第69話 カイト、ギルドマスターの部屋に行く
夕食の献立は、甘辛く煮た魚と、鶏肉と茸が入った茶碗蒸し、一角牛を使った肉じゃが、そして、白米と大根の味噌汁だ。
「どれも美味しいですわ」
「そうだね、私は茶碗蒸しが大好物なんだよ」
「はぁ、とても幸せです」
「アマンダさん、美味しいからって食べすぎないようにね」
「カイトさん、ミウラちゃんが意地悪です……」
「アマンダさんの身体の事を想ってだろう。意地悪じゃ無いと思うぞ」
「あはははは、良いね。美味しい料理に賑やかな食卓……うん……本当に久しぶりだ……美味いな……この肉じゃが……」
キョウヤは涙を流しながら食べている。
久しぶりだと言っているが、キョウヤはダンジョンコアだ。
恐らく、数百年か数千年ぶりなのだろうと思う。
「キョウヤ、好きなだけ食べてくれ」
「ああ、ありがとう、カイト君」
「キョウヤさんには久しぶりの故郷のお料理ですからね」
アマンダさんが思っている久しぶりのスケールが、とんでも無く違うと思うが、意味的には合っているのでスルーした。
2階のリビングで食後のお茶を楽しみながら、雑談をして、俺はキョウヤとマークを誘って風呂に入った。
「これは温泉なのかい?」
「ああ、何時でも好きな時に入りに来ても良いぞ」
「本当かい!?嬉しいな、美味い料理に温泉かぁ……此処に住みたくなって来るよ」
「あ?部屋は沢山あるから此処に住んでも良いんだぞ」
俺達は身体を洗い、湯船に浸かって温泉を楽しんでいる。
「後でキョウヤの部屋を決めると良い。ララさんには俺から言っておくよ」
「嬉しいな……300年ぶりの人間の生活だよ」
「カイト様、今キョウヤ様は300年ぶりだと……」
「そうだ、この話をする為に二人を誘ったんだ。マーク、キョウヤは俺と同じで日本からの転生者だ。と言っても人間では無く、ダンジョンコアに転生した変わり者だ。お前の目で見てみると良い」
「はい……確かに、キョウヤ様は此処に居るようで此処に居ない……何だか不思議な方です」
「カイト君、この子は?」
「マークはイギリスで自然災害に遭ってこの世界に流されてきた転移者だ。俺達のような転生者は神からのギフトがあるが、マークには無いんだ。その代わりに人の本質を見る目を持っているが、それだけではこの世界で生きてはいけない。だからレクスに頼まれて俺が保護していると言う訳だ」
「マーク君はラッキーだったね。今まで何人か君のような転移者が、貴族の奴隷としてダンジョンに来ていたけれど、その殆どが捨てごまとして扱われて、無残に死んでいったよ……」
「カイト様に見つけてもらってなかったら、僕もそうなったかもしれません。カイト様には感謝しています」
やはり、今までも転移者が居たようだ。
「転移や転生の事は、この屋敷に居る人達には伏せているから、二人にも黙っていて欲しい」
「畏まりました、カイト様」
「了解。だけど、いつかはわかる事だと思うよ」
「その時はその時で考えるさ」
「あはははは、僕は何時でもカイト君の力になるからね」
昨夜はララさんにキョウヤの部屋を手配してもらい、俺は今、朝の日課を終わらせた。
そして、食堂に行くと全員が揃っていて、朝食の準備も出来ていた。
朝食のメニューはパンとサラダと薄く切ったローストビーフだ。
俺とサトミとキョウヤはコーヒーで、アマンダさん、ミウラさん、マツリは紅茶を頼んだ。
「ダンジョンも最下層までクリアしたし、明日か明後日には出発しようと思うが、どうだろう?」
「ええ!?もう最下層をクリアしたんですか?まだ1週間足らずですよ!?」
「ミウラさん、冒険者ギルドで聞いて見れば良い。バーグマンが報告しているはずだ」
「この後に行ってみます!」
「アマンダさんも出発まではゆっくりとしたらどうだ?」
「そうですね、では私もこの後に農村と漁村に行って、お休みを伝えて来ます」
俺はゴロゴロするのも良いが、どうしようかな……
「カイト様、ダンジョンに行かないのならこの街を見てみたいですわ」
「そうだな、サトミとキョウヤも一緒に来るか?」
「うん、行くよ!私はカイトのテイムモンスターだからね」
「僕も同行させてもらうよ」
「それならアマンダさんが戻ったら皆で行くとしよう。メロディーちゃんとマークも来ると良い」
「それでしたら馬車での給仕は二人に任せて、私とララは留守番をしましょう」
たまには夫婦水入らずだよな。
アマンダさんが農村と漁村に行っている間に、俺達はリビングで雑談を、そしてフェルナンさん、ララさん、メロディーちゃん、マークは朝食だ。
マックニャンが玄関の車回しに馬車を回して、俺達は馬車に乗り込んだ。
メロディーちゃんとマークはカウンターの後ろで給仕の準備、俺とサトミ、マツリ、アマンダさん、ミウラさん、キョウヤはソファーに座った。
レクス、グラン、エルは、馬車の屋根の上に、マックニャンは御者席に座っている。
「この馬車は凄いね、キッチンとトイレまで付いているのかい?」
ネット小説好きのキョウヤなら、驚きもこんなものだろう。
小説の中には、もっと凄い馬車もあるからな。
新月の館の門を出て、人の居ない場所に馬車を出す。
人の歩く速さで馬車を進めて暫くすると、冒険者ギルドの前に着いた。
「バーグマンが最下層を攻略したぞ!!」
「スケルトンだ!今からダンジョンに行って骨を集めるぞ!!」
ギルドの扉を開けると、てんやわんやの大騒ぎだ。
「カイトさん、ギルドの中にスケルトンが……」
ミウラさんが指差す方に、テンガロンハットを被ったスケルトンや首にリボンを付けたスケルトン、バーグマンとキャットのモヒカンスケルトンが立っている。
俺はアイテムボックスから頭蓋骨を出して軽く投げた。
「スケルトン」
カタカタカタカタ
頭蓋骨の下からパーツが現れ、スケルトンが組み上がった。
「カイトさん、これは……」
「スケルトンがドロップした骨を集めると、こうなったんだ」
俺はキョウヤを見ながらミウラさんに説明した。
キョウヤは楽しそうにニヤニヤと笑っている。
俺は受付カウンターに行き、宝箱以外のドロップ品とギルドカードを出した。
「おはようございます。買取をお願いします。代金はカードに振り込んで下さい」
「はい、畏まりました。ええと、Bランク冒険者のカイトさん……カイトさん!!」
受付嬢が何か驚いているようだ。
「カイトさん、少しお待ち下さい」
受付嬢はそう言って奥に引っ込み、直ぐに戻ってきた。
「カイトさん、ギルドマスターがお呼びです。此方に来てもらえますか?皆さんも御一緒にどうぞ」
ギルドマスターの部屋に入ると、豪華なソファーセットがあり、その向こうの、大きな机に積み上げた書類の陰から声が聞こえて来た。
「そこに座って待ってておくれ」
俺達はソファーに座り、受付嬢が出してくれたお茶を飲みながら静かに待った。
暫くすると、書類の束が一束減って、ギルドマスターの顔が見えるようになった。
此方を値踏みするように見ているギルドマスターは白髪の小さい老婆だ。
だがその目には力があり、纏っている雰囲気も只者では無い事を物語っていた。
「それで、誰がカイトだい?」
「俺がカイトです」
「そうかい、こんな子供がねえ……ドリアードにヴァンパイア、そして人形達……とんだ規格外も居たもんだ」
「俺に何か御用でも?」
「はっ!お前は自分が何をしたか、わかっていないのかい!?」
俺がしたこと……俺は何かやらかしたのか?
「なんだいその顔は、本当にわかっていないようだね」
「はい、済みません。俺には全く覚えが無いのですが、もし俺に非があるのなら謝罪します」
「ガッハッハッハッハ、確か、あんたはミウラだったね。この坊主は何時もこんなのかい?」
「はいギルドマスター。カイトさんは自分の事には無頓着なんです。私達はそれでどれだけ苦労をした事か……」
ミウラさん?それって俺のことをディスってる?
ギルドマスターも憐れむような目で見ないで!!
いったい俺は何をやらかした!?
「はぁ、まあ安心しな坊主。お前さんを責めている訳じゃないんだよ。寧ろ、その逆でお前さんに褒賞金をくれてやろうって話さ」
「俺に褒賞金?」
「ああ、バーグマンの小僧から話は全部聞いたよ。お前さんが居なかったら最下層どころか、雪山さえも攻略出来なかった事、それと、そこに居るスケルトンはお前さんが発見者だという事」
ギルドマスターは俺の後ろで、おとなしく立っているスケルトンを見ながら言った。
「それだけの事で?それに、その事なら全てバーグマンに一任したのですけど……」
「はん!お前さんにとってはそれだけの事でも、この街にとっては大事件なのさ。バーグマンの小僧は馬鹿正直なやつでね、手柄を全て自分の物にするのが心苦しかったんだろうさ。あいつはこうも言っていたな……カイトは面倒くさい事は嫌いだろうから、手間と時間が掛かる報告は俺がやるってね」
「そうか、バーグマンが……」
「兎に角、今回は良くやってくれた。特にスケルトンはこの街の名物になるだろうさ」
褒賞金もギルドカードに振り込んでもらう事にして、俺達は冒険者ギルドを後にした。
馬車はギルドの駐車場に停めたまま、今度は商店が立ち並ぶ通りに向って歩いている。
「マツリ様、あの女の人……」
「そうですわね……」
後ろでマークとマツリが何か話している。
振り返ってみると、今しがたすれ違った女性が前のめりに倒れている所だった。
俺が声を掛けるよりも早く、マツリが女性を抱きかかえた。
読んで頂きありがとうございました!