第38話 カイト、辺境の街ギルメットに行く③
「あれは、ドリアード?」
腕をダラリと下げて俯き、長い髪が顔を隠すように下がっている。
俺はテレビ画面から這い出て来るS子さんを連想してしまい、回れ右をしそうな下半身を何とか抑え込み、アイテムボックスから出した新月の刀の柄に手を掛けて、様子を伺った。
ドリアードは相変わらず項垂れているが、先程よりも強い殺気を放っている。
どうやら此方に気が付いているようだ。
「レクス、ドリアードは木の妖精だよな?」
「そうなの、とても美しい妖精なの!でも、このドリアードは……」
「来るぞ!!散れ!!」
ゆっくりと蠢いていた無数の棘蔓がピタリと止まり、その後一斉に物凄い速さで真っ直ぐ俺達に襲い掛かって来た。
俺は新月の刀を抜いて、三方から来た棘蔓を切り落とす。
「えい!!」
「ハッ!フンッ!」
レクスは腕を振り、風の刃で、エルは闘気を纏った手刀で棘蔓を切り落としていた。
「ワッハッハッ」
グランのハンマーは、炎を纏い棘蔓を爆散させている。
「グラン、火事には気を付けろよ」
「ワッハッハッハこの炎は任意の物しか燃やさないから大丈夫だ」
「便利な炎だな…ハッ!」
「鍛冶神だからなっ、それっ!ワッハッハ」
(行くよー、なくなれー!シャー)
ダイフクは口から霧吹きの様に液体を飛ばし棘蔓を溶かしている。
「どうやらこの棘蔓は再生している様だぜ」
「そうなのかエル?さっきから切っても切っても無くならないと思った。切りがないから本体を叩くぞ」
俺がドリアードに向って走り出すと、一斉に棘蔓が襲って来たが、レクス達の援護と新月の刀で切り裂き、あと少しの所までドリアードに近づく事ができた。
ここに来て初めてドリアードは顔を上げて、紅い双眸を開き俺に向けて来た。
俺はドリアードの顔を見て足が止まった。
頭には羊の様な角が有り、紅い瞳をしており、閉じた口からは小さな牙が覗いている。
動きが止まった俺の両手、両足に棘蔓が巻き付き、宙に釣り上げられた。
抜け出そうともがくが、力が入らない。
「魔力を吸い取られている?エナジードレイン?」
俺は新月の刀を落とし、されるがままの状態になってしまった。
レクス、グラン、エル、ダイフクは、無数の棘蔓と瘴気で中々此方に来られないでいる様だ。
その時、空からの風の刃の攻撃が右腕の棘蔓を切断した。
見上げるとキナコが風の刃を放って、棘蔓に攻撃をしていた。
「キナコも……戦えるんだな……俺も…」
キナコが頑張って風の刃で棘蔓を切断しているが、棘蔓の数が多すぎて、俺の身体は頭だけを残して棘蔓に覆われてしまった。
俺をぐるぐる巻きにした棘蔓は、ドリアードの目の前に俺を運んだ。
「あなたは、人間?おかしい……此処は人間の存在しない世界のはず……あなた別の世界から来た?」
なんて、美しいんだ……それに……忘れられない……面影と……声……意識が……意識を、保つんだ。
「別の世界……から来た……のは、お前だ」
「私が?後ろのデビルトレントに取り込まれてからは……記憶が曖昧……記憶……ああ、懐かしい声……」
ドリアードは涙を流している。
グランが言っていたな……完全にデビル化していないと……
「毎日、毎日、毎日、モンスターのエナジーを吸い取るだけの私はなんの為に生きて?…………此処は人間が存在する世界?」
「そ……そうだ、この世界……には、沢山の……人間が居る……ぞ…………里…美…」
ドリアードは目を大きく見開いた。
「カイトくん!」
「カイト、今行くからな!!」
棘蔓が俺の身体から解けて行った。
支えを失った俺は、地面に足を付くと同時に、前に崩れ落ちた。
ドリアードが俺を受け止め、抱きしめながらエナジーを送り込んで来た。
意識がハッキリしてきたぞ。
「快斗?快斗なの?」
「身体は変わったが俺だよ里美……」
「本当に快斗なのね……バカ!なに死んでるの?私は快斗に幸せになって欲しかったのに!身体が変わって、此処に居るって事は死んで転生したんでしょ!?」
「ああ、ビショップ達を助ける時にしくじってな……でも、この世界で俺はとても幸せに生きているよ」
「そう、それなら良いんだけど……快斗、快斗!会いたかったよぉぉぉぉぉっ」
ドリアードは否、里美は大粒の涙を流しながら、俺に抱き付き泣いている。
「私はドリアードで人間では無いけど快斗と一緒に居て良いかな?快斗の幸せの邪魔はしないから。私は快斗の近くに居るだけで幸せだよ」
一頻り泣いて、にっこりと笑った里美は俺にエナジーを送りながら、そう言った。
「勿論だ里美。俺もお前が一緒なら、これ程幸せな事は無いぞ。だが、お前はデビルトレントに取り込まれているんじゃないのか?」
里美は、少し考える素振りを見せて言った。
「ちょっと待ってね!よいしょっと」
里美は棘蔓を引っ張ってスポン!っと、デビルトレントの中から転げ落ちた。
「痛たたた……えへへ、失敗しちゃった」
お尻を擦りながら立ち上がった里美は、羊の角と牙が無くなっていて、紫色だった肌は透き通る様な美肌になっていた。
髪は緑色で目の色が紅いのは変わっていない。
俺とレクス、グラン、エルは吃驚して目を見開いている。
「えへへ、今のところは、まだ私の方が力関係では上だから自由に出入り出来るんだよ。今まで取り込まれていた時は、生きる気力も、希望も無かったから、完全に取り込まれても良いと思っていたんだよ」
確かに里美は強かったな。怒らせない様にしよう。
「快斗は神々に護られているんだね」
里美はレクス達を見て言った。
「レクス達が神だと言う事が分かるのか?」
「妖精のドリアードだからかな、神気が見えるからなんとなく……。快斗をこの世界に転生させてくれて、そして護ってくれてありがとうございます。私は、今はドリアードだけど、前世で快斗の婚約者だった里美です。これから宜しくお願いします」
元日本人だからか、お礼と挨拶は忘れないんだよな。
「私は魔法神のレクサーヌ、人形の時はレクスなの!カイトくんはサトミちゃんの事を夢で見てたの!」
「ちょ、レクス!?」
「ワッハッハッハ、わしは、鍛冶神のグラントスだ。人形の時はグランと呼んでくれ」
「私は武闘神のエルロフィーネ。人形の時はエルだぜ!」
(僕はホワイトパイソンのダイフクで、カイトのテイムモンスターだよ)
挨拶も終わって、帰ろうかと思っていると、里美が振り向いて言った。
「快斗、デビルトレントはどうするの?今はまだ瘴気を吐き出す事しか出来ないけど、移動を始めると世界中が瘴気で包まれるよ」
忘れていた…………
「忘れていたでしょう?そう言う所は昔とちっとも変わっていないのね」
里美のジト目も変わっていない。
「それにしても大きいよな。もっと小さいと切るのも焼くのも楽なんだがな」
「小さくする事なら出来るよ、快斗」
里美はそう言うと、デビルトレントに棘蔓を巻きつけた。
「エナジードレイン」
天を突く程の巨木だったデビルトレントは、みるみる内に小さくなって、盆栽程の大きさになった。
瘴気に侵されていた辺り一面に、色とりどりの花が咲き乱れ若木が地面から顔を覗かせている。
デビルトレントからは、もう瘴気は出ていないが、放置する訳にもいかないのでグランに預けた。
グランは口を大きく開けてデビルトレントを飲み込んだ。
「今のは何?デビルトレントを食べたの?」
「ワッハッハッハ、わしの口の中は新界に有るわしの工房に繋がっているからな。デビルトレントは、わしが預かって少し調べてみる事にする」
「神々が宿った人形を従えているドールマスターの快斗って………怖いもの無しじゃない?規格外過ぎるわ」
「お前には言われたく無いぞ、里美。何だよ、さっきのエナジードレインは?この花畑は?神の所業だぞ」
レクス達はうん、うんと頷いている。
「今回は、デビルトレントが完全に目覚めるだけのエナジーが足りていなくて、無抵抗な上、自我も薄いから出来た事だよ。もし、快斗が来なければ、私を完全に取り込んで目覚めたデビルトレントはこの世界のエナジーを吸い尽くして、崩壊させていたと思うわ」
「危ない所だったの!ありがとう、カイトくん!」
「結局の所、里美のエナジードレインが規格外って事だな」
「はっ!………」
俺達は街道に戻りながら、里美にマックの事、アマンダさんの事、ミウラさんの事を説明した。
そしてポケット収納やら館の事も説明して、魔力をポケットに流して貰った。
(サトミさんの新規登録が完了しました。削除したい時はマップ内のコマンドから削除が出来ます)
「この声も神様?」
「ああ、マップ機能の管理をしてもらっているんだ」
街道に出てマックを呼んだ。
「紹介するよ、今回デビルトレントに取り込まれていた所を助けた、ドリアードのサトミだ」
「うわー、凄く綺麗な人ですね。私は、商業ギルドの職員で、カイトさんの農村と漁村の商品担当のアマンダです」
「本当に美しいわ。私は冒険者ギルドの職員で、各ギルドの視察の為にカイトさんに依頼して、旅に同行させてもらっているミウラです」
「ドリアードのサトミです。カイトの旅に私も同行させてもらいます。宜しくお願いします」
地球から他の世界に転生して、そしてこの世界にやって来た、俺の元婚約者だと言う事は秘密だ。
マックには後で特別に成り行きを話して、紹介をしよう。
森の中の街道を進んでいると、少しずつモンスターの気配を感じる様になった。
デビルトレントから逃げていたのだろう。
せっかく逃げていたのに、馬車を襲って来るから、ワラビ(馬)のブレスで倒れている。
もう少しで森を抜けそうだ。森の切れ目から山が見えて来た。
読んで頂きありがとうございました。
サトミ(里美、ドリアード、地球ではカイトの元婚約者)