第29話 カイト、鉱山の街オータンに行く②
見上げるとファイヤーイーグルの爪が目前に迫っていた。
俺は背中から勢いよく倒れ込み、鋭い爪をギリギリで避けて、その勢いのまま、俺の真上を通り過ぎるファイヤーイーグルをオーバーヘッドキックの要領で蹴り飛ばした。
ファイヤーイーグルは、ラージピジョンの3分の2程の大きさなのだが、見た目が大きく見えても鳥だから軽いのか、勢いよくぶっ飛んで、赤い羽根を撒き散らしながら木に激突して動けないでいる。
「マックニャン!」
「了解!私のターンニャン」
マックは御者席で口からレイピアを出して、一瞬でファイヤーイーグルの前に行きレイピアを眉間に突き刺していた。
ファイヤーイーグルをアイテムボックスに収めて、馬車に戻る。
「カイトさん、お怪我は有りませんでしたか?」
「ああ、思いっきり背中から倒れたんだが、痛みは全く無かったぞ」
「カイトくんの新月のコートは物理耐性が付与されているからなの!」
そう言えば初体験だよな。大したもんだ。何処まで耐えられるか、試して見ないとな。
「カイトさん、あのラージピジョンはファイヤーイーグルに襲われたのでしょうね」
「ああ、多分な。爪で引っ掻いた傷が有ったからな」
馬車で道なりに南に進んでいると、野営地らしき場所が有った。
森の木を切り開いて高い柵で囲んでいる。
「丁度良いな。アマンダさん、ここで野営をしよう」
「野営と言っても屋敷に戻るのでしょう?」
「ああ、そうか。俺達はこのまま進んで、暗くなったら屋敷に戻れば良いのか」
「それなら、このまま先に進むニャン」
まるで、ゲームのセーブポイントみたいだな。
「ところでカイトさん、後ろから付いて来ているラージピジョンなんですが…………」
「アマンダさん!忘れようとしていたのに、思い出すような事は言わないでくれないか?」
「やっぱり、そうなんですね。健気に付いて来てますよ」
何で付いて来るんだ?野生のラージピジョンだろ?腹が減ってるのか?
そうか、腹が減っているんだな!
「アマンダさん、きっと腹が減っているんだ。確か大豆を買っていたはずだが…………」
俺は大豆を馬車の後ろにばらまいて様子を見て見ると、ラージピジョンは一心不乱に大豆を食べている。
「うん、これで良し。お腹がいっぱいいになったら、何処かに飛んで行くだろう。行くぞマックニャン」
日が傾いて来た頃だ。
『誰か助けて、お腹が痛い……』
「レクス、助けを呼ぶ声だ。コンセ、マップを展開」
マップを見ても泣き顔マークが無い。
俺は、ふと思い立ち新月の仮面を付けて見ると、泣き顔マークが点滅している。
何でだよ、どうしても仮面を付けないと駄目なのか……
「今回は病気か何かだろう。お腹が痛いらしい。レクスだけで良いだろう」
「私も行きます!」
アマンダさんが立候補した。
「わかった。レクスとアマンダさんは用意してくれ」
レクスがピンク、アマンダさんが赤い仮面を付けた。
「相手は馬車で移動しているみたいだ。セルジュ、馬車の前に転移してくれ」
(イエス、マスター!)
俺達は馬車の少し先に転移した。
「何ですか、今のは?此処は何処ですか?」
「アマンダさん、俺達は魔法で転移して来たんだ。もう少しで馬車が見えて来るぞ」
俺達の前に馬車が止まった。
御者をしている男は見知った顔だった。
「何だ、お前らは!怪しい仮面なんか付けやがって。盗賊か?」
「あっ」
アマンダさんも気が付いた様だ。
「俺達は……」
「あん?そのコートと人形は……お前、カイ…………」
「新月仮面なの!!新月仮面、早く馬車の中の人を助けなきゃなの!!」
「そうだな、レ、ピンク」
何かレクスは楽しんでやっているみたいだから、付き合ってやっても良いか。
「そこの人、馬車の中の女性が苦しんでいて、助けを求めているから私が来た」
「新月仮面……カイトじゃ無いのか?」
「新月仮面、此処は私達に任せて早く馬車の中の人を助けて下さい」
アマンダさんもノリノリだな!
「馬車の中を見せて貰うぞ」
俺は、今出せる最高のスピードで馬車の扉の前に来た。
「消えた!?いや、そこか!俺の目にも追えないだと?」
「貴方の相手は私達なの!!」
俺が馬車の扉に手を掛けようとした時、勢いよく扉が開いた。
「何をしているんですか!?さっきから聞いていれば新月仮面がどうとか!!もう私は……私……は?」
どうやらやっと、目の前の俺に気が付いた様だ。
「お腹の具合が悪くて助けを求めていたのは、貴女ですか?」
「た、助けを……?ええ、確かに私が――――――ッもう駄目!!トイレに、早くトイレに!!」
ええ!?トイレだったの?
「此方だ、早くこの中に!!」
「えっ!?ちょっ、ちょっと―――――くっ……」
「此処がトイレだ、使い方は壁に書いてあるから急げ!」
俺はすぐに新月のテントを出して、ミウラさんの手を引っ張って中に入り、ミウラさんをトイレの中に押し込んだ。
どうやら間に合った様だ。
「私は外に出ている」
俺はテントから出て、此方を見ているザルクの街のギルドマスターに説明をした。
「あのテントの中にはトイレが設置してある。彼女は何とか間に合った様だ。そう言う訳で彼女が出て来るまで待ってやってくれ」
「おい、お前カイ…………」
「新月仮面!間に合って良かったですね」
アマンダさんまで人の話に被せてきたぞ!?
「その声、此方はアマン…………」
「レッド、テントの中に入って要救助者の介抱を頼む」
「分かりました、新月仮面!」
アマンダさん(レッド)はテントの中に入って行った。
はぁ……もう、こうなったら、とことんレクス達の遊びに付き合ってやるか。
「おい新月仮面、お前等の目的は何だ?まさか人助けとか言うんじゃあるまいな」
「そこの人、そのまさかだ。私達は出来るだけ人々を苦難から救うのが目的だ」
「見返りは何だ?」
「そんなものは要らない。私が楽しく、快適に、そして幸せに暮らす為には、この世界が幸せでなければならない。その為に微々たるものだが、私は私のできる限りの事をしているだけだ。言って見れば、自分の為だな」
「フン、俺には良くわからんが、お前は信用出来る奴だ、カイ、いや、新月仮面。悪事で無いのなら俺は何も言う事は無い。好きにするが良いさ」
それにしても出て来ないな……
トイレの使い方は壁に書いてあるから、問題無いと思うが……
まさか、間に合わなかったのか!?
新月のテントから目を離して、ザルクの街のギルドマスターに視線を向けると、俺が言わんとしている事が分かったのだろう、引きつった笑みを浮かべて首を横に振っている。
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「えっ!?ちょっ、ちょっと―――――くっ……」
えっ!?何なの此処がトイレ?ってか、考えるのは後!えっと、蓋を開けて……座って、はぁ……間に合った……
「っていうか、何なのあの仮面、新月仮面って言っていたわね。なんとなくカイトさんに雰囲気が似ていたけど、正直言って怪しすぎ。そりゃあトイレは助かったけど、このトイレにしても訳が分からないし……えーと、終わったら、これを押して―――――――ヒャン!?何これ、お湯が出てきた!?」
どうしよう、どうしよう。
「あっ、あ~ん、何これお尻を洗ってるの?えーと、これを押したら止まるのね。拭くものは……」
横に白くて丸い物がある。紙だわこれ。
引っ張るとカラカラ回って柔らかい紙が出てきた。
丁度良い長さでちぎって、拭くと柔らかくて全く痛くない。
「何なのこのトイレ――――っ!!」
用を足して、ドアを開けると、赤い仮面を付けた女がソファーに座っていた。
「終わりましたか?間に合って良かったですね。お腹の具合はどうですか?」
アマンダさん?…………
「い、今の……聞こえてました?あっ、も、もう大丈夫です」
「そうですか、では行きましょう、皆さんが待っています。それと、確り聞こえてましたよ」
やっぱり、アマンダさんだ。
仮面の下で笑っているに違いないわ。
「ねえ、アマンダさん?」
「私はレッドですよ」
「ふーん……」
何か、事情が有るみたいだから、詮索したら駄目だよね。
「レッドさん、ありがとうございました」
「お礼なら新月仮面に言って下さい」
「はい、分かりまし―――やだ、凄く汗臭い…………」
「そっか、女の子ですからね。此方に来て下さい」
言われるがままに付いて行くと、脱衣所みたいな所へ来た。
「そちらの引き戸を開けるとお風呂が有りますから、汗を流して来て下さい。私は新月仮面に少し遅くなる事を伝えて来ますね」
そう言い残して、アマン、いえ、レッドさんは出て行った。
私は服を脱いで、レッドさんが用意してくれた籠に入れると、引き戸を開けた。
「ななな何ですかー此処はー!!」
途轍もなく広い洗い場に、途轍もなく大きな浴槽にお湯が惜しげもなく流れ落ち、溢れたお湯は排水溝に入って行く。
「こ、此処って、確かテントの中だったような……夢でも見ているのかしら……」
私は途轍もなく広い洗い場の片隅で、壁に掛けられた説明書き通りに、ドロっとした良い香りの、しゃんぷーと書かれた液体で頭を洗い、りんすと書かれた液体を髪の毛全体に付けて流した。
「良い香り……それに髪の毛が凄く滑らかだわ」
次に、ぼでぃーそーぷと書かれた液体を、すぽんじと言う何やら柔らかい物に染み込ませ身体を洗った。
「うわー、凄い泡立ち!気持ち良いわ〜」
途轍もなく大きな浴槽の片隅でお湯に浸かっている。
木の香りがとても安らぐ。と思ったけど大きな浴槽に私1人。
「落ち着かないわ。それに余り待たせるのも悪いし」
私は脱衣所に出て、大きな柔らかいタオルで身体を吹いて服を着た。
「あれ?服が綺麗になってる!?それに、何だか良い匂い……」
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