第74話 カイト、学徒の街ルクレールに行く③
後ろを振り返ると、そこには黒いフード付きのマントを羽織ったオーガが立っていた。
涙を流しているが、俺を受け止めた時に、何処かを痛めたのだろうか?
冒険者ギルドでオーガは討伐対象外に定められている。
己の肉体と技を極める事を生きる目的として強い相手に挑み、勝っても負けても闘った相手に敬意を示し、決して殺す事はしないと言う。
時には強いモンスターに苦戦を強いられている冒険者を助ける事もあるらしい。
「済まない、助かった」
オーガは目を潤ませて頷いている。
「何処か痛めたのか?」
オーガは涙を拭って首を横に振った。
「そうか、それなら良かった」
今度は笑顔になった。なんとなく人間臭いオーガだ。
そのオーガの後ろには、長い金髪で青い目をしたエルフの女性と、銀髪を短く刈り込んだ、緑色の目をした魔族の男性が立っている。
二人も黒いフード付きのマントを羽織っていて、フードは下ろしている。
「どうやら、怪我は無いようだな」
「ああ、おかげで助かった。このオーガはあなた達の?」
「彼は私達の友達で仲間なのよ」
「もうすぐ君の仲間達も此処に来る筈だ。俺達も手伝って、グレムリンをあらかた倒したからな」
外壁の正門から、レクス、グラン、エル、そしてサトミとキョウヤが走って来るのが見えた。
空からはマツリとキナコが此方に向っている。
ワイバーン達はどうやら消えたみたいだ。
そして、最後に……
「良い運動をさせてもろたわ、わいらは帰るさかい、後は頑張ってなぁ」
「ああ、ジョニー、助かった。今度差し入れを持って行くからな」
「ほんまかいな!嬉しいなぁ。ほなな」
ジョニーと4匹の巨大Gは空の彼方に消えていった。
あの4匹の事は触れないでおこう……
「ジョニー様、カッコイイですわ。あの流線型のフォルムに、黒く輝くボディー。そしてあの強さ!!惚れ惚れしますわ」
「マツリ!?ジョニーは“G”だぞ?良いのか?あれが、良いのか!?」
「カイト、大丈夫!?」
「ワッハッハッハッハ、派手にぶっ飛ばされていたな」
「油断し過ぎだぜ、カイト」
「もうビックリしたの!!」
「心配させて済まなかったな。俺は大丈夫だ。そこに居るオーガに助けてもらったんだ」
オーガは恥ずかしそうに頭をポリポリ掻いている。
「ちょっと!!何なの、今の“G”は!?」
エルフの女性が震えながら俺に聞いてきた。
この反応が普通だと思う。
「ジョニーの事か?あれは……ちょっとした知り合いだ。害は無いから大丈夫だ。多分……」
「多分って……まあ良いわ、それよりも、あのバカでかいモンスターはどうするの?さっきから動かないけれど、まだ生きているわよ」
ダイフクの毒の霧はキメラモンスターの顔までは届かずに、腰の辺りで停滞していて、徐々に薄くなっている。
今では、黒いオーラは消えて、ただ立っているだけになっている。
「あのキメラモンスターは体重が重すぎて動けないだけだ。それに、あんなにでかい奴をどうやって倒すんだ?」
「カイト君、鍵を使ってみたらどうだい?」
「キョウヤ、鍵って何だ?」
「カイト、ガチャ髑髏がドロップした鍵じゃないかな」
「そうだよサトミさん。カイト君、鍵に魔力を流してみてごらん」
俺はアイテムボックスからカプセルを取り出し、中の鍵を出して魔力を流した。
鍵は俺の魔力を吸収しているのだろうか、幾ら魔力を送っても、何の変化も無いし、手応えも無い。
「キョウヤ、この鍵は何だ?魔力が溜まっていく感じが全くしないんだが……」
「まだまだだよカイト君、本来ならこの鍵は何ヶ月も、場合によっては何年も掛けて毎日魔力を溜めて、やっと1回使えるんだよ。それでも、魔力量や質によって結果は大きく変わってしまうんだ」
「何年も?そんなに待てないぞ。キョウヤ」
「いや、カイト君なら今此処で、数年分の魔力を溜められると思うよ」
俺は手加減無しに、一気に魔力を鍵に流し込んだ。
すると、少しだけ鍵が銀色に光り始めた。
「まだまだだよ。もっと魔力を流し込むんだよ」
「ハアァァァァァァァァッ!!」
俺は気合と共に、濁流をイメージして、身体中の魔力を鍵に流し込んだ。
鍵の光が徐々に強くなって、金色に色が変わった所で周りから音が消え、暗転した。
「……ト、起きてカイト」
「……俺は……そうか、ありがとうサトミ。もう大丈夫だ」
気が付くと、俺はサトミに抱きかかえられていた。
周りを見ると、レクス、グラン、エル、マツリ、キョウヤ、ダイフク、キナコ、魔族の男性、エルフの女性、そしてオーガが俺とサトミを心配そうな表情を浮かべて囲んでいた。
「サトミさんはエナジーを与える事も出来るんだね。驚いたよ」
「流石、サトミお姉さまですわ」
「エヘヘ…それほどでもないよ」
サトミは褒められて照れくさそうだ。
「俺はどれだけ気を失っていた?」
「ほんの2〜3分だよ。カイト」
「そうか、良かった」
握りしめた手を開くと金色に輝いたままの鍵があった。
「カイト君、魔力はどうだい?」
「ああ、8割方戻っているな」
「早いね、流石だよ。後は起動する為の魔力をほんの少し使うだけだよ」
金色に輝く鍵に魔力を流すと、目の前に観音開きの重厚な扉が現れた。
両方の扉には、向かい合う形で髑髏が浮き彫りされている。
扉が嵌っている枠にも、地獄絵図のような彫刻が施されていて、扉の取っ手に通されている鎖を留めてある南京錠の鍵穴に、鍵を差し込むのを躊躇いそうになるほど、おどろおどろしい。
「キョウヤ、この扉は開けても大丈夫なんだろうな?」
「僕も開けるところは初めて見るんだけど大丈夫だよ。多分、あはははは」
「あははははじゃねえよ!ったく……一応警戒だけはしておけよ。良いか、開けるぞ」
俺は、南京錠を手に取り、ゆっくりと鍵を差し込んだ。
鍵を開けると同時に、金色に輝いていた鍵はその輝きを失い、元に戻っていた。
重々しく軋む音を立てて扉が開いた。
扉の中は真っ暗で光を反射する目があちこちで、此方を覗っている。
「この魔力は余を呼んでいるものだ。お前たちは下がっておるが良い」
此方を覗っていた目が、まるで波が引くように下がって行き、血のような赤いローブを纏った骸骨が扉をくぐって、俺の前に立った。
ローブの下は高価そうな貴族服を着て、足にはブーツではなくて、サンダルを履いている。
首には宝石が施された首飾りが幾重にも掛けられており、両手の指全てに宝石が嵌った指輪を嵌めている。
ルビー、サファイア、エメラルド、ダイアモンドと、色とりどりだ。
更に手に持っている杖には、大きな水晶玉が妖しく光っている。
此方が観察していたのと同じように、あちらも観察していたのだろう。
「ふむふむ、なんと此度は化け物が揃っておるようだ」
「いや、アンタに言われたくないわ!」
やばい、思わず突っ込んでしまった……
「ねえ、カイト……ガチャ髑髏が出て来ると思っていたけど、まさか……」
「スケルトンですわ!」
「マツリちゃん!?彼は、いいえ、この方はリッチだよ」
「リッチなスケルトンですわ」
「マツリ、死にたく無かったら黙っていろ」
「カイト様?」
「フハハハハ、愉快、愉快。確かに余はリッチである。そして、見ての通りリッチでもある。カイトとやら、安心するが良い。恩があるこの世界に住まう者を無闇に殺めたりはせぬ」
宝石を見せびらかしながら笑うリッチ……俺が持つリッチのイメージが、音を立てて崩れていった。
「むっ?この魔力はレクサーヌ様であるか!?」
「……えーっと?」
「アラディブです。余をリッチとして魔界に送って下さったではないですか」
「あっ!そうなの!あの時のアホな魔法使いなの!!」
「アホ……確かにあの時の余はアホであった、フハハハハ。そうですか、今はこの少年を……うむ、良い魔力である。カイトよ、余は何時でもお主の力になるであるぞ」
何だか、無理して偉そうな言葉遣いをしているようだが、レクスが昔に助けた人間なら、信じても良いだろう。
「アラディブ様……」
「アラディブで良い。まどろっこしい敬称敬語は要らぬ。今からは余とお主は友であるぞ」
「そういう事ならアラディブ、宜しく頼む」
レクスのお陰で?リッチの友達が出来たのは心強い。
扉から出て来る時の向こうでのやり取りから察すると、アラディブは魔界では高い地位に属しているのだろう。
「それで、余を呼んだのは、あそこで呑気に寝ておる馬鹿でかいキメラの件であろう?」
体重が重すぎて、足が地面に埋まって動けないキメラモンスターは座り込んで眠っている。
「なんとも哀れな生き物よの……あ奴は余が魔界に連れ帰ってペットにでもしてやるとしよう」
そう言ってアラディブは手に持っている杖を高く掲げた。
すると、杖に付いている水晶玉が光り、キメラモンスターが光の粒子になって水晶玉に吸い込まれていった。
「これで良いであろうカイトよ?」
「あ、ああアラディブ、ありがとう。助かった」
「それでは余は帰るとしよう。また何時でも呼んでくれて構わぬ。大概、暇を持て余しているのでな。フハハハハ、フハハハハハハ」
アラディブが扉をくぐり、魔界へ帰ると、その重厚な扉は音を立てて閉まり、徐々に薄くなり消えていった。
「うそ……こんなに呆気なく終わるなんて……」
「リッチと言えば最高位のモンスターだが、まさかここ迄とはな。その魔力と存在感で俺達が霞んで、カイトは俺達の事を忘れているぞ」
「あ……いや、すまん、忘れていた」
「まあ、別に良いさ」
笑顔で接してくる魔族の男性とエルフの女性、それとオーガ。
何だか、気持ちが暖かくなる、この人達はいったい……
読んで頂きありがとうございました。
アラディブ (魔界の王。レクサーヌにリッチとして、魔界に転生された、元魔法使い。レクサーヌに恩を感じている)