第19話 カイトのポケット①
「カイトくん……」
「レクス、何でもない。昔の事を夢に見ただけだ」
料理でもして気分を変えるか。
「収納の森林に行くぞ」
「やったぜ!森林だ。滝で修行だぜ」
森林に入った俺は滝の見える場所まで移動して屋台を出した。
木々の緑と新鮮な酸素、滝から出るマイナスイオンで気持ちが安らぐ。
「良いな此処は、こんな所に住んでみるのも良いかもしれないな」
ロッキングチェアーに揺られて本を読みながらまどろむ老後。
そんな平和なひと時が脳裏を過ぎった。
「グラン、鰹節を削ってくれないか?」
「おう、任せろ。そうゆうのは得意だからなワッハッハッハ」
俺は米を洗い土鍋に入れて水に浸しておく。
次に深めの鍋に水と昆布を入れて火を付けて、沸騰する直前に火を止めてから、グランが削った鰹節を投入して、だしが出た頃合いを見てザルで別の鍋に濾して味噌汁を作る。
具材は玉ねぎとじゃがいもだ。
「久しぶりに玉子焼きが食べたくなったな」
里美が良く作ってくれた甘い玉子焼きも多めに作り、今から食べる分以外はアイテムボックスに入れておく。
醤油と酒と砂糖とすりおろした生姜を合わせ、スライスしたオークで生姜焼きを作り、キャベツのせん切りと一緒に盛り付けて完成だ。
「レクス、エルを呼んできてくれ」
「了解だよ、カイトくん!」
「お前達も食べるんだろ?皿は後で屋台に戻しておいてくれよ」
久しぶりの和食は美味いな。レクス達は皿ごと口の中に入れている。
神界に居る本体が食べるんだろう。
遅めの昼食を食べて、疑問に思っていた事をレクスに聞いてみた。
「レクス、今俺は新月のコートのポケットの中だよな?」
「そうだよ、カイトくん!」
「じゃあ、何で今の俺は新月のコートを着ているんだ?」
「それはね、新月のコートのポケットはただの入口にすぎないの。ポケットの中に実際に入っている訳じゃ無いんだよ!」
良かった……ポケットの中じゃ無くて、本当に良かった。
「入口がポケットならポケット収納で良いか」
「良いと思うよ!ポケット草原とかポケット森林なら分かりやすいね」
「今の俺はポケット森林に居るけど更に此処からポケットに入るとどうなる?」
「森林に居るときは森林は選べないけど、草原や田園や海辺に移動出来るよ」
「なるほど。良く分かったよレクス、有り難う」
宿に帰るより此処で新月のテントを出して休んだ方が快適だよな。
「暗くなるまでには、まだ時間が有るから、田園と海辺をサクッと見ていくぞ」
と言う事で田園に来たが……
「凄いな、まるで一面が緑色の絨毯だ」
俺が周りの景色を堪能しながらゆっくりと歩いていると、前から荷車を引いた農夫が歩いて来た。
俺は道端に寄って立ち止まり道を譲った。
「有り難うございます。カイト様」
「――――いや、お仕事ご苦労様です」
農夫が頭を下げて歩いて行った先には数軒の家が有り、夕飯の仕度だろうか、それぞれの家から立ち昇って行く煙が見えた。
「レクス、レクス、今の農夫が喋ったぞ。それと俺のことを知っているんだが?」
「此処の人達は普通の人達だから喋るよ。カイトくんの事も説明しているから知っているの!」
「こんな閉塞された空間に人を閉じ込めて良いのか?」
「此処には、モンスターや戦争で住んでいた村が無くなって、行き場所の無い人達が住んでいるの。それに閉塞された空間だとしても、殆どの村人が一生を村から出ずに終える生き方をしているから、あまり関係ないんだよ!」
見た感じはかなり広くて肥沃な土地だから、レクスの言う通りならそれで良いのか?
「此処の人達は皆んなカイトくんに感謝しているんだよ!」
「何で感謝されるんだ?どんな説明をしたんだよ」
「この土地はカイトくんの土地で自由に使って良いし、税も無いって言っただけなの!」
「この空間から出て冒険者や商人になりたい人がいたらどうするんだ?現金収入はどうするんだ?何処に野菜を売るんだよ。日用品や服は何処で買うんだ?」
「あっ……」
「そこまで考えて無かったんだな。はぁ……レクス、この村に村長は居るのか?」
「…………」
「集落に行くぞ」
集落に行く途中に聞いて見れば、ポケット海辺にも此処と同じように漁村が有るらしい。
はぁ……行きたく無いけど漁村にも行かないとな。
村人から村長宅の場所を聞き、訪ねて行く。
今、目の前には60代の男性が平伏している。
「村長さん、頭を上げて下さい。このままだと話も出来ません」
「ですが、ですが、カイト様のご尊顔を拝見するなど畏れ多い事で御座います。どうか、どうかこのままでご容赦を……」
この部屋に入って来るときは普通に見てたじゃん……
「村長さん、村人達の今の生活で、何か困っている事は有りませんか」
「いえいえ、困っている事など有ろうはずがありません。この土地を私共に貸して頂き、モンスターや戦争に怯えることも無く、毎日を平穏に暮らせるだけで大変有り難い事で御座います」
「そうですか、いずれ作物を何処かで売る事が出来る様にしたり、生活用品を買いに行ける様にしますから、それまで待っていて下さい」
「有り難う御座います、有り難う御座います」
村長さんは最後まで平伏したままで、俺は村長宅を後にした。
次はポケット海辺だ。
何処までも続く砂浜に、遠くに見える水平線。
船着場には漁船が数隻波に揺られている。
後ろを振り返ると、山が有り、麓の畑では何らかの野菜が作られているようだ。
此方の集落でも夕飯の仕度をしているようで、竈の煙が家々から立ち昇っている。
「此処も良い所だなレクス」
「でしょでしょ、海が有って山が有ってレクス不動産イチオシの物件なの!」
「いつから不動産業を始めたんだよ!まったく……この世界の神は自重する事を知らないのか?」
「作っている内に楽しくなってついなの!」
「何がついなのだよ……」
海辺の村長宅でも農村の村長宅と同じやり取りをして、水平線に沈む夕日を見る為に浜辺に戻り、新月のテントを出した。
「綺麗だねカイトくん!」
「ああ、素晴らしい眺めだ。擬似空間だけど大自然を満喫しているな」
「この様な擬似空間が一つの世界になる事も有るの!」
「スケールがデカ過ぎるよ!俺が一つの世界を持ち歩くのか?勘弁してくれ」
「大丈夫だよ。カイトくんが望まなければずっとこのままなの!」
それなら良いのか?考えても仕方が無いので、夕飯の仕度を始めた。
「レクス、今夜は此処で休むからな」
漁村で分けてもらった魚を煮付けにして、農村で分けてもらった野菜で、かき揚げを作り、昼に炊いたご飯の残りで夕飯にした。
「何だか凄く贅沢をしているみたいだな。久しぶりに魚を食べた気がする」
「カイトよ、この魚は美味いな。酒が進むわいワッハッハ」
「かき揚げも美味いぜ。カイト、かき揚げとご飯おかわり」
エルが茶碗と皿を口から出して来たので、かき揚げとご飯のおかわりを口に入れてやる。何度見てもシュール過ぎる。
人には見せられないな。
**********
「旦那様、奥様、エミール様が……」
俺が執務室で書類に目を通していると、メイドのカミラが慌てて入って来た。
「どうしたカミラ、そんなに慌てて」
「あっ、も、申し訳ありませんでした」
「いや良い、それよりエミールがどうしたのだ?」
「先程エミール様にお食事をお持ち致したのですが、お顔の色が良く、何度もおかわりをされて……」
「あなた、エミールの所に行きましょう」
俺はエミールを見て絶句した。
食べ物を口一杯に頬張り、貪る様に食べている。
顔色も赤みがさして、今朝とは比べようも無く良くなっている。
「もえは、ももーままひほまーはは」
エミールが俺たちに気が付き、何やら言っているが食べ物を口一杯に頬張ったままでは、何を言っているか全く分からない。
「はしたないぞエミール。ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
「すみません、お父様にお母様。今は凄く体調が良くて、食事も凄く美味しく少々食べ過ぎてしまいました」
「少々どころでは無いようだが、一体どうしたと言うんだ?」
「それが、昼寝から覚めてみたら、身体が軽く、体調も凄く良いのです」
考えられるのはカイトの回復魔法だが……
「あなた、カイト君の回復魔法じゃないかしら」
「今、俺もそうじゃないかと思っていたんだ。エミール、カイトの回復魔法の後に誰かから回復魔法をかけてもらったか?」
「いいえ、カイトの回復魔法が最後です。あれから凄く気分が良いです」
やはりカイトの魔法か…………
「今思うと、カイトの回復魔法は異常だったな」
「そうね、あなた。あんなに美しく、強い光は初めて見たわ」
もしかして治った?いや、まだ楽観するのは早い。
「まだ、暫く様子を見る必要はあるだろうが、何にせよエミールの体調が良いのは喜ばしい事だ」
翌朝、エミールが歩いて食堂にやって来た。
「――――エミール!歩けるように……」
「はい、お父様。自然と力が湧いて来るようで、身体の調子も良く、今までの事が嘘の様です」
これはエミールの病気が治ったとみて良いのではないだろうか。
そう思うと、自然と胸が熱くなり、涙が込み上げて来た。
アリソンも同じらしく、いや、俺以上らしく、滂沱の如く涙を流している。
「エミール!エミール!」
アリソンはエミールを抱きしめて、泣き崩れている。
「お母様、苦しいです。それにさっきからお腹が空いて仕方がありません。僕にも朝食をお願いします」
「――――ごめんなさい、エミール。そうね、一緒に食べましょう」
読んで頂きありがとうございます。