第76話、カイト、王都アニエスに行く②
王都の外壁は高くて長く、まるで何処までも続いているように思える程だ。
外壁の外は、広大で起伏に富んだ草原が広がっている。
外壁が見える前は森だった事から、おそらくは木を切り倒し建材にしたのか、モンスターを遠ざける為に人工的に草原を作ったのだろう。
それでなのか東の遥か遠くには、まだ森が残っている。
その草原で、年若い冒険者達が所々で活動しているのが見て取れた。
「やあビショップ、シェリー、今帰りか?ヨシュアも元気そうだな」
街の門を警備する衛兵がビショップ達に気安く声をかけてきた。
そして、訝しげに馬車を見て、マックニャンを見て、ビショップ達の後で馬車から降りた俺達を見る。
「ようビリー、お前が当番で丁度良かった。紹介しよう、彼がカイトだ」
「そうか、見つかったんだな。それは良かった。今夜はお祝いだな、パーッとやろうぜ!」
良くわからないが、歓迎されているようだ。
「ゼノマイト王国は、一説によると他国で召喚された勇者が興した国と言われています。遥か昔には、戦争が頻繁に行われており、数十年、又は数百年に一度、他の世界から勇者が召喚されていたと、言い伝えが残っています」
「そして、その初代国王が、私達が所属するギルド制度を作ったとも言われているんですよ」
門の詰所で手続きを終えた俺達は、馬車をマックニャンに託し、歩いてギルドに向かっている。
その道すがら、アマンダさんとミウラさんが王国についての説明をしてくれている。
それにしてもゼノマイト王国か……
初めて知ったんだけど……
「なるほどな。それで、今でも勇者召喚は行なわれているのか?」
「初代ゼノマイト国王は、勇者にも家族や恋人や友人があり、幸せな暮らしを送っている。そんな彼らを一方的に召喚することを是とせず、儀式に関する資料や書物を全て封印したと聞きます」
「今では何処に封印されているのか、実際にそのような資料や書物があったのか知る者はいないそうです」
「ですが、初代国王が残した言葉は、今でもこの国や近隣諸国に語り継がれています」
国王にまでなった男の言葉だ。しかも、遥か昔から語り継がれているとなると、この世界の人々の心に深く刻まれているのだろう。
「その言葉とは……」
〈自分のケツを他人に拭かせるな〉
国王……言葉は選ぼうね……
多分何気なく言った言葉なんだろうけど。
「まあ、言いたい事はわかるが、それにしてもな……」
「カイトさんはわかるのですか?用を足したら自分で拭くのは当たり前の事を、何故初代国王は言っていたのですか?」
「アマンダさん、この場合はう○こが戦争だな。自分達で始めた戦争に、全く関係のない異世界の人間を巻き込むなって事だ」
「あっ、なるほど!戦争をう○こに例えているのですね」
「アマンダさん、女の子がそれを言ったらだめだよ」
サトミがアマンダさんに注意するが、俺は別に気にする事はないと思うがな。
この世界の女子も気にしないんじゃないか?
「あっ、あぁぁ私ったらつい……カイトさんのせいです」
アマンダさんは赤くした顔を両手で隠している。
この世界の女子も気にするようだ。
「此処、王都アニエスは初代国王の母親の名から付けられたそうです」
何事も無かったかのようにミウラさんが説明を続ける。
ミウラさんの説明を聞きながら、俺は王都アニエスの街並を観察した。
王都と言うだけあって、建物は殆どが2階建てか3階建てで、人々の往来も他の街の比ではない。
道幅も広く、丁寧に石畳で整備されていて、とても歩きやすい。
街ゆく人々は多種多様で、エルフ、ドワーフ、獣人が居て、そして、少ないが魔族も見かけることもある。
見る限り、冒険者の数が最も多く、商人や職人風の人、貴族や使用人、そして、お使いの子供達も多く見かけた。
「王都アニエスには、目立った産業はありませんが、各地から人々が集まり、交易の地として栄えているのですよ」
「流石、商業ギルドと冒険者ギルドの職員だな。実際に住んでいる俺達の知らない事まで知っている」
「ビショップ達の拠点は王都なのか?」
「ああ、そうだ。俺達は王都の居住区に家を持っている。お前の屋敷とは比べ物にならないくらい小さな家だが、下級貴族が住んでいた屋敷を国王に下賜されたんだ」
「おい!今、凄い事をサラッと言ったな?」
「まあ、その辺は追々とな、あはははは」
アマンダさんを商業ギルドに、ミウラさんを冒険者ギルドに送った後、俺達はビショップの案内で、ある場所に向かっている。
「カイト、お前は転生してきた事を隠しているようだが、せめて身近に居る人には話しておいたほうが良いと思うぞ。それとも、隠しているのには何か訳があるのか?」
「いや、なんとなく黙っていた方が良いように思えただけだ。ビショップ、レクス達が神だと言う事は?」
「アラディブとレクスのやり取りで薄々とだが……やはり神の類いだったのか?」
「ああ、レクスは魔法神、グランが鍛冶神、エルが武闘神、マックニャンが獣神だ」
「なるほどな、だから隠していたと言う訳か。人形達が神だと知れたら大騒ぎになりかねないな」
「ああ、それもあるが、単に説明をするのが面倒くさいのもある」
「あはははは、カイトのそういう所は変わらないわね。説明なら私とビショップも手伝うわよ。レクスちゃん達の事は伏せておいたほうが良いわね」
「カイト、もうすぐスラム街に入るぞ。そして、その先が目的の場所だ」
スラム街に足を踏み入れた俺は、想像していたスラム街と違う事にビックリした。
「王都のスラム街には国王が助成金を出しているから、それなりに暮らして行けるんだ。働ける者は働いて、少ないが賃金も得ている」
閑散としてはいるが、スラムの人達の表情は明るい。
子供達も元気に走り回っている。
スラム街の先には川が横切っていて、馬車が通るのにやっとの幅の橋が掛かっている。
橋の向こう側は板塀で囲まれていて、此処からでは中は覗えない。
「ビショップ、あの塀の中に入るのか?」
「ああ、そうだ。あそこには俺達の協力者が居るんだ」
「協力者?何の協力者だ?俺に関係があるのか?」
「まあ、付いて来てくれ。お前に紹介したいんだ」
ビショップの事だ、悪いようにはならないだろう。
「わかった、行こう」
ビショップを先頭に門の中へ入ると、広い敷地にまるで練兵場のような訓練施設があり、数人の老若男女が訓練をしている。
ぐるりと見渡すと、弓や魔法で的を射たり、剣や槍での模擬戦や、格闘での模擬戦なども行なわれている。
ビショップの後を付いて行くと兵舎のような建物の中へと入って行った。
「ビショップ、お前等は革命でも起こすつもりか?」
「あはははは、そんなつもりはないさ。第一、ゼノマイト国王も俺達の協力者だからな」
食堂に入ると大きなテーブルがあり、ビショップとシェリーがアイテムボックスからコーヒーや紅茶を出して皆の前に置く。
「詳しく話してくれ」
「ああ、そのつもりだ。先ずは俺とシェリーとヨシュアの事から話そう。俺達は転生時に、それぞれ特性に合ったギフトを授けてもらった。俺の場合は具現化だ。複雑な造りの物は無理だが、俺が精通している爆薬や手榴弾なら瞬時に具現化出来る」
そう言ってビショップは、両手に銀色の手袋を付けた。
そして、掌から魔法陣が浮かび上がり、手榴弾を一つ具現化させた。
「かわいいですわ」
「ああ、確かにかわいいな」
「うわ〜、勝手に歩くんだね」
「ビショップ君、これって手榴弾なのかい?」
ビショップが具現化したパイナップル型の手榴弾には、レバーも安全ピンも付いていないが、ちゃんと葉っぱが付いていて、蜥蜴のような手足まで付いている。
ビショップがテーブルの上に置くと、少しの間てくてくと二本足で歩き周り、その後座り込んで動かなくなった。
「あはははは、もう手榴弾とは呼べないかもしれない。ちゃんとイメージしているんだが、どうしてもこうなってしまうんだ」
「異世界補正なの!!」
「時代の流れを変えてしまわないようにだぜ」
「ワッハッハッハッハ、だが此方の方が便利だろう?」
「なるほど……そう言う訳だったのか。確かに俺の指示どおりに動くから便利と言えば便利だな。もう良いぞ消えろ」
ビショップが消えろと言った途端にポンッと消えて無くなり、少量の煙だけが残った。
「その手袋で具現化しているのか?」
「ああ、これは流星のグローブと言って俺専用のマジックアイテムだ。次はシェリーの番だな」
シェリーはアイテムボックスから銀色に輝く弓を取り出した。
その弓は装飾品と言って良い程に美しく、とても実践で使えるとは思えない代物だ。
赤や青や黄色の宝石が目を引く。
良く見ると、まだ宝石が嵌っていない穴が空いている。
もしかしたら、属性効果のスロットなのかもしれない。
「この弓は、流星の弓と言って、矢をつがえなくても、この宝石の効果で、弦を引くだけで火や氷や雷の矢を放つ事が出来る私専用のマジックアイテムなのよ」
「やはり属性効果の宝石だったか。スロットがまだ空いていると言う事は、他にも属性の矢を放てると言うことだな」
「ええ、カイトの言う通りだと思うわ。でも、残念な事に私はまだ他の宝石を持っていないの。だけど今まで十分に戦えて来たわ。次はヨシュアね」
ヨシュアは昔から寡黙な男で殆ど話す事は無かった。
YES、NOの声しか俺は聞いたことがない。
そんな男がオーガに転生したらどうなるかと言えば、以前と大して変わらない。
ウガー、と言いながら首を縦か横に振るだけだ。
「ウガー」
ヨシュアが、アイテムボックスからマジックアイテムを出した。
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