第42話 カイトスタンピードを止めに行く③
朝一番で商業ギルドに野菜と魚を卸して、俺と、ミウラさんと、サトミ、そして、レクス、グラン、エル、マックは冒険者ギルドに来ている。
アマンダさんは視察の為に商業ギルドに残っていて、後で合流する予定だ。
ギルドの中に居る冒険者たちは、此方を見て囁いているが、全部聞こえている。
「おい、あれは昨日の新月仮面じゃないか?」
「しっ!良いからそっとしておけ。名前と顔を伏せていたんだ。何かしらの事情が有るんだろうよ」
「そうだな、昨日は本当に助かったからな。本人の望むようにするのが良いな」
ゴメンナサイ、只のレクス達の遊びです。
「おうおう!こんな坊やが此処に何の用だ?」
分かってても、お約束をして来るんだ………
「Bランク冒険者のカイトです。モンスターの買い取りをお願いしに来ました」
「そうか、若いのにBランクとは大したもんだ。おい!カウンターを空けてやれ」
カウンターに並んでいた冒険者達は俺に順番を譲ってくれた。
この世界の冒険者は、皆んな優しいな。
ギルドに買い取って貰うモンスターは20匹にしておいた。
アイテムボックスには5000匹を超えるモンスターが入っているのだが、流石にそれだけのモンスターは、買い取れないだろう。
買い取り代金はいつもの様に口座に入れて貰う事にした。
「カイト、クエストボードを見に行こうぜ」
エルの提案で俺達は、この街の依頼はどんな物が有るか、クエストボードを見に行った。
「薬草採取。庭の植木の刈り込み、経験者を求む。商業の街ルトベルクまでの護衛。王都までの護衛。外壁の点検。馬での周辺の見回り…………今回はパスだな」
「それならカイトさん、アマンダさんが来るまで、此処で朝食にしませんか?」
「そうだな、ミウラさん。サトミも食べるだろ?」
「うん、食べる!食べる!」
「カイトくん、私達はポケット収納に入っているの!」
「ああ、レクス、珍しいな。マックニャン、馬車も一緒に頼む」
レクス、グラン、エル、マックは馬車に乗ってポケット収納に入って行った。
食堂には、朝食セットなる物が有ったので、3人分を注文して待つ。
程無くして、店員が持ってきてくれた、パン、サラダ、スープ、目玉焼き、そして紅茶のセットは普通に美味かった。
「新月仮面は此処に居るか?」
ギルドのドアが乱暴に開けられ、開口一番、大きな声で新月仮面を呼ぶ声が聞こえた。
「此処の領主で、ジュール・ルブラン辺境伯だ。いい領主なんだが、少々面倒くさいお方だ」
隣のテーブルで朝食セットを食べている冒険者が、教えてくれた。
その領主様は、30歳前後の、金髪を七三分けにした青い目の男で、太ってもなく、痩せてもいない。
その均整の取れた精力的な身体はスポーツマンの様で、身なりは、如何にも的な貴族服を着ておりながら、過度な装飾はしていない。清潔感が有り、好感の持てるタイプだ。
ギルメットの領主様は近くの冒険者を捕まえて、新月仮面の事を聞いているが、冒険者は首を横に振っている。
「新月仮面はな、褒賞金の為に戦った訳では無いと言って、私からの褒賞金は受け取らなかったのだ。この街の者でも無いのに、この街の為に先頭に立ち、命を賭けて戦ったのにも関わらずだ。しかも、しかもだぞ、名前と顔を伏せていると言うではないか!!どうだ、カッコイイではないか!!お前達もそう思うだろう?そのカッコイイ新月仮面の戦いぶりを1番隊の隊長から聞いたときは、何故、私はその時に現場に居なかったのだと、酷く後悔したものだ。私も、新月仮面の戦いをこの目で見たかった………私は……私は、新月仮面に心を奪われてしまったのだ!」
うわー、これは面倒くさい事になりそうだ……
「私は、新月仮面に会いたい。会ってこの感動を……胸の内を伝えたぁぁぁぁいっ!!!」
マジかよ……涙を流しながら絶叫しているぞ……
俺は隣の冒険者に首を横に振って見せた。
「領主様、新月仮面は此処にはいませんぜ」
「そうか……それは残念だ……他を当たってみよう」
領主様は肩を落としてギルドから出ていった。
「ありがとうございます、助かりました」
「いや、良いって事よ」
俺は隣の冒険者に礼を言って、胸を撫で下ろした。
「レクスちゃん達が此処に居なくて良かったね」
「尤もだ、アハハハ……いや、もしかしたら、こうなる事が分かってて、ポケット収納に入ったのかもな」
「お待たせしました、カイトさん」
商業ギルドの仕事が終わったようで、アマンダさんが食堂にやって来た。
「アマンダさん、朝食はどうする?」
「商業ギルドで済ませて来ました」
俺達は冒険者ギルドを出て、適当に街の中を見て回った。
既に開店している店も有れば開店準備をしている店も有る。
辺境の街だからといっても、町並みは他の街とそう変わらないんだな。
『いやぁぁぁ!助けてぇぇぇ―――』
「助けを呼ぶ声だ!」
俺は新月の仮面を付けた。
アマンダさんも仮面を付けて、それを見たミウラさんとサトミも、それぞれ仮面を付けた。
アマンダさんは赤い仮面、ミウラさんは白い仮面、サトミは緑の仮面だ。
「コンセ、マップを展開してくれ」
(はい、マスター。今回は森とは反対側の山道のようです)
「わかった。コンセ、10m手前に転移だ」
(イエス、マスター)
俺達は人が2人並んで歩くのがやっとな細い山道に転移してきた。
街の方を見ると木々の間から街の景色が一望できる。
俺はマップで、場所を確認して、慎重に歩を進めた。
「嫌ッ!来ないで!」
「ムフフ、私達の下僕として働けるのだ。こんな光栄な事は無いぞムハハハハ」
「嫌だ、気持ち悪い!」
「良いから、降りてこい!!」
何をやっているんだ……あいつ等
「カイトさん、彼らはあの………」
「ああ、ポンコツカルテットだ」
チェロとバイスとオリンズは腰蓑一枚しか付けておらず、手には槍を持っていて、ビオラは腰蓑と胸蓑?の2枚しか付けていない。
ビオラは手に“ポンコツカルテット”と書かれた幟旗を持って、額に手を当てて嘆息しているように見える。
「おい、お前等、変な格好で少女を襲う変態行為をして何をしようとしているんだ?」
「誰だ!?……そのコートと黒髪は、人形使いか!?何だ、その変な仮面は?どう見ても怪しい奴にしか見えんぞ」
「お前等に言われたくないわ!」
「ゲッ、また変なのが来たよぉ、誰か助けてぇぇぇ!」
「ほら、聞いたか?この少女もお前が変態だと言っているではないか」
「うっ……」
俺はショックで膝をついてしまった。
「新月仮面、しっかりして下さい!」
「私達は、こんな所で倒れる訳にはいかないのです。新月仮面!!」
「立って、新月仮面!貴方なら出来るわ」
アマンダさん、ミウラさん、それにサトミまで……楽しいか?これが、そんなに楽しいのか?
「レッド、ホワイト、グリーン……うおぉぉぉ!そうだ、俺はまだやれる」
流れ的に仕方ないので、3人に合わせて、俺は力を込めて立ち上がった。
「な、何だと!?今のを喰らって立ち上がれるのか?」
「腰蓑変態に何を言われようとも、俺は何度でも立ち上がって見せるっ!」
木の上の少女は呆れ果てた顔で見ている。もう怯えた表情は見せていない。
「行くぞ、ポンコツカルテット!!」
「ムハハハハ、待つが良い、新月仮面。今日のところは此方が引いてやろう。次に会うのを楽しみにしておるぞムハハハハ」
ポンコツカルテットは全力で走って逃げた。
いったい何だったんだ?はぁ…疲れた……
「あの……新月仮面ってスタンピードを止めた?」
メイド服を着た12歳くらいの碧眼の少女で、ショートカットの青い髪を白い髪留めで留めている。
新月仮面を知っているようだ。
「ああ、そうだ。大丈夫だったか?今の連中に何かされなかったか?」
「はい、すぐに木の上に逃げたので大丈夫でした」
「それなら良かった。街まで送ろう」
街まで直ぐに着くとはいえ、こんな山道だ、何が有るかわからないからな。
「いえ、私はこの山に両親と暮らしているのです」
「何か事情があるようですね。良かったら私達に話して貰えますか?」
初対面の俺達に、話して良いものかどうか、少女は考えているようだ。
「こっちです。お茶くらいしかありませんけど、助けて頂いたお礼もしたいですので。話は父親から聞いて下さい」
山道をそれて、藪を掻き分けながら登っていくと、立ち木を利用して簡単に作られた小屋が有った。
「すみません、此処で少し待っていて貰えますか?」
少女はそう言って小屋の中に入って行った。
俺達は仮面を外して待っていると、レクスがポケット収納から出てきて、ピョンピョンと跳ねる虫を追いかけて遊び始めた。
しばらくすると、少女が笑顔で招き入れてくれたので、小屋の中に入ると、簡単なテーブルと椅子と寝台だけの室内に少女と、その両親が立っていた。
読んで頂きありがとうございました。
ジュール・ルブラン辺境伯(ギルメットの領主)