そこにはアマンダさん、ミウラさん、フェルナンさん、ララさん、メロディちゃん、マーク、キョウヤ、そしてキリとポロも来ていた。
「何だ?全員集合じゃないか」
「それはもう、カイト様の試験ですからね私達も応援したくてやってきました」
「カイト様、頑張って下さい!!」
「そうですか、ララさん、メロディちゃんありがとうございます」
「カイト様なら合格は間違いありませんが、少しくらい賑やかな方が良いと思いまして」
「僕はカイト様の戦う姿を見てみたくて……頑張って下さい」
「そうですねフェルナンさん、賑やかな方が楽しめそうですね。マークも良く来てくれたな、ありがとう」
「あ、あの……私も来ちゃったけど良いよね?テイマーとして勉強させてもらうわ」
「ワンッ!」
「キリちゃん、カイトの戦いを見ても参考にはならないと思うよ」
「サトミ、それはキリが決めることだ。もしかしたら参考になるかもしれないぞ」
俺達の他にも何人かの観戦者が来ている、きっと他の冒険者の応援に来ているのだろう。
「カイト様、誰か出て来ましたわ」
マツリの声に闘技場を見てみると、大柄な熊のような男性がバトルアックスを肩に担いで闘技場の中央に向って歩いている。
そしてもう一人、長い黄色と黒の縞々の尻尾をくねくねと動かしながら歩いているのは、両腕に鋭い爪が付いている手甲を装備した虎獣人の女性だ。
二人は闘技場の中央で何やら話した後、左右に分かれて歩き出した。
「なあカイト、あの二人はかなり強いぞ」
「ギルド職員が言っていた事は誇張では無かったようね」
「ああ、そうだな。俺達が本気になったら戦いにならないのではないかと心配したが……居るんだな、こんな化け物じみた奴等が」
「これは気合を入れて掛からないと、一瞬でやられるのは俺達の方かもしれないぞ」
どうやら、Sランクの二人の準備が整ったようだ。
「私はギルドマスターのセリアだ。本日試験を受ける諸君には、持てる力を全て出し切ってもらいたい。諸君らの相手はSランク冒険者である。彼等は、諸君等の全力を軽く受け止められる技量を持ち合わせている。よって、遠慮などせずに思いっ切りぶつかって来い。全員がAランクに昇格出来る事を祈っている。以上!」
「それでは、1番と2番の方は闘技場に入って下さい」
拡声のマジックアイテムでのギルドマスターの挨拶が終わり、ギルド職員に1番と2番が呼ばれた。
俺達のAランク昇格の試験が、今始まった。
読んで頂きありがとうございました。
キリ(冒険者、モンスターテイマー)
セリア(王都の冒険者ギルドのギルドマスター)