第23話 カイト、工業の街ヴァサルに行く
今回はデオの村には寄らずに真っ直ぐ西へ進む。
デオの村から南に行くと商業の街ルトベルクがあり、西に行くとヴァサルの街がある。
「カイト君、前方に車輪が外れた馬車が止まっているけど、どうするニャン?」
御者席側の窓を開けてマックニャンが報告してきた。
窓から見ると、傾いた馬車の横で此方に手を振っている人がいた。
レクスとエルは馬の背に乗っている。
「あの馬車の後ろに止めてくれ」
「了解ニャン」
俺たちの馬車がゆっくりと止まると、傾いた馬車の御者が此方に歩いて来て、御者台のマックニャンを見ると吃驚して後退った。
「お困りの様ですね」
「ああ、人形が御者をしているのかと思って吃驚しました」
「俺の馬車の御者はこの人形ですよ。どうやら車輪が外れたみたいですね」
車軸の方は見た感じ無事みたいだけど……なんか違和感が……
顔を上げて御者の男の方に振り返ると丁度此方に殴り掛かって来たところだった。
「カイトさん、危ない!!」
俺は御者の右拳を見て、身体を右回転させながら御者の顎に左肘を打ち込んだ。
「あっ、つい反射的に……大丈夫ですか?」
「カイトくん、その人は気を失っているの!」
「アマンダさんは、そのまま馬車の中に居て下さいね」
傾いた馬車から剣を持った男と森の中から2人の武装した男と女が現れて、俺は囲まれてしまった。
「おい、お前。何てことをしてくれたんだ!」
馬車から出てきた剣を持った男に怒られてしまった。
「うーん、何だこれ?」
馬車から出てきた男と森から出てきた2人は冒険者風の装備をしている。
「大人しくしていたら手荒な事はしない」
そう言いながらロープを持って近づいて来た森男の首に手刀を叩き込む。
「あっ、お、お前、抵抗する気か?」
「…………」
「お、大人しくしていれば、手荒な真似はしないんだぞ?」
「…………」
「そ、そうよ、お、大人しく捕まった方が良いわよ」
「…………」
「だ、だからやめようって言ったのに……」
何だ、こいつ等震えてないか?
「ワッ!!」
「「「ヒッ!」」」
本当に何なんだろう、ちょっと脅すと腰を抜かしたぞ?
「…………レクス、スタン」
「了解だよ、カイトくん。えいっ!」
レクスは右手の指の間に2個のスタンボールを挟み、投げた。
「どうしようか、こいつ等?」
気絶した2人と痺れて動けない2人を集めて考える。
「フフフ……」
「カイトさんが悪い顔をしています」
俺は4人組と車輪の外れた馬車を、ポケット草原に放り込んで、ダイフクを呼んだ。
「ダイフク、あの4人組とポケット草原で遊んで来てくれ」
(うん、面白そうだね!それじゃ行って来るね!)
これで少しは反省するだろう。
「カイトさん……」
俺たちは再び街道を西に進みながら、ソファーに座ってアマンダさんが入れてくれた紅茶を飲んでいる。
レクスとエルは相変わらず馬の背に乗っている。
マックニャンは御者をしているし、ダイフクはポケット草原で4人組と遊んでいる。
俺は、御者台の窓を開けて、レクスを呼んだ。
「レクス、グランが居ないけど、野営地に置いて来てないよな?」
「何処に居ても私達はすぐにカイトくんの所に戻れるの!」
そうか、忘れていたけど、神だったな。
ヴァサルの街に行く途中にカルメの村が有る。
だが、村には寄らずに街を目指すつもりだ。
旅の目的は、マップを埋める事と、まだ見ぬ種族を見ること。
ついでに、農村と漁村の商品を商業ギルドに卸す事と、レクスに頼まれた救助活動だ。
「カイトさん、そろそろヴァサルの街に着きますから、農村と漁村に行って商品のチェックをしてきますね」
「はい、よろしくお願いします。アマンダさん」
段取りとしては、門の少し手前で新月の馬車は待機して、アマンダさんと、商品を積んだ荷車がポケット収納から出てくるのを待ってから街に入り、商業ギルドに商品を卸す。
商品を卸してからは別行動で、村人達は生活用品の購入、俺達は宿を取り、街の観光などをして過ごす。
予定通りヴァサルの街の正門より少し手前で俺達は待機している。
ヴァサルの街の正門には「ようこそ工業の街ヴァサルへ」と書かれた木製の看板が掛かっている。
「お待たせしました、カイトさん」
「では、行きましょうか」
正門でギルドカードを提示して、事情を説明し4人組と車輪が外れた馬車を衛兵に預けた。
4人組はかなり疲弊していて十分反省している様子だ。
ダイフクは随分と楽しんだみたいだな。
その後、俺達は商業ギルドへと真っ直ぐ向かった。
商業ギルドで俺のギルドカードを提示したら、後はアマンダさんにおまかせだ。
各商業ギルドには本部から通達があったようで、スムーズに事が運んだ。
商品の代金を受け取った村人達は、ホクホク顔で何度もお礼の言葉を言って、買い出しに行った。
適当に見つけた宿屋で2部屋取り、厩舎に馬と馬車を預けて、アマンダさんとレクス達を連れて街の見物に出た。
「流石、工業の街と言うだけあって、色々な工房が有るんだな」
「この街は鍛冶や木工や石工等が盛んで、この街の製品はとても人気が有るんですよ」
「流石、アマンダさんは商業ギルドの職員だけあって、詳しいですね」
例によってレクス、グラン、エル、ダイフクと、今回はマックニャンも加わって、あちらこちらの工房や商店を覗いては楽しそうに喋り、俺達の周りを走り回っている。
あれ?いつの間にかグランが帰って来てるな。
暫く歩くと建物と建物の間から、教会の屋根が見えた。
「アマンダさん、教会が有るようなので少し寄って行きますね」
「――――はい、わかりました」
アマンダさんは最初に驚いて、次に嬉しそうに頷いた。
「私も日々、神様に感謝しているんですよ」
此処の教会も孤児院が併設されていた。俺は暫く塀の中で遊ぶ子供たちを見て、協会の扉を開けた。
「カイトさん、子供が好きなのですか?」
「好きと言うよりも、子供達が笑顔でいて、元気にしているか気になって、協会を見つけると孤児院を先に見に行くんですよ」
「今日は、如何されましたか?」
アマンダさんと話しているとシスターが奥の祭壇から此方に声を掛けてきた。
「旅の途中で立ち寄ったのですが、この教会が目に入ったのでお祈りをさせて頂きたくて参りました」
「そうでしたか。それではどうぞ此方に」
俺達は祭壇の前で跪き祈りを捧げる。
『ワッハッハッハカイトよ、良く来たな。この街は良いところだぞ。しっかり楽しんでくれワッハッハッ』
「…………」
「――――カイトさんの身体が光ってました!?」
「もしかして……神託を託されたのでは?………」
「まさか、気のせいですよアハハハ……」
「そ、そうですか………」
此処は、グラントス様の教会のようだ。工業の街だからか?
それにしてもあんなのが神託?無いな……
教会から出る時に寄付金箱が有ったから、そっと金貨10枚を入れておいた。
「カイトさん、そんなに!?」
アマンダさんには見られたようで、俺は人差し指を立てて口に当て、黙っているように合図をした。
「行きましょうか、アマンダさん」
「カイトさんは何時もあんなに沢山の寄付をしているのですか?」
教会を出て大通りに向かって歩いていると、アマンダさんが聞いてきた。
「俺自身、孤児でしたから孤児院と神々には感謝しているんです。自分でお金を稼げるようになったのも、神様と孤児院のお陰ですからね。ささやかな恩返しですよ」
アマンダさんは目に涙を溜めていた。
「ア、アマンダさん、何で泣くんですか!?」
「カイトさん!!」
「――――――――ア、ア、アマ、アマンダさん!?」
いきなり、抱きつかれてしまった!
何でこうなるの!?当ってるよ!柔らかいものが!アマンダさんは大きいんだから!
「――――ちょっ、アマンダさん!?」
「あっ、ごめんなさいっ!」
「ふぅ、いきなりどうしたんですか?」
頬を赤く染めたアマンダさんは俯いている。
「つ、つい、感動してしまい……すみませんでした」
「いえ、気にして無いんで大丈夫ですよ」
「それで……辛く無かったですか?」
「院長先生やシスターが良くしてくれましたから、幸せでした」
アマンダさんは、ニッコリと笑って言った。
「そうですか、良かったです」
それから暫く大通りを歩いていると、陶器を扱う店が目に入った。
「アマンダさん、あの店に入ってみたいんですけど」
「良いですよ。行きましょうか」
店の中には様々な形で色とりどりの陶器がところ狭しと、並べられていた。
じっくりと見て回っている内に、丼と茶碗と湯呑を見つけた。
柄や大きさは微妙に違うけれど、それなりの数が揃っている。
「これは買いだな」
有るだけ全部買ってアイテムボックスに入れた。
店員さんとアマンダさんは目を丸くしていたけど、こういう物は見つけた時に買っておかないとね。
俺は、満足して店を出た。
「何だか上機嫌ですね、カイトさん」
「良い買い物が出来ましたからね」
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「この世界に来るのも久しぶりだね」
「今度はこの世界ですか?」
「いいえ、此処は通り道で立ち寄っただけ。久しぶりだけどそんなに時は経って無いからね」
「見たところ、荒廃も繁栄もしていない中途半端な世界ですね、ベランジュール様」
「この次に行く世界の方が今は面白そうだし……」
此処には少しだけ種を蒔いておくのも面白いかも…………
「此処にはお土産を置いて行こう」
「ベランジュール様、次に来たときに滅んでいては、楽しめませんから程々に」
「デビルモンスターの種を数匹分埋めておくよ。ある程度時間を置いてゆっくりと覚醒させれば、長く楽しめそうだね。そう思うよね、クレマン。アハハハハ」
今回も読んで頂きありがとうございました。
ベランジュール(?)
クレマン(?)