第3話 カイト、教会に行く
窓から朝日が差し込み目が覚める。
今日は、この街を歩いてみよう。
朝食のために食堂に降りて行く。
昨夜の賑やかさが嘘のような静けさだ。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。カイトさんでしたっけ?」
「はい、カイトですけど、朝食をお願いします」
「今、お出ししますね。わたしはメグ、メアリーの母親ですよ。」
メアリーと同じ青い髪、ぽっちゃり体型でショートカットが良く似合う優しそうな女性だ。
「昨日からメアリーが騒いじゃって、ウフフ、わかる気がするわ」
首を傾げながら椅子に座ると、朝食が運ばれて来た。
パンとミルクのスープとスクランブルエッグ、飲み物は紅茶。
朝食も美味そうだ。自然と笑顔になる。
「いただきます」
ぺろっと、平らげた。
「美味しかった、ごちそうさま。出掛けてきます」
カウンター越しに声を掛けて鍵を預けて外に出た。
大通りまで出てみると、思ったよりも人通りがあった。
屋台の数もそれなりに出ている。朝食でも売っているのだろうか、結構賑わっている。
屋台を出すのも悪く無いかな……
そんな事を考えながら歩いて行くと、前方に教会が見えて来た。
小さな教会で、隣に孤児院が併設されているようだ。
子供たちが元気に遊んでいる姿が見えて、思わず、笑みがもれた。
セルジュ、この教会はレクサーヌ様の教会なのか?
(はい、この街のレクサーヌ教会です)
レクサーヌ様の教会ならば、お礼と報告をしなければな。
俺は教会の中に足を踏み入れて、中を見渡す。
建物は古く、修繕した跡も見られるが、掃除が隅々まで行き届き、磨き上げられた机や椅子も、とても大切に使われているのが良くわかる。
奥からシスターが此方に歩いて来た。
「おはようございます。何かご用でしょうか?」
「今日はお祈りをさせてもらいに来ました」
「そうでしたか。それでは、此方にどうぞ」
シスターの案内で、祭壇の前まで来て跪く。
『いらっしゃい、カイトくん!』
「うおっ、何だございます!?」
テンパってしまった!
周りを見るけど誰も居ない。
気のせい、気のせい、深呼吸を2回して、もう一度、周りをみて目を閉じる。
『私だよ、レクサーヌだよ』
「……………」
『おーい、聞こえてますかー!』
「……………」
『あれ、おかしいなぁ?』
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、祓いたまえ〜、浄めたまえ〜」
『カイトくん、それ違うくない?私、神だよ?ってか、聞こえてんじゃん!酷いよ、神託だよ?』
「軽っ!神託、軽いわっ!しかも、何でいきなりフランク!?」
『これが私の地なんだよ!』
「はぁ……イメージが……」
『カイトくんに超スッゴイお歳暮が有るから、後でアイテムボックスを確認してみてね!じゃね、また後でね!』
「お歳暮って何だよ?時季が違うだろ……言うだけ言って消えたし、後でねって何だよ……はぁ、疲れた」
精神的に憔悴しきって肩を落とし、とぼとぼと出口に向かうと、先程のシスターが外の掃除をしていた。
「あら、もう宜しいのですか?」
「はい、ありがとうございました」
「また何時でもいらして下さいね」
「ええ、また寄らせてもらいます」
俺は、アイテムボックスから金貨を10枚出してシスターに手渡す。
「これを寄付します。これで子供たちに美味しい物を食べさせて上げて下さい」
「えっ!こ、こんなに?ちょ、ちょっと待っててて下さい!院長先生!院長先生!」
「これっ、アニタ騒々しいですよ。落ち着きなさい」
ご年配の院長先生に窘められ、アニタさんは深呼吸を2回した。
やっぱり、落ち着く時は深呼吸2回だな。
「院長先生、此方の方が孤児院に寄付を、こんなに……」
院長先生は、目がこぼれ落ちそうな程見開いて、口を半開きにして固まった。
アニタさんと2人で固まった。
遠くの山でカラスが鳴いた。
面白い2人だが、そろそろ動きが欲しいところだ。
「ん、んんっ」
「ハッ!し、失礼しました。ど、どうぞ、ここ此方に」
「深呼吸しなくても大丈夫ですか?」
院長先生は、深呼吸を2回して部屋に案内してくれた。
アニタさんが出してくれた紅茶を飲みながら院長先生と話をしていると、年長らしき、男の子と女の子が部屋に入って来た。
「お兄ちゃん、ありがとうございました!」
声を揃えて、お礼を言ってきたから、俺が笑顔で頷くと、緊張が解けたのか、笑いながら手を振って部屋から出ていった。
「本当にあれほどの大金をありがとうございます」
「俺も孤児でしたから、そうですね……孤児院と女神様に、僅かばかりの恩返しです」
「まだ、お若いのに……」
実際は三十路です……
「カイト様に女神様の御加護が有りますように」
俺は孤児院を出て商店が並ぶ通りをぶらぶらと歩きながら、ウィンドショッピングを楽しんでいた。
「きゃっ!」
短い悲鳴が聞こえた次の瞬間、2人の男が俺の横を駆け抜けて行った。
手には手提げ袋を持っていて、後ろでは若い女性が尻もちをついていた。
俺は既に10数メートル先を走る2人組の男を一瞬で追い越して、目の前に立ちふさがり、両腕ラリアットで意識を奪ってから、近くに居た冒険者風の若い男に衛兵を呼んで来てもらう。
「はぁ、はぁ、ありがとうございます」
被害者の女性が追いついて来た。
取り返した手提げ袋を手渡した時、手のひらと肘に怪我をしているのに気づいた。
念の為、全身に回復魔法を掛けておく。
泣きながら、何度も何度もお礼を言われている内に衛兵がやって来て、事情を説明し、後で詰所に出向くように約束をした後、ウィンドショッピングの続きを楽しんだ
夕方近くまで屋台をハシゴしながら
衛兵の詰所にやって来た。
串焼きのお土産を渡す。
「おぅ、すまないな。後で有り難く頂こう」
説明は済んだはずなのに、なぜ呼ばれたのか聞いてみた。
「奴らには、結構な数の被害届けが出ていてな俺達も困っていたんだ」
「そうなんですか。それで?」
「ああ、それで、お前に褒賞金が出ると言う訳だ」
「大活躍だな」
「ハハハ、間違いない。此方としても助かる。一人当たり金貨5枚、二人分で金貨10枚、犯罪奴隷の売却金が二人分で金貨10枚で合わせて金貨20枚だ。今回も税と手数料を引いている。確認してくれ」
「はい、金貨20枚確かに」
“川のせせらぎ亭”に戻り、夕飯を注文すると、すぐに持って来てくれた。
「ありがとう、メアリー今日も美味そうだ」
「エヘヘ、エールで良い?」
「ああ、頼む」
今夜はいつものパンと、トマトの具だくさんスープにメインが何かの肉の煮込みで、ハーブの香りが食欲をそそる。
うん、柔らかく煮込まれていて美味いな。
その日の真夜中に、僅かな物音で目を覚ます。
何だ?微かに女の啜り泣くような声が聞こえる。
隣の部屋か?否、違う。
「……でっ……のに……グス…………みて……た…」
「ま…マジか……」
暗闇に目が慣れたのと僅かな月明かりで、ぼんやりと見えたのはベッドに寝ている俺の足元の“上”つまり、ベッドと天井の間に浮かぶ、40cm位の大きさの人形だった。
髪は腰まである金髪で、貫頭衣を着ており、後ろを向いて小声で何やら呟きながら啜り泣いている。
恐怖からか、極度の緊張からか身体が動かない……息を詰めて居なくなるのを願いながら声を出さないように耐えていると……
人形の首が“ぐるんっ”と回り俺を見下ろした。
「うわーっ!!!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、色即是空、色即是空、悪霊退散、悪霊退散」
「あっ」
「ヒッ!ひぃぃぃぃ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「起きたんだね、カイトくん!」
「………」
「酷いよカイトくん、私、言ったよね?頑張ってお歳暮を用意したんだよ」
「………」
「アイテムボックスの中を確認してくれないから私、寂しかったんだぞ!」
「………」
「エヘヘー、この人形どう?かわいいでしょ、イェイ!これでカイトくんはドールマスターだよ!」
人形が腕をブンブン振り回し、空中をピョンピョン跳ね回る。
「…………………」
怖かったんだぞ、マジでメチャクチャ怖かったんだぞ、何だよ、イェイって…ドッキリかよ。はぁ…心臓に悪いわ。
「カイトくん、カイトくん、聞いてる?」
「はいはい、聞いてる、聞いてる。
まだ夜中だし、もう一回寝るぞ」
「うん、わかった!おやすみ、カイトくん!私も一緒に寝るね!」
「はいはい、好きにしてくれ」
朝になって目を覚ますと、枕もとに人形が有った。
「夢じゃ無かったんだ……」
昨夜は恐怖で良く見てなかったが、人形と言っても日本人形やフランス人形では無く所謂“あみぐるみ”に近い。
容姿は、腰まである金髪に緑色の目をしたレクサーヌ様をデフォルメした感じだ。
「おはよう、カイトくん!」
人形がムクっと起き上がり、手を上げて朝の挨拶をした。シュールだ……
「ああ、おはよう、レクサーヌ様」
「この人形の名前はレクスだよ!敬称は要らないからね!」
「わかった、レクス」
人形を相手にしゃべってるよ……傍から見たら、あぶない奴だな……まったく。
「この状況を、わかりやすく説明してくれないか?」
「良いよ!この人形はね、お歳暮の内のひとつなのと同時に、女神である私の、えーと、所謂アバターなの!私自身は今も神界に居るので、この人形の中には分離体が入っているの!」
「お歳暮の使い方が間違っているからな」
「なんとなく使ってみたかったの!とても良い文化だね!それでね、カイトくんの側に人形が有ることで、何時でも分離体で、カイトくんのお手伝いが出来るのよ」
「例えば何が出来るんだ?」
「この世界に直接私が干渉する事は出来ないけど、モンスターと戦ったり、カイトくん個人の為に、力を貸す事は出来るわよ…こんなふうに」
えっ?人形の口が、かぱぁっと開いた?と思ったら、何か出てきた。
ゴトン!コロコロ
「……缶コーヒー?俺が良く飲んでいたブランドだ、それに良く冷えてる」
「飲んでも良いよ!」
「あ~美味い。なあ、猫の人形の方が良くないか?」
「それはね、やったら駄目なの」
「そういうもんか?」
「うん、そういうもんだよ!でね、空き缶は口の中に入れてね!ちゃんと分別して戻しておくから。地球の大切な資源だからね!」
「お、おぅ……ごちそうさん」
「もうひとつ、カイトくんのアイテムボックスに、お中元が有るの!」
もう、ツッコまない。スルーだ、スルー。
「コンセ、アイテムボックス内の一覧を出してくれ」
これか?“新月の刀”をアイテムボックスから出す。
黒塗りの鞘に、金色の鍔で白い柄。
鯉口を切り、抜いてみると光りの当たり方でその表情を変える。
美しい刃紋の銀色の刀身。
「この刀はね、不壊と状態維持と使用者限定が付与されてるの!壊れなくて、手入れしなくても良い、カイトくん専用なんだよ!」
「最高に良い刀だ」
素直に嬉しい。
「ありがとう、レクス」
「エヘヘ、うん!」
朝食を食べて、川のせせらぎ亭を出る。
俺が食べてる間のレクスは、隣の椅子に大人しく座っていた。
メアリーは、レクスをチラチラ見ながら、何か言いたそうだったけど、今回は無視だ。
何て、言えばいいか、わからない。
レクスは今、俺の右肩に座っている。
すれ違う人の視線が痛い……
「討伐依頼でも受けてみるかな」
「刀を使ってみるのかな?」
「それも有るけど、レクスも戦えるんだろ?」
「うん、主に魔法だよ!」
「ドールマスターって職業は本当に有るのか?」
「うん、あるよ」
曰く、珍しい職業で、この世界で現在3人しか、確認されてない。
曰く、人形は、マスターの魔力を動力源としている。
曰く、人形は長い年月、魔力を与えていると意思、感情が備わり言葉を話し、自由に動く事が出来る。
曰く、珍しい職業ではあるが、お伽噺や吟遊詩人などによって広く認知されている。
レクスと話しながら歩いていると、冒険者ギルドに到着した。
「なんだか、久しぶりなような気がする」
ギルドに入り、クエストボードの前に行く。
「ぎゃははは、見ろよ彼奴を、人形を肩に乗せてるぜ!」
「あ、彼奴は、おいっ!止めておけ」
「あ、何でだ?ぎゃははは、かわいいお人形ちゃんでちゅねぇ」
「あの馬鹿が……」
「ねぇねぇカイトくん、かわいいお人形だって!」
「しゃ、喋った?」
からかって来た筋肉だるまと、周りの冒険者が口を開けて目を見開いているが、無理も無い…俺だって同じ気持ちだ。
「かわいいだけじゃあ無いんだよ!」
レクスが、腕をブンブン回しながら、トコトコと歩いて筋肉だるまの前に来ると、顔の高さまで浮かび上がり、右ストレートを決める。
筋肉だるまはぶっ飛んで、白目を剥いていた。
冒険者達は更に顎が外れるんじゃないかと心配になるくらい口を開き、目が飛び出ていた。
実は、俺も…………
静まり帰ったギルド内にレクスの声が響く。
「カイトくん、クエストボードを見に行くよ!
「お、おぅ……」
「オークの討伐か、これだな」
クエストボードから依頼書を剥がし受付に並ぶ。
暫くして順番が回ってきた。
「カイトさん、おはようございます。初めてのクエストですね。カイトさんはドールマスターだったんですか?」
「はい、驚かないんですね」
「少数ですがドールマスターの方は、いらっしゃいますから」
「さすが、ギルドの受付嬢ですね。クエストですが、オークの討伐を受けたいと思うのですが可能ですか?」
「これは、西の森で遭遇したと、多数の報告が上がって来ましたので、ギルドからのクエストとなります。カイトさんはCランク冒険者なので、問題なく受ける事が出来ます」
「じゃあ、それでお願いします」
「わかりました。最低3体を討伐しないと、依頼達成にならないので、お気をつけ下さい」
カイトがドールマスターになりました。
レクスが仲間になりました。
レクス(人形・魔法神レクサーヌ)
アニタ(レクサーヌ協会のシスター)
院長先生(レクサーヌ協会のシスター・孤児院の院長)
メグ(宿屋・川のせせらぎ亭の女将・メアリーの母)