第36話 カイト、辺境の街ギルメットに行く①
「アマンダさんの髪とお肌の艶が良い秘密がわかったわ」
「どうしたのミウラちゃん?」
「この館のお風呂に入って、今朝起きてみたら髪の毛がサラサラでお肌がスベスベになっていたんですよ」
えっ!今、その話し?唐突だな、おい!
俺達は、村人達と一緒に商業ギルドに商品を卸に来ている。
俺の商業ギルドのランクがFからEに上がった。
「カイトさん、アマンダさん、またオータンに来られた際は宜しくお願いします」
「はい、また来た時には商品を卸させて貰いますね」
俺達は商業ギルドを後にした。
早朝の清々しい空気を吸いながら大通りを歩いていると、マックニャンが馬車で迎えに来てくれた。
「カイト様、私達はこのまま荷車を引いて門から出る事にします」
「分かりました。お気を付けて」
村人達を見送って俺達は馬車に乗った。
「ななな、何ですかこれは――――っ!!」
「ミウラちゃん、まだ早朝だから静かにね」
何処かで聞いたようなセリフだ。
「アマンダさん、ミウラさん、朝食は馬車の中で簡単に済ませよう」
正門の衛兵にギルドカードを見せて、街道に出た所で朝食を作り始めた。
玉子と牛乳と砂糖をよく混ぜてパンを浸しておく。
ぶどうとオレンジとリンゴをカットして皿に盛り付け、フライパンでパンを弱火で焼き、紅茶を入れて、きつね色に焼かれたフレンチトーストを皿に盛り付ける。
ナイフとフォークと蜂蜜と一緒にテーブルまで運ぶ。
「カイトさん運ぶのは私達がやります」
「これは確か、フレンチトーストでしたね。思い出しただけで涎が出そうです」
「甘い匂い……美味しそう」
「さあ、食べようか。いただきます」
「「いただきます」」
紅茶を一口飲みしみじみ思う。
「馬車で揺られながらの朝食も良いものだな」
「美味しいです!カイトさん。あの固くてパサパサのパンがこんなに美味しくなるなんてカイトさんは神様ですか?」
神様は屋根の上で歌ってますが?
「俺は神様じゃ無いぞ、普通の冒険者だ」
「アマンダさん、普通ですって」
「あり得ないわ」
何で朝から虐められなきゃいけないんだ?
「アマンダさん、この次に行く街はどんな所なんだ?」
「このまま進むと十字路があって、まっすぐ南に行くと冒険者で賑わっているダンジョンの街、西に行くと山越えの道を通って5日程で山と森に囲まれた辺境の街、東に行くと、学徒の街で、その先に王都が有ります」
何処に行くか選べる訳だな。
「良し決めた。辺境の街にしよう」
「辺境の街ギルメットですね」
「カイトさん、辺境の街ギルメットは、深い森にランクの高いモンスターが多数生息していて、冒険者の練度も高い所です」
「産業はモンスターの素材と森で採れる薬草から作るポーションが有名ですね」
冒険者ギルドと商業ギルドの職員が居ると街のことが丸わかりだな。
「こんな馬車の旅は普通有り得ません」
俺達は馬車に揺られながら、ソファーでくつろぎお茶を飲んでいる。
「キッチンが有ってトイレまで付いているなんて……あの時の私の苦労は何だったの?」
「そう言わないの、この馬車だと5日の移動でも苦にならないからね、ミウラちゃん」
ワンルームマンションの様な馬車の中と夜は館での優雅な一時。
この世界の人から見れば信じられないのだろう。
「それにしても良い天気だな。こんな日は、外の方が気持ちが良いのかも知れないな」
「…………」
「アマンダさん、昼食は何か食べたい物はあるか?」
「…………」
「さっきからどうしたんだ?2人とも黙ったままだぞ」
「カイ…………」
「いや、何も言わなくて良い、何も聴きたくない」
「現実を見て下さいカイトさん」
「あのままじゃ可愛そうです」
「どうするんだ?俺はサーカスでも始めれば良いのか?」
「サーカスが何かは分かりませんけど、カイトさんを慕っているのは確かですよ」
俺は振り返って、馬車の後ろの窓から外を見た。
そこには頭を前後に揺らしながら馬車に付いてくる、赤い目をしたラージピジョンが居た。
「きっとオータンにいる間もずっと待っていたんだと思いますよ」
「カイトさん、お話はアマンダさんから聞きました。ここ迄慕われているなら、テイムしてあげるべきだと思います」
ミウラさんがテイムモンスターの証をカバンから出して、タブレットの様な物を用意して、テイムモンスターの証を差し込んで、俺に手のひらを差し出した。
「何でそんな物まで持っているんだ?」
「このマジックボードなら一通りの業務が出来ますからね。冒険者ギルドも日々進歩しているんです。ラージピジョンの名前はどうされますか?」
「大豆が好きだから、取り敢えず“キナコ”で」
ここ迄されたら仕方が無いので、名前を付けて、ギルドカードをミウラさんに渡すと、テイムモンスターの証の横に差し込み、何やら操作して、カードとテイムモンスターの証を手渡された。
「マックニャン、馬車を止めてくれ」
俺がラージピジョンに近づくと、表情は変わらないが、なんだか嬉しそうにしている。
「ラージピジョン、お前は俺のテイムモンスターになりたいのか?」
一応聞いてみると、ラージピジョンは頷く動作をして左胸を差し出して来た。
「此処に貼るのか?」
ラージピジョンは頷いた。
左胸にテイムモンスターの証を貼ると、金色に輝き模様のようになった。
「今からお前は、俺のテイムモンスターで、名前は、キナコだ」
キナコは嬉しそうに、ポーポー鳴いている。
「キナコ、馬車の後ろから付いて来るか?」
「ポーポー!」
多分、了解って事だろう。
「アマンダさん、お茶を入れてくれないか?緑茶が良いな」
「はい、カイトさん。ウフフ」
「カイトさん、馬には名前は無いんですか?」
馬はマックニャンが連れて来たからな。名前は有るのかも知れないな。
「馬はマックニャンに任せているからな。マックニャン、馬に名前は有るのか?」
「カイト君、馬は馬だニャン」
「ミウラさん、馬だそうだ」
馬が分かりやすくて良いよな。
「カイトさん、馬で良いと思っているでしょう?駄目ですよ、旅の仲間なんですから、ちゃんと名前を付けてあげて下さい」
アマンダさんが緑茶を置きながら言っているけど、ずっと馬で通していたもんな。どうしよう………
「白いから“シロ”でどうだ?」
「駄目ですよ、女の子なんですから、かわいい名前にしてください」
女の子なのか?ブレスで戦う姿は勇ましかったけどな…………
「ダイフク、キナコ、ときたら……それなら、“ワラビ”だ」
俺は御者席側の窓から顔を出して、馬に向って大きな声で言った。
「馬!今からお前の名前はワラビだ!!」
「ヒヒヒ―――――――ン!!」
なんとなくワラビも嬉しそうだ。と、思っておこう。
アマンダさんから、昼食は蕎麦のリクエストが有った。
だが、今回は素麺にしようと思う。
多分蕎麦よりも食べやすいだろう。
先ずレクスに素麺を出して貰う。
蕎麦つゆと同じ様に素麺つゆを作って、錦糸玉子と、千切りの胡瓜と、トマトと、醤油と砂糖で甘辛く味付けしたオーク肉を、素麺の上に彩りよく並べたら出来上がりだ。
あと、塩おにぎりも作っておいた。
「カイトさん、何ですかこれは?凄く綺麗な色彩ですね?」
「アマンダさんは蕎麦のリベンジをしたいのだろうけど、蕎麦よりもこの素麺の方が食べやすいかと思ってな」
「そうめんですか?具材も乗っていて美味しそうです」
「カイトさん、アマンダさん、早く食べましょう!!」
「ミウラちゃん、これはすすって食べるんですよ」
俺は、アマンダさんの時の様に、ミウラさんに食べて見せた。
「いただきます。ずっ、ずずずー」
ミウラさんもアマンダさんも俺の食べ方を一生懸命に観察している。
「こんな感じだ」
「私も食べてみます。え~と、お箸で、そうめんを……滑って難しいですね……っと、取れた!やった!そうめんつゆに付けて……ふう…緊張しますね。では、いただきます。はむっ、…………」
「ミウラちゃん、そこですすって!」
「ぷはっ、すすれないです。どうして?」
「今度は私が……つゆにつけるまでは出来るんです…………あれ?掴めません!!カイトさん滑って掴めません!!」
はあ、そうだな、素麺は滑るんだった。
俺はレクスに割り箸を2膳、出して貰った。
「アマンダさん、ミウラさん、この箸を使ってみろ」
アマンダさんは涙目で、ミウラさんは思案顔で割り箸を受け取った。
「あ、カイトさん、掴めました!ここからつゆに付けて、いただきます。はふっ、………………すすれません!」
ミウラさんはどうだ?ミウラさんはつゆの中の素麺を2、3本割り箸で掴み、口に持っていった。
「きっと多いから、すすれないんじゃないかしら。今度こそ、いただきます。はむっ、チュルッチュルチュルチュル………はぁ、さっぱりして美味しいわー」
「えっ!?ミウラちゃんが出来た!!それでは私も……少しだけ摘んで、はむっ、チュッ、チュッ、チュルチュル…………はう〜なんとかすすれました」
まあ、今はそれで良いだろう。
しかし、素麺を食べるのに、こんなに時間が掛かるとは、思わなかった。
「おい!止まれ!止まらぬかっ!」
ん、何だ?外で話し声が聞こえるぞ。
そろそろ夕方に差し掛かろうかと言う時、俺達の馬車を止めようとする声が聞こえてきた。
「マックニャン、どうしたんだ?」
「カイト君、あの男だニャン。どうするニャン?」
「あの男?あっ、また彼奴等か………」
何なんだ、今度は?何で此処に居るんだ?
「待っていたぞ、人形使い!!」
読んで頂きありがとうございました。
キナコ(ラージピジョン、カイトのテイムモンスター)
ワラビ(馬?)