第60話 カイト、ダンジョンに行く〜5日目①
「当店で扱っている奴隷はこれで最後になります」
ディオンが連れてきた最後の3人は、部屋に入って来る前から顔を伏せている。
「この3人は些か問題がありまして、ずっと売れずに残っているのです。お前達、顔を上げて見てもらいなさい」
最初に入ってきた女性は若い魔族で、俺を仇のように睨みつけてきた。
目力で人が殺せるとしたら、この目以外には無いだろうと思わせる程だ。
「ふんっ!あたしはあんたなんか御免だね!」
「なるほど、魔族は出不精だから出たく無いんだろう?」
「…………」
図星のようだ。
「俺は全員に質問をしている。お前にも答えてもらうぞ。良いか?9が7個で幾つになる?」
「…………」
少し考えて、諦めたようだ。無言で睨みつけてきた。
「お前はもう良い。次だ」
2番目の男は大柄で顔には大きな傷跡が斜めに、小さな傷跡が無数に付いている。
そして、左手を失っているようだ。
「お前にも質問だ。7が8個で幾つになる?」
「わからない……」
「そうか、お前も、もう良いぞ。最後はお前だな……顔を上げろ」
最後の男は若く、華奢な身体つきで、目は茶色、栗毛が肩まで伸びていて、ウェーブが掛かっている。天然パーマのようだ。
俺の言葉に反応は無く、俯いたままだ。
「カイト様、この子は言葉が通じないのです。おい、お前」
ディオンが男の肩を叩き、声を掛けると、自分の番だとわかったのだろう。顔を上げて、虚ろな目線を俺に向けてきた。
そして、虚ろだった目が次第に大きく見開かれて、俺を凝視している。
「please……please……」
プリーズ……英語か?
「what your name?」
若い男、と言うよりは、少年と言った方が良いだろう。
俺はその少年に名前を聞いてみた。
俺の言葉を聞いた途端、瞳に光が戻って来たようだ。
「ボク、マーク。マーク・シートン」
「そうか、マークか。必要無いだろうが、俺は全員に質問をしている。お前にも答えてもらおう。良いか12が8個で幾つになる?」
「96デス」
「正解だ。そして合格だ」
ディオンは俺が普通にマークと話しているのを見て驚きが隠せないようだ。
「カイト様、その言葉はいったい何処の言葉でしょうか?」
「此処とは違う、遠い大陸の言葉だ。この国の人間には縁の無い国だ」
「そうでしたか。それで、この子は如何でしたか?」
「12が8個で幾つになるかと、質問したが、即答で正解を答えたぞ」
「それでは、この子を買い取って頂けるのですかな?」
「ああ、そうだ」
「有り難う御座います、カイト様。良かったなマーク、カイト様に出会えた事を神に感謝して誠心誠意御使いするんだよ」
俺は今のディオンの言葉をマークに通訳した。
「Yes……Yes……Thank you……Thank you Mr.Dion」
マークは泣きながらディオンに御礼を言って、膝を付き両手を組み合わせた。
ディオンはマークの肩に手を置き、何度も頷きながら瞳を潤ませていた。
この男は、俺が思っていたような男では無かったようだ。
そう言えば、他の奴隷たちも、割と身奇麗にして、顔色も悪く無かった事を思い出した。
ディオンに対する認識を改めるべきだな。
「それで、ディオンさん、マークの値段は?」
「この子は言葉が通じないので、金貨250枚の値段を付けています」
俺は金貨250枚をアイテムボックスから出して、テーブルの上に置いた。
ディオンさんは隷属魔法で、マークの首の後ろに奴隷紋を刻み、俺は証文を受け取った。
隷属魔法はサービスだそうだ。
そして、奴隷契約を解除するのは、何処の奴隷商でも出来るそうだ。
俺は、サトミとマツリ、レクス、グラン、エル。そして、マークを連れて屋台に向かっている。
マークはこの世界に来た時に着ていた、チェックのシャツにジーンズという服装だ。
綺麗に洗濯がされていて、シャツの破れた箇所は、きちんと繕っていた。
ジーンズの膝の破れまで、ご丁寧に繕っているのを見たサトミは大笑いをしていた。
マークは13歳で、豪雨の中を走って家に帰る途中に、いきなりこの世界に来てしまったそうだ。
そして、言葉もわからず、戦う力もなく、途方に暮れていた時に、ガラの悪い連中に捕まった。
その後、両手両足を縛られたまま、奴隷商のオークションに連れて行かれたマークは、そこでディオンさんに買い取られたそうだ。
「ボクは、戦えないし、言葉もわからないけれど、見ただけで人の本質がわかります。だから、カイトさんを初めて見たときに転生者だと、ボクの事を知っていて助けに来てくれた人だと、わかりました」
「異世界転移によって得た能力だと思いますわ」
「ああ、その可能性はあるかもな…って、何でマツリにマークの言葉がわかるんだ!?」
「これですわ」
マツリは、俺に左耳のピアスを見せた。
「私の居た世界は多種族で交流をしていますから、言語理解の魔法が付与されたアクセサリーは必需品で子供でも持っていますわ」
「凄いな、お前の世界……」
「マツリちゃんの世界って進んでいるんだね!行ってみたいねカイト」
「ああ、興味あるな」
マツリは凄く得意げに胸を張り、満面の笑顔で、大きな胸をたゆん、たゆんしている。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。他種族で争う事なんて数百年前に既に終わっていますわ」
マツリはどんどん得意げになり、腰に手をやり、のけぞり始めた。
「マツリさんって凄いんですね。ボク、尊敬します」
「フフン、もっと誉めても良いのですよ」
マツリはのけぞり過ぎて背骨が心配だ。
「そうだわ、マークにこれを差し上げますわ」
マツリは、胸の谷間に手を入れて首飾りを取り出した。
黒くて丸い石が嵌っている。
「予備のアクセサリーですわ」
「このような貴重な物を頂いて良いのですか?」
「量産品の余り物ですわ」
「それでしたら、使わせてもらいます。マツリさんありがとうございます」
マークは早速首飾りを付けて俺達に話し始めた。
「僕の両親は随分前に、交通事故で亡くなりました。そして僕は、親戚の家を転々として、何時も叔父や叔母や従兄弟の顔色を伺う毎日でした。死にたいと、死んで両親の所に行きたいと考えた事も、何度もありました。そして、この世界に飛ばされて、このモンスターが居る世界なら簡単に死ねると思ったんです。でも恐かった、恐くて僕はモンスターから逃げていたんです。それからボロボロになった僕は奴隷として売られる事になり、今日、カイトさんに買って頂きました。今の僕は、カイトさんの奴隷です。奴隷と言う立場ですけど、久しぶりに自分の居場所が出来た気がします。こんな僕ですが、カイトさんのお役に立てるように精一杯努力しますので、宜しくお願いします」
言語理解のアクセサリーは、問題なく機能しているようだ。
「辛い目にあってきたんだな。それで見る能力なのか……マーク、先ずは俺の為に努力するのでは無く、自分を高める努力をするんだ。見る能力を高めるのも良し、魔法の練習をするのも良い。此処がお前の居場所と言うのなら強くなれ。それが俺の助けにもなる。良いな」
「はい!!カイトさん」
屋台に到着し、昼食に焼き魚、フライドポテトを食べて、デザートにロールケーキも食べた。
マツリとマークは大喜びだ。
「美味しかったですわ」
「はい、とても美味しかったです」
アマンダさんとミウラさんに、マークを紹介した。
勿論、異世界転移の事は省いてだ。
「俺の居た島から、そう離れていない大陸の出身者だ」
「それは心細かったでしょう。商業ギルド職員のアマンダです」
「冒険者ギルド職員のミウラです。よろしくね」
「マークです。此方の事には疎いのでご迷惑をお掛けするかも知れませんが、よろしくお願いします」
「カイトさんで慣れていますから大丈夫ですよ」
「ちょっ!アマンダさん!?」
翌朝、マークの指導をフェルナンさんに頼んだ俺は、サトミ、マツリ、レクス、グラン、エルとダンジョンの30階層に来た。
アマンダさん、ミウラさん、マックニャンは商業ギルド経由で屋台の仕事だ。
「バーグマンさん、おはようございます」
「おう、カイト。付き合わせて悪いな」
バーグマンさんを筆頭に“暁”のクランメンバーの精鋭5人が装備の確認をしながら俺達を待っていた。
男が4人で女が1人だ。そして、全員がモヒカン、世紀末をしている。
「カイト達の準備が出来たら出発しよう」
「俺達なら何時でも良いぞ」
俺達と”暁“は深い峡谷のロープを渡り、スケルトンやゾンビ等のモンスターを倒しながら、巨大迷路をクリアした。
「今回もお宝をゲット出来たな」
「おっ宝♪おっ宝♪」
「マツリ、欲しいのなら、それはお前にやるぞ」
「良いのですか、カイト様?」
「ああ、良いぞ」
マツリは、手に持っていた大きな宝箱を胸の谷間に押し込んだ。
「ななな、何だあれは!?どうなっているんだ!?」
「おい、見ろ。テイムモンスターの証を付けているだろ?」
「そうか……モンスターなら……」
”暁“のメンバーが変な納得の仕方をしているが、驚いたのは俺も同じだ。
まあ、マツリの世界なら収納アイテムくらいあるだろう。
エンカウントするモンスターを、ほぼサトミとマツリが倒しながら進むと、岩壁が見えてきた。
「バーグマンさん、先に登ってくれ」
「わかった。スケルトンバードを頼む」
バーグマンさん達が登り切るまで、俺はホーリーショットで、サトミは葉っぱと蔓で、マツリは炎の槍のファイアーボールでスケルトンバードを倒していった。
コンセはドロップ品の骨を収納している。また、骨が貯まっていく……
「俺達の番だ。行くぞ、サトミ、マツリ」
俺達は岩盤を登りながらスケルトンバードを倒している。
下ではレクスがサンダーバードでグランとエルは闘気を飛ばして、援護をしてくれている。
俺達が登り切るとレクス、グラン、エルは、岩盤を駆け上ってきた。
「お前達、メチャクチャだな」
バーグマンさんの言葉に他のメンバーは、うん、うんと頷いていた。
「こんなに早く、ここ迄辿り着いたのは初めてだ。さて、ここからだ、俺達はこの雪山を降りる事が出来ないんだ」
「どうやって降りていたんだ?」
「歩いてだが?」
「そうか、バーグマンさん、この階層にはルールがあるんだ」
「どういう事だ?」
「峡谷はロープを使う。迷路をクリアする。岩壁を登る。どれも空を飛んで行けばなんてことは無いが、飛んで行くと最初に戻されるんだ。そして、この雪山にもルールがあるんだ」
読んで頂きありがとうございました。
マーク・シートン(自然災害的に流されて来た、13歳の少年。このような現象は稀にあるようだ)