第51話 カイト、ダンジョンに行く〜2日目②
20階層のボス部屋の扉を開けると、そこには巨大な体躯で、分厚い筋肉の全身を赤く上気させた、人型の何かが居た。そいつは、スキンヘッドで眉無しだ。
上気した赤い頬を膨らませて、パンツ一丁で丸太のような両腕の筋肉を盛り上げて、分厚い胸板をピクピクさせている。
「サトミ、なんだ、あのモンスターは?」
「パワータイプみたいだね。トロルかな?」
「トロルか!初めて見るモンスターだ!!」
「何だか部屋の中がムシムシするね」
「ああ、トロルが上気しているから、気温が1〜2度上がっているかもな。行くぞ、サトミ!」
俺は新月の刀を抜いて、サトミは葉っぱを宙に浮かせる。
「ちょっと待て、貴様ら!!」
「―――――――トロルが喋ったぞ!?」
「誰がトロルか!!さっきから黙って聞いていれば、モンスターだの、トロルだのと、好き勝手な事を抜かしやがって!親を連れて来い、コラッ!!」
「サトミ、トロルじゃ無いみたいだぞ?それに流暢に喋っているから何かの妖精か?」
「えーっ、筋肉の妖精なんて聞いたことないよ」
もしかして、デビルモンスターなのか?
「ブッ、ブブ――――ッワッハッハッハ、アーッハッハッハッハ、イッヒッヒッヒッヒ、く、苦しい……ッヒッヒッヒッヒ」
「何を笑っているか、パトリック!!笑うんじゃないわ!!」
奥から笑いながら誰かが出てきた。
「し、失礼ッヒヒヒ、し、しましたッハッハッハッハ」
「まだ笑うか!!」
「――――――ふぅ………も、もう大丈夫です」
パトリックと呼ばれた人は、エルフのようだ。
と言う事は…………
「もしかして、人間……ですか?」
「やっと、わかったか。全く、失礼なガキ共が!」
「す、すみませんでした!!」
これは、俺達に非がある。
「俺はBランク冒険者のカイトです。とんだ、勘違いをしてしまい申し訳ありませんでした」
「分かったのならば、もう良い。私の名はアンドレだ」
「私はパトリックです。アンドレ様の格好だと、間違えても仕方が無いと思いますよ」
アンドレ?何処かで聞いたような名だな……
「それで、その隣の女性も冒険者なのか?」
「いいえ、彼女は、俺のテイムモンスターで、ドリアードのサトミです。そして、そこに居るのが俺の人形達です」
「ドールマスターなのか?ふむ、それとカイトとか言ったな。ふむふむ」
「あの、何か?」
「お前がジュールの手紙に書いてあったカイトで間違い無さそうだ」
思い出した!ドラクロワ侯爵だ!
「実はな、お前と少しだけでもダンジョンに入ってみたくてな、こうしてモンスターを倒しながら待っていたと言う訳だワッハッハッハ」
「侯爵様が何をしているんですか!?護衛の騎士は居ないのですか!?」
「護衛に騎士なぞいらんわ!此処に居るパトリックだけで十分だ。それに、私も強いぞ」
「見れば分かりますよ。それより、俺達と一緒に行くんですか?」
「そんな嫌な顔をするな。私も仕事があるのでな、少しだけだ。」
断れないんだろうな…………はぁ……
「それならせめて、服は着て下さい」
「プッ、クックックックック」
「パトリック!笑うでないわ!!」
パトリックさんは笑い上戸なのか?
21階層に降りると、そこは砂漠の階層だった。
見える範囲には砂しか無い。
「カイト、水や食料の準備はしっかり出来ているか?」
「はいアンドレ様。水や食料の問題は無いですが、この砂漠を抜けるのには、どれ位の時間が掛かるのですか?」
「次の階層に降りる部屋まで真っ直ぐに行って、早くて二日だな」
「と言う事は、この砂漠で野営ですか?」
俺は何処で野営しても、構わないが、アンドレ様はこんな所で時間を潰しても良いのだろうか?
そこの所をアンドレ様に聞いてみた。
「できれば時間は有効に使いたいからな。サンドワームやらのモンスターが出る事もあるし、この砂漠は走って突き抜けるぞ。お前たちは大丈夫か?」
「俺達は大丈夫ですよ」
「そうか、では行くぞ」
アンドレ様を先頭に俺、サトミ、パトリックさんの順で走り始めた。
レクス、グラン、エルは俺の横を余裕で走っている。
普段走り回って遊んでいるだけはあると言いたいが、遅い……アンドレ様が遅過ぎる……
「どうだ、付いて来られるか?」
「アンドレ様、ずっとこのペースで走るのですか?」
「どうした、早すぎるか?だがな、このペースで走っても今日中に着くかどうか、と言う所だ。休憩もしなくてはならんのでな」
「いいえ、早いのではなくて遅過ぎるとカイト殿は言いたいのでしょう」
「はい、その通りです。もっと楽に早く行きましょう」
俺は新月の首飾りに魔力を流してダイフクを呼んだ。
俺達の目の前に、ホワイトパイソンのダイフクが現れた。
アンドレ様とパトリックさんは尻もちをついて驚いている。
「ダイフク、俺達を載せてくれないか?」
(良いよ、カイト。何、此処は?全部砂だよ!面白そう!!早く乗って乗って、早く走りたい!)
どうやらダイフクは砂漠が気に入ったみたいだな。
「アンドレ様、パトリックさん、乗って下さい」
先に俺とサトミがダイフクの頭の上に乗り、アンドレ様とパトリックさんが乗るのに手を貸した。
「ダイフク、このまま真っ直ぐに進んでくれ」
(うん、わかった!行くよ!!)
先程とは打って変わって、猛スピードで進んでいく。
ダイフクは気持ち良さそうだ。
「おお、おお、早い、早いぞ!!」
「全くと言っていい程揺れないのですね。このペースだとあっという間に着きそうです」
アンドレ様とパトリックさんは初めての体験ではしゃいでいる。
「ダイフクも広々とした砂漠を走れて嬉しそうですよ」
「カイト殿、そろそろサンドワームの出て来る領域に入ります」
「分かりました……キナコ来てくれ」
俺は新月の首飾りでキナコを呼んだ。
「ポーポポー」
「キナコ、モンスターが出てきたら頼むぞ!」
「ポポー」
と、言っているそばから、サンドワームが砂の中から出て来た。
――――――ズドドドドド
「おいおい……あれがラージピジョンか?」
初めて見たサンドワームはキナコの5枚の風の刃で見事に切り刻まれた。
「キナコは頑張って鍛えていましたから、それででしょう」
「その通りだ。鍛えれば鍛える程強くなる!鍛えれば身体はそれに応えてくれるものだ!鍛えれば身心共に美しい!!見所の有るラージピジョンだ!」
うわぁ……アンドレ様、色々なポージングをしながら、熱く語っているよ……
その後もキナコの風の刃でサンドワームやツインテールスコーピオンを倒し、コンセがドロップ品を回収した。
因みにサンドワームのドロップ品は肉と牙で、ツインテールスコーピオンのドロップ品は甲殻、ハサミ、しっぽの先、肉と、様々で、特にハサミの肉が美味いらしい。
サンドワームの肉は珍味で、食感はミノに似ているとグランが言っていた。
「サトミ、大きいフンコロガシが居るぞ」
「うわぁ……嫌だぁ」
「あれに攻撃してはいかんぞ。あれは………」
――――――ズドド……
「ポポー!?」
時既に遅し、キナコは風の刃を放った後だ。
しかし、アンドレ様の言葉で途中で止めたようだ。
風の刃は、フンコロガシを掠めたが、直撃はしていない。
「いかん、逃げるぞカイト!!」
「えっ!?ダイフク、スピードアップだ!」
アンドレ様の慌てようは尋常では無いが、たかがフンコロガシだろ?
「不思議そうな顔をしておるが、あれはな、怒らすと糞を投げつけて来るんだ。――――――そら、来たぞ、避けろ!!」
後ろを振り向くと、大きく丸い糞の塊が真っ直ぐ此方に飛んで来ていた。
しかも、かなりのスピードで飛んで来ている。
「無理だ、ダイフクが避けきれない。シールド!!」
俺はシールドを張ってダイフクを糞から守った。
(ありがとう、カイト)
「お前に糞が付くと、俺も嫌だからな。気にするな」
しかし、フンコロガシは、また糞を投げつけて来た。
しかも、今度は2個連続でスピードも更にアップしている。
だが、此方にはまだシールドが展開されたままで、ダイフクもトップスピードで逃げている。
「何故、追ってこれるんだ?フンコロガシってこんなに足が早いのか?しかも糞を転がしながらだぞ!?」
「もう、嫌だぁ……シールドから、なんか臭ってくるよぉ」
振り切れない……どうする?
「そうだっ!おいっ、フンコロガシ、お前を攻撃したのは俺達では無いぞ」
俺はキナコに向かってビシッと指を指した。
「ポポッ?」
「フンコロガシ、お前を攻撃したのは、あのラージピジョンだ!!」
「――――――ッポポポー!?」
フンコロガシは、空を飛んでいるキナコをチラッと見たような気がした。
そして、どうやら標的をキナコに変えたようだ。
「ポポポー!ポポポー!!」
「カイト、酷い……キナコが可哀想」
「ああ、鬼だなこいつは。自分のテイムモンスターを囮にするのか?」
酷い言われようだ……だが、俺には考えがあるんだ。
「キナコ、よく聞け!お前は後ろからの攻撃に弱い。良い機会だ、此処でその弱点を克服してみろ!!幸い糞が当たっても怪我はしない!臭いだけだ。弱点を克服して来いっ。帰ってきたら綺麗にしてやる。――――お前なら、出来る筈だ……」
「ポポッ!?――――――ポォォォォォ!ポポォォォォォ!!」
キナコの目が燃えている。凄く、ヤル気に満ちた表情をしている。
キナコはフンコロガシに当たらないように風の刃を放ち、直ぐに反転して俺達から離れて行った。
フンコロガシは、キナコに糞を投げつけながら、追い掛けて行った。
「あっ、当たった……」
サトミが俺の事をジト目で見ている。
「なるほど!弱点を克服させるための特訓だな。確かに怪我の心配は無いが、精神的に追い詰められるぞ。否、そうか、精神的に追い詰められてからが本当の特訓になるのか。あのラージピジョンは一皮も二皮も剥けて帰って来るぞ」
更にサトミのジト目が鋭くなり、俺に突き刺さる。
――――――――キナコ頑張れ。
読んで頂きありがとうございました!
アンドレ・ドラクロワ侯爵(バローの街の領主)
パトリック(ドラクロワ侯爵の護衛、付き人)