第39話 カイト、辺境の街ギルメットに行く④
森の中の街道を抜けて直ぐに、山越えの街道になった。
俺とアマンダさん、ミウラさん、サトミは紅茶を飲みながら窓の外の景色を堪能していた。
「カイトさん、ワラビちゃんは馬ですか?」
「何を言っているんだ、ミウラさん?どう見ても馬にしか見えないだろう?」
「そうなんですが……ワラビちゃんが、ブレスでモンスターを倒していたから、不思議に思って……」
「馬だからブレスくらい吐くだろう、何も不思議な事は無いぞ」
「そうよ、ミウラちゃん。カイトさんの馬だもの、不思議な事はないわ」
「アマンダさん!?」
まったく、アマンダさんは俺を何だと思っているんだ?
サトミは俺の隣でクスクス笑っている。
「それもそうですね。何も不思議は有りませんね」
ほら、そこの君、何で納得しているの?
「この山に入ってから、モンスターが出て来ないな」
「また森の中みたいに強力なモンスターが出たのかしら」
「ミウラちゃん、ワクワクした顔で言わないで」
「だってカイトさん達の戦いが見たいんですよ」
「さっきまでワラビとキナコが戦っていたじゃないか」
そう、さっきまで進行方向のモンスターはワラビがブレスで戦い、後方のモンスターはキナコが風の刃で戦っていた。
「あっ!カイト、立て看板があるよ」
割りと大きな古い看板が立っている。
[こ…先の…頂で山賊が………………]
「文字がかすれていて読めませんね。ミウラちゃんは読める?」
「私にも読めません。だけど、山賊の文字は読めるから注意が必要かもしれませんね」
ミウラさんはマジックボードを出して、何やら操作している。
「ギルメットでは山賊の討伐依頼は出ていませんね」
「看板も古いし、もう討伐された後かも知れないね。カイトはどう思う?」
「分からないな。何が有ってもその時は、その時だ」
もうすぐ山頂だという所で喧騒が聞こえてきた。
「何だか賑やかな声が聞こえるな」
「いい匂いもしてきました」
「アマンダさんって食いしん坊キャラ?」
「はぅ……サトミさん……」
山頂に辿り着くとそこには市が立っていた。
「うわっ、人がいっぱい!」
「こんな山頂に市が有るなんて、驚きです」
サトミは久しぶりの人混みに、アマンダさんは商業ギルドの職員として驚きを隠せないでいる様だ。
馬車を止める為の広いスペースにはすでに数台の馬車や荷車が駐車されている。
俺は馬車を降りて、そこを管理しているらしき人の所へ行った。
「こんにちは、旅の者ですが、こんな山頂でこんなに大きな市が立っているなんて珍しいですね」
「おう、よく来たな。確かに始めての奴は吃驚するだろうぜガッハッハッハ」
「俺達も覗いてみたいのですが、構いませんか?」
「おう、好きなだけ見て買っていってくれ。売れる物が有るなら空いてる所で売っても良いぞ。珍しい物なら大歓迎だ。あれが、お前の馬車か?付いて来い止める所に案内してやる」
ガラは悪いが人の良さそうなオッサンだな。
「マックニャン、付いて来てくれ」
オッサンはマックニャンが御者をしているのを見て驚いている。
「人形が御者をしているのか?屋根の上にもいるな。お前はドールマスターなのか?」
「ええ、そうですよ。ドールマスターで、Bランク冒険者のカイトです」
「ドールマスターでBランクか!その若さで大したもんだ。俺はこの市を仕切っている山賊の頭でジャンジャックだ」
「山賊?」
「そうだ、山賊だ。と言っても、随分と昔から馬車を襲うのを辞めて、この山で採れる野菜やモンスターの肉で生計を立てている。何でも、その方が儲かるし効率的だと、お前の様な黒い髪で黒い目の男に教えられたそうだ」
俺達は馬車を止めて厩舎にワラビとキナコを預けた。
1日銀貨2枚で馬の世話までしてくれるそうだ。
「夜通し、何かしらやっているからな、楽しんで来てくれ」
凄いな、夜通しとは、まるで祭りの様だ。
馬車の中で話を聞いていた、アマンダさん、ミウラさん、サトミは市の喧騒と規模に興奮してはしゃいでいる。
レクス、グラン、エル、マックも似たようなものだ。
「カイトさん、ここで魚を焼いて出してみたいのですが、良いですか?」
「ああ、良いぞ。屋台を使うなら出すぞ」
俺は空いている場所に屋台を出して、アマンダさんは、農村と漁村から樽に入った魚と木箱に入った野菜を持って4人の女性と出てきた。
「カイトさん達は市を楽しんで来て下さい。準備が出来たら私も直ぐに行きます」
「そうか?それならグラン、必要な物が有ったら出してやってくれないか」
「ワッハッハッハ、任せてくれ、カイト」
グランとアマンダさんを残して、俺達は市を見て回った。
「何だか懐かしいな……」
サトミがポツリと漏らした言葉に俺はサトミが見ている方を見た。
そこには、玩具の様な小さい弓矢で得点の書かれた木の板を狙っている、老若男女がいた。
別の場所では、同じく得点の書かれた木の棒に、リング状にくり抜いた木を投げている。
転生者が教えたんだろうな。
「やってみるか?」
「良いの?」
「ああ、ミウラさんもやってみるか?」
「はい!やってみたいです」
俺達は初めに弓矢の射的に行った。
「いらっしゃい、矢が1本で銅貨1枚だよ」
「取り敢えず20本お願いします」
俺は銀貨を2枚出して矢を20本受け取った。
「カイトさん、そんなに?」
「ああ、20本なんて直ぐに無くなるぞ」
あっと言う間に矢が無くなり、結果は銀貨1枚分の商品券だった。
「カイトさんの言う通りあっと言う間に矢が無くなりましたね」
「何だか久しぶりにエキサイトしたわ」
「私、弓には自信があったのですけど何故か当たらなくて少し熱くなってしまいました」
「こういった物は当たりにくくなっているんだ。次は輪投げに行ってみよう」
投げ輪が一個銅貨1枚なので、さっきの商品券に銀貨1枚を足して20個の投げ輪を受け取り3人で遊んでいると、屋台の準備が終わり女性陣に任せたアマンダさんがやって来た。
「面白そうですね!」
「アマンダさんもやってみるか?」
アマンダさんに投げ輪を渡した俺はグランに礼を言った。
「ありがとうグラン、屋台の方は村の女性陣だけで大丈夫そうか?」
「ワッハッハッハ、良いって事よ!屋台の方はマックが付いているぞ」
「マックが?」
「何でも、魚が焼ける匂いが堪らないそうだワッハッハッハ」
「そうか、猫だからな。貰えるといいな」
一頻り遊んで満足したのだろう、サトミ、ミウラさん、アマンダさんが俺とグランが話している所に駆けて来た。
「カイト、これを貰ったよ」
「おいおい、これは……ワッハッハッハ」
俺はサトミから鈍色の鞘に入ったナイフを受け取った。
「3人で何か食べる物を買ってきてくれないか?」
「分かりましたカイトさん。行こうか、サトミちゃん、ミウラちゃん」
3人は、走って屋台の有る方に行った。
「レクス、来てくれ!」
「グラン、もしかして……」
「ああ、これはわしが作ったナイフだ」
「カイトくん、これは新月のナイフなの!」
黒い持ち手を手に取って、鈍色の鞘から抜くと、銀色に輝く美しい曲線のブレードと背のギザギザが特徴的なサバイバルナイフだった。
「このナイフは自己修復、必中、帰還、炎属性、氷属性、使用者限定、が付与されているの!」
「また、てんこ盛りの付与だな」
「サバイバルが好きな男の子に作ってあげた最強ナイフなの!」
「その最強ナイフが、輪投げの景品になっていたぞ」
「ガビーンなの!この世界の人には鞘から抜くことが出来ないから仕方ないの!」
サトミ、アマンダさん、ミウラさんが戻って来たので、テーブルと椅子が設えてある飲食スペースに行き、遅めの昼食にした。
「美味しそうなお肉をサトミちゃんが見つけたので買って来ました」
「こ、これは……サトミ、でかしたぞ」
それは、鶏の骨付きもも肉を竹串に刺して焼き、タレを付けた“山賊焼き”だ。
「本物の山賊が作った山賊焼きだな」
「美味しいです!」
「本当だ、美味しいわ」
他には野菜とモンスターの肉の炒めもの、そして……
「これは、うどん?山賊うどん?」
肉うどんっぽいけど何か違う物をフォークで食べてみる。
「ズッ、ズズズー、美味い!うどんっぽい何かだけど美味い!」
「ズッ、ズズズー、うん、ポイ何かだけど美味いね」
「サトミちゃん、すすれるの?」
「はむっ、ず、ず……はぅ……すすれません!」
「アマンダさん、1本ずつ啜ってみろ」
もう苦笑いするしかないな。
楽しい昼食も終わり屋台の様子を見に行くことになった。
「いらっしゃい、まだまだ有るからね!順番に並んで待っておくれ」
昼もかなり過ぎた時間だというのに凄い行列が出来ている。
「凄い人気だな」
「カイトさん、この魚を焼く匂いは食欲をそそります」
「アマンダさん、今食べたばかりだろ?それよりも村から応援を呼んだほうが良くないか?」
「そうですね、ちょっと行ってきます」
そして、夜になり等間隔で篝火が焚かれ、夜祭り的な雰囲気を醸し出してきた。
屋台の方は交代制にして営業を続けている。既に売上は金貨にすると10枚は有るそうだ。
俺達は夜祭り的な雰囲気を楽しみながら露天や屋台を巡り、吟遊詩人の詩や大道芸人の芸を満喫した。
「そろそろ帰って休むか?」
「そうですね、流石にもう疲れました」
新月の館に戻り、お風呂に入ってリビングでアマンダさんが入れてくれたお茶を飲む。
「サトミちゃんに緑の仮面とポーチなの!」
「この仮面は何かしら?」
「ああ、それはレクス達の遊びに付き合うアイテムだ。その内に使う時が来るからポーチに入れて持っていると良いぞ」
「うん、わかった」
「アマンダさん、サトミを部屋に案内してやってくれないか?」
「はい、行きましょうサトミちゃん。好きな部屋を選んで良いですよ」
「日当たりの良い部屋が良いな」
翌朝、屋台に行って白米を炊いて、野菜たっぷりの味噌汁を作り、村の女性陣に焼いてもらった魚で、朝食を皆で食べた。
売上の半分の金貨10枚を女性陣に押し付けられて新月の屋台をアイテムボックスに仕舞った。
「ジャンジャックさん、おはようございます」
「ああ、お前らか、どうだ、楽しめたか?」
「はい、それはもう。楽しすぎて予定外の一泊でした」
「ガッハッハッハ、そうか、そうか、そりゃ良かった。何時でもやっているから、また来てくれや」
「ええ、必ずまた来ます」
馬車で山を降りた先には草原が広がっていて、道なりに進んで行くと高い石壁が見えて来た。
「カイトさん、あれが辺境の街ギルメットです」
読んで頂きありがとうございました。
ジャンジャック(山賊の頭、山賊市場の責任者)