第151話 カイト、帝国に行く〜雨の日の出来事〜
次の日も宿場町に一泊して露天風呂を堪能した俺達は、雨の早朝――――開門と同時に宿場町ポーラをを出発した。
ポンコツカルテットの四人は、湯あたりしてのびていた次の日に、宿場町ポーラを出たようだ。一応、ビショップの部下なので、旅の幸運を祈っておこう。
宿場町ポーラを出るとすぐに、帝国に続く道は山道に差し掛かった。雨でぬかるんだ道でも何時もと変わらず力強く馬車を引くワラビ。
昨日の内に帰って来ていたキナコは、雨に打たれようがおかまい無しに何時ものように楽しそうに――――いや、いつも以上に楽しそうに馬車の後ろを付いて来ている。
「残念だったなアマンダさん。雨が降っていなかったら、良いダイエットコースだったのにな」
「ひっ!? こ、この山道をですか?」
「ああ、平地を歩くよりも効率良くダイエットが出来るぞ」
「そ、そうですね……。とても残念です……」
アマンダさんは口ではそう言っているが、胸を撫で下ろしているのがその顔の表情で分かる。
あまり虐めるのも可哀想だから、別の話題に変えよう。
「そうだ。聞いておきたかった事があるんだが、バルモア帝国でもゼノマイト王国のギルドカードは使えるのか?」
「はい、問題なく使えますよ。カイトさん」
「冒険者ギルドのカードも使えますから面倒な手続きはしなくても大丈夫です」
「そうか、それは良かった。それとギルドの視察は帝国でもするのか?」
「はい、勿論です。ですが、帝国も広いですから、カイトさんが行ける範囲で構いませんよ」
「それに、帝国のギルドには視察の通達は出していないですからね。どうなるか楽しみです」
ミウラさんが悪い顔をしているぞ。
「ん? 馬車が止まったな。どうした? マックニャン?」
「崖崩れだニャン、カイト君。大きな岩が道を塞いでいるニャン」
馬車から降りてみると、マックニャンの言う通り、俺の背丈の倍はありそうな大きな岩と土砂で、狭い山道が完全に塞がっている。
この後に、此処を通る人達の事を考えなくても良いのであれば、一旦馬車を新月の館に戻して、単身で俺が新月のブーツを使い岩を飛び越えてから、再び馬車を出せば良いだろう。俺がこの岩をどうにかする術が無いのであれば。
しかし俺には、この岩をどうにかする事が出来る。しかも一瞬でだ。
「コンセ、岩と土砂をアイテムボックスに入れてくれ」
(なるほど。一番手っ取り早い方法ですね。流石です。では、収納します)
うん、綺麗になったな。前後の山道と比べると遥かに綺麗になっている。これで、後から通る人も気持ち良く通れるというものだ。まあ、自己満足でもあるがな。
――――――――――――カイトが馬車に戻り出発した頃、崖崩れがあった崖の上では……。
「………」
「………い、今何が起こった……?」
「……消えたよな……岩が……」
「何だったんだ? この雨の中、苦労して此処まで大岩を運んで、やっとの思いで山道に落としたんだぞ? こんな理不尽な事があってたまるかよ!」
崖の上には、五人のむさ苦しい男達が呆然として立ち尽くしていた。
「なるほどな。ご苦労な事だぜ」
「だ、誰だ!?」
「えっ? 人形……?」
男達が振り向くと、そこに立っていたのは、長い赤毛を一本の三編みして、前髪ぱっつんの、白い龍の刺繍の入った黒いスリット入りのチャイナドレスを着た、八重歯のかわいい膝丈くらいの一体の人形であった。
そして、崖下の森の中では……。
「良し、馬車が止まったぞ」
「どうやら護衛の冒険者も居ないようだし今回は楽勝だぜ。ガッハッハッハッハ!」
「上の奴等が降りて来たら一気に攻めるぞ! あのラージピジョンは今夜の飯だ。涎が出るぜ! ワッハッハッハッハ!」
ガラの悪い三人の男達が大岩を落とした仲間と合流する為に、森の中からゆっくりと姿を表した。
男達は、およそ二百メートル先の獲物を見据えて、武器を手に卑下た笑みを浮かべている。
「はあ……!?」
「いや、待て! 岩は何処に行った!?」
「消えたよな? 今、いきなり消えたよな?」
カイトが大岩と土砂をアイテムボックスに入れた瞬間である。
「何がどうなってんだ!? 畜生! なっ……!? くそっ、馬車が動き出したぞ!」
慌てて右往左往する男達。馬車を追いかけようにも、大岩を落とした仲間はまだ来ない。そこへ、男達の後ろから可愛らしい声が聞こえて来た。
「スタンなの!!」
振り向きざまに、バチバチと弾ける光球を、身体に受ける直前に男達が見たの物は、黒と白のメイド服を纏って、腰まで伸ばしている金髪に、緑の目をした、かわいい女の子の人形なのであった。
「おい、誰だこいつ等?」
「何だ? どうした?」
――――――此処は、農産の街ベルチの冒険者ギルドの前。
顔に青痣を付けて、たんこぶだらけの五人の男と、髪の毛が逆立って、ぐったりとした三人の男達が、縄で縛られて転がっていた。
「なあ、こいつ等あれじゃないか? ほら、手配中の盗賊団」
「おう、そう言えば手配書の顔に良く似ているな。丁度八人だしな」
「おい! 誰か職員を呼んでこい!」
一人の冒険者がギルドの扉を勢い良く開けて、受付嬢の居るカウンターに走って行った。――――――――――
雨が降っているのに、レクス達は本当に屋根の上が好きなんだな。まあ、雨にも濡れないし、汚れないから好きにさせておこう。
「カイト様、紅茶でございます」
「ありがとうございます。フェルナンさん」
「しかし、今日は良く雨が降りますね」
「俺は、雨の日も嫌いではないですよ。雨が降らなければ、植物や農作物が育たないし、水不足になるかもしれないですからね」
「確かにそうでございますね。カイト様はまだお若いのに、物事を確りと考えていらっしいますね」
「俺が転生者だという事を忘れてませんか、フェルナンさん? 転生する前は、三十歳を過ぎていましたからね。あはははは」
俺自身、何歳なのか忘れてしまいそうだが、実年齢は確かまだ四十歳にはなっていない筈だ。
今の見た目が十五歳くらいだからややこしくなってしまう。精神年齢も、今の見た目に引っ張られているような気もしないではないので余計にだ。
「サトミちゃんが言うように、やっぱり中身はおじさんだったんですね。うふふ」
「アマンダさん。確かにそうだが、それは言わないでくれ」
「でも、カイトさんは時々子供っぽかったりもしますからね。見ていて楽しいです」
「俺は見世物じゃあ無いからな。ミウラさん?」
フェルナンさんは、カウンターの向こうでニコニコしながら、俺とアマンダさんとミウラさんのお喋りを聞いている。
手が動いているので、ケーキかクッキーでも用意しているのかもしれない。
「カイトさんは転生前には何をしていたのですか?」
「あっ、ミウラちゃん。それは私も気になっていました!」
そう言えば転生者だという事は話したが、転生前に何をしていたかは話していなかったな。
「そうだな……。俺が十三歳か十四歳の時に、割と大きな傭兵団に入って訓練を受けた後に、ビショップ、シェリー、ヨシュアとチームを組んで、依頼を受けて戦場を走り回っていたんだ」
「戦争をしていたのですか?」
「まあ、そういう事だな」
この世界にも傭兵は居るし、戦争をしている地域もあり、モンスターだって居る。冒険者も、依頼を受けて戦地に赴く事もあると聞く。なので、地球に比べるとこの世界の人は傭兵団も受け入れやすいのかもしれない。
「だから、カイトさんやビショップさん達は、あんなに強いのですね」
「まあ、戦う訓練を受けていたからな」
実際にはそれだけではなくて、神様からもらった身体とスキルや、新月シリーズに依るところが大きいと思う。
流石に神様のくだりを話しても信じられないと思うので、そこは割愛する事にした。
昔を思い出しながら話す俺と、その話に耳を傾けているアマンダさん、ミウラさん、フェルナンさんを乗せて、雨の中を新月の馬車はゆっくりと帝国へ向けて進んでいる。
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誤字脱字報告も凄く助かっています。
いつも読んで頂きありがとうございました。