第153話 カイト、帝国に行く〜帝国最初の街〜
国境に架かる大きな橋を渡るとバルモア帝国である。此方側にも砦が建っており、俺達はバルモア帝国の兵士に検問を受けていた。
「ふむ、特に怪しいところも無いな。通って良いぞ」
バルモア帝国の兵士は馬車の中を検め、屋根の上のレクス達と御者台に座るマックニャンを見て、更に後ろから付いて来ているキナコを確認すると、何事も無かったように、すんなりと通してくれた。
俺が兵士なら、このような怪しさ満載の馬車は絶対に通さないと思い、此処の兵士は大丈夫なのかと心配していると……。
「なに、向こうの奴等から話しは聞いていたからな。お前さんだろ? ドールマスターでモンスターテイマーのAランク冒険者ってのは。ワッハッハッハッハ! ようこそ我がバルモア帝国へ。貨幣はそのまま使えるし、身分証もそのギルドカードで大丈夫だ。長雨で足場が悪いからな、気を付けて行くんだぞ」
……と、いう事らしい。まあ何も問題なく通れるのであれば、こちらにしても助かるというものだ。
午前中は降り止んでいた雨が午後を境にまた降り始めてきた。特に豪雨という訳でもなく、どちらかと言えば小雨に近いだろう。
このくらいの雨であれば、日本の梅雨時期と大して変わらないと思う。
俺達を乗せた新月の馬車は、国境からバルモア帝国内部に続く広い草原を二分するように伸びる道を進んでいる。両脇の草原には所々に大小様々な岩が突き刺さるように落ちていて、何とも不思議な光景だ。
遠目には緑豊かな山が横たわり、視線を百八十度転じれば、何処まで続いているのか分らない森もある。
マップでは山と森にモンスターの反応があるが、これだけ離れていれば何ら驚異にはならないだろう。
兎にも角にも広い草原の道を進み、国境から四日程で周りの景色が一変し、畑や小屋等が見えてきて、人々の営みが伺えるようになってきた。
小雨の降る中で農作業をしている人達を見ながら街道を進んでいると、程なくして門が見えてきた。
「街だな……。いや、こんな場所だから、せいぜい村程度だと思ったが、まさか、これ程の街があるとは思わなかった」
「そうですね。私達もバルモア帝国は初めてなので、驚いています」
門に居る門番に身分証を見せて街の中に入る。どうやら俺は、ミシェル神父とファビアン神父の護衛依頼を受けた冒険者だと勝手に思われたらしい。
なら、冒険者ギルドのミウラさんと、商業ギルドのアマンダさんはどうなんだ? と、聞いて見たかったが、俺が神父ズの護衛依頼を受けた冒険者という設定にはウケたし、まあ気にするところでも無いだろうと思い、門番の勘違いを訂正することはしなかった。これぞ、大人の対応という者である。決して、ミントに子供扱いされたからでは無い。
街に入るとマックニャンに馬車を頼み、俺達は歩いて冒険者ギルドと商業ギルドを探す事にした。
「あっ! ありましたよカイトさん。やっぱり大通りを歩いていて良かったですね」
誰も大通りから外れた通りを歩こうとは言っていないのに、自分が真っ先に商業ギルドを見つけたアマンダさんは誇らしげに言って、手を振りながら商業ギルドに入って行った。
「チッ……、先を越されたわ」
「何を競ってるんだ!?」
ミウラさんが舌打ちをしてまで悔しがっているとは……。何か賭けでもしていたのか?
「いいえ、カイトさん。なんとなくです」
そう言って、ペロッと舌先を出すミウラさんの可愛らしい笑顔に、すれ違う若い数名の男性冒険者の顔が赤くなっていた。
「ちょっと、あんた達! 何を立ち止まっているのよ! 早く行くわよ!」
「お、おう……」
その冒険者達はなにかのクエストを受けたのだろうか、小走りで街門の方へと向かって行った。
「なんとなくなのか? そうか……。だが、ミウラさん。冒険者ギルドもこの先にありそうだぞ」
俺が指をさす方向からは、また別の冒険者パーティーが走って来ていた。
「えっ!? 視察ですか!? 聞いていないのですけど!? ちょっ、ちょっと待っていて下さい!!」
程なくして冒険者ギルドを見つけた俺達は、受付カウンターに行き、ミウラさんが先ず視察に来たことを告げると、金髪美女の受付嬢が慌てて階段を駆け上って行った。恐らくギルドマスターに視察の件を伝えに行ったのであろう。
「ふふふ、普通はこうなるわよね」
ぼそっと言葉を漏らしたミウラさんの顔を見ると、どこか楽しんでいるように見えた。
「ミウラさん、ほどほどにな?」
「はい。言ってみれば抜き打ちみたいなものですからね。私も気持ちは分かりますから」
待っている間にギルドの中を見渡すと、普通なら何人か居るはずの、ギルドに併設されている食堂には誰もいなかった。そして、俺達とは別の受付カウンターに居るのは四人―――恐らくパーティーだろう。その受付カウンターの対面にある壁に貼り付けてあるクエストボードの前には四~五人のパーティーが三組居て、どのクエストを受けるか相談しているようだ。
そうやって時間を潰していると、階段を降りて来る如何にも高ランク冒険者上がりといった風貌の、ギルドマスターと思われる大柄の初老の男性が声をかけてきた。
「お前が視察に来たというミウラか?」
焦げ茶色の髪を短く刈り込んだ四角い顔のギルドマスターが、三角の目を俺に向けて横柄に言い放つ。
俺は、手を顔の前でブンブンと振って、隣に居るミウラさんを指さした。そのさした指先を辿ってミウラさんを見たギルドマスターは、三角の目をだらしなく歪めてミウラさんを手招きする。
「此処ではなんだから、先ずは上で話を聞こう。それで、お前は護衛か何かか?」
このギルドマスターは、俺をミウラさんの護衛だと思っているようだ。まあ、ザルクのギルドマスターに頼まれたのだから間違ってはいないので、俺はその言葉に肯いた。
「そうか、ならそこの食堂で時間を潰していると良い。―――――はぁ? 何で神父が居るんだ?」
食堂でお茶を飲んでいるミシェル神父とファビアン神父、そしてマールさん見て、不思議そうに首を傾げているギルドマスターは、俺に一枚のカードを手渡して、クリップボードを持ったミウラさんを連れて二階に上がっていく。
「エルとベラはミウラさんに付いて行ってくれ」
「了解だぜ!」
「わかりました、カイトさん!」
大丈夫だとは思うが一応エルとベラをミウラさんに付けて、俺はミシェル神父達がお茶を飲んでいる食堂に入った。ギルドマスターに手渡されたカードを見ると、そこには“ギルマス印の食事券”と豪快な手書きで書かれている。
どうやら、ここでの飲食はギルドマスターの奢りらしい。
何かの柑橘類の果汁を絞って入れた紅茶を飲んでいると、ミウラさんが階段から下りて来て、此方に手を振りながら受け付けカウンターの奥へ入って行った。エルとベラは俺の元に帰って来た。
「まるで孫を可愛がる爺さんみたいだったぜ」
「ミウラさんにお菓子を沢山勧めていました」
……と、いうことらしい。まあ、何も無かったようで何よりである。
ミウラさんも視察の仕事に入った事だし、俺はどのようなクエストが貼り出されているのか見に行く事にした。
「私達は、この街の教会に行こうと思います」
「分かりました、ミシェル神父」
同時に食堂の席を立ったミシェル神父達が、そう言って冒険者ギルドから出て行った。アマンダさんとミウラさんがギルドの視察をしている間に、俺も教会には行っておこうと思う。
「ねえ、カイト。見て見て、ジャイ湖の水量調査だって」
「まあ、この長雨だからな。湖の水量を調査するのは大事な事なのだろう」
「もうっ! ジャイ湖だよ! ジャイ湖!!」
「……???」
サトミは何が言いたいんだ……? ジャイ湖の水量調査に行きたいのか?
「そうか? ならこれを受けて見ようか?」
「ぶぅ~」
「……???」
とりあえず、サトミが此処まで執着している湖の水量調査を受けるべく、俺は先程と同じ金髪美女の受付嬢の所へ行った。
金髪美女の受付嬢は、俺がAランク冒険者だという事に驚いていたが、俺が他国の出身で、この辺りの地理が分からないと知ると丁寧に湖の情報を教えてくれた。
それに依ると、ジャイ湖は此処から東側に位置するゴーダ山の山頂にあり、そこから流れて来る川は生活用水として使われているそうだ。しかし、この長雨で川の水位が高くなってきたため、ギルドが調査を依頼しているという事らしい。
俺の他に、既に二組のパーティーが調査に向かっているので、協力して川と湖の両方を調査してほしいという事だ。
「念の為に土嚢を作っておいたほうが良いと思うんだが?」
「はい。既に低ランク冒険者と街の有志が倉庫で土嚢を作っています。もし川が氾濫したら、かなりの土嚢が必要になりますからね」
俺が言うまでもなく、準備に抜かりは無いらしい。
「あっ! それと、最近ジャイ湖の近辺でドラゴンの目撃情報がありましたので一応注意して下さい」
「一応?」
「はい。こちらではまだ確認が取れていないので一応です。もしかしたら、この長雨はドラゴンの仕業なのではないのかといった噂もありますが、噂は所詮噂ですし、今までドラゴンの目撃情報が一件しか無い事もあり、ギルドとしては一応注意しておいて下さいとしか言えないのです」
俺とサトミは、冒険者ギルドの受付嬢からの注意事項を聞いて、倉庫で土嚢を受け取ってからゴーダ山に向かうのだった。
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