第150話 カイト、帝国に行く〜温泉の効能は?〜
「何処まで行くんだろうね?」
脱いであった衣服と一緒に、ロープでぐるぐる巻にしたソルト、シュガー、オークキングは、キナコにロープの端を掴まれて大空高く飛んで行った。
それを見送っているサトミは疑問に思ったのだろう、一緒に見送っている俺に聞いてきた。
「さあな。キナコには遠くの山に捨てて来るように言っただけだから、何処まで行くか分からないな」
キナコに仕事を頼むと、ポポポー、ポポポーと、物凄く大喜びをして、張り切って飛んで行ったからな。この星の裏側まで飛んで行ったとしてもおかしくはないだろう。
「ねえ、カイト。折角だから露天風呂に入ろうよ」
「そうだな、サトミは露天風呂でテンション上がってたからな。混浴らしいが、男女離れて入れば問題ないだろう」
その前に、さっきまでゴブリンが入っていた露天風呂に、ヒールサンクチュアリを放り込んで浄化する。
「あはははは。確かにゴブリンの後に入るのは何だか気持ち悪いよね」
「やっぱり気分的にな。それに、彼奴等汚いし……」
そして、後はカピバラだ。見ると、両足を前に投げ出して座り込み、肩を上下させて荒い息使いをしていた。
どうやら疲れ切っている様子ではあるが、武器を持っている事もあり、俺は新月の刀を抜いて、何時でも対処出来るように警戒をしながら近づいて行った。
「おい、カピバラ。何故俺の名前を知っている?」
そうだ、先ず最初に確認しなくてはいけない事は、見た事もないカピバラが何故俺の名前を知っているのかという事だ。
「……」
「何故黙っている? 喋れるんだろう?」
「貴様……。何処まで虚仮にすれば気が済むのだ?」
「はあ……? 全く意味が分らないんだが?」
虚仮にするも何も、これが初対面の筈だが……。もしかしたら俺の気が付かない所で何かあったのか?
「貴様を倒して不死鳥の名を取り戻す――――――此処まで言えば分かる筈だ」
「不死鳥だと……? いや、何処からどう見てもカピバラだろ? な? サトミ?」
「うん、そうだね。カピバラさんだよね」
俺とサトミが首を傾げていると、おもむろに今まで話をしていたカピバラが、頭に手を掛けて引っ張った。
「あっ! 頭が取れた!? ってか、お前……ポンコツカルテットの―――――ええと……何だっけ? エロ? ゲロ……?」
「き、貴様! エロでもゲロでも無いわ! チェロだ! チェロ!」
「ねえ、カイト。わざとやってない?」
「まあ、それは置いといて」
「えっ!? 置いとくの?」
「貴様、やはりわざと……」
「置いといて! なんでお前等はカピバラなんだ?」
こいつ等、以前にもおかしな格好をしていたよな。確か、蟻のコスプレだったり、腰蓑だったり……。
「ふんっ、まあ良いわ。これは我等の為にミスターPが作ってくれた防具だ。聞いて驚くなよ。これには物理耐性、魔法耐性、状態異常耐性が付与されているのだ! グワッハッハッハッハ!」
だそうだ……。それにしても、これは着ぐるみとかのレベルではないぞ。何処からどう見ても、本物のカピバラにしか見えなかったそっちの方が驚きだ。
「もしかして、蟻や腰蓑もそうなのか?」
「当然の事だ。我等はミスターPに愛されているのだからな。我等の身を案じて、こうして手ずからマジックアイテムを作って下さっているのだ」
あゝ……遊んでいるな、ビショップの奴。
ビショップに玩具にされて、それでもビショップを信じて慕っているこいつ等が、なんとなく哀れに思えてきた。だからといって、ポンコツカルテットと呼ぶのを止める訳ではないけどな。
湯気の向こうから女性達の話し声と笑い声が聞こえてくる。みんな露天風呂に入って上機嫌のようだ。
「何だか肌の艶と張りが出て来たみたいですね、アマンダさん」
「それに、とってもすべすべだわ。うふふ」
「はぁ〜、やっぱりミシェル神父とファビアン神父に付いて来て良かったです。毎日美味しいご飯が食べられて、肌も綺麗になるのですから。あの荒んだ騎士団生活にはもう戻りたくないです」
ミウラさんと、アマンダさんと、マールさんである。教会の聖騎士団は荒んで居るのか?
ミシェル神父を見ると苦笑いをしている。多分そういう事なのだろう。
「うわ〜っ! マールさんってスタイルがいいね〜」
「嬉しいのですけど、サトミ殿に言われるのもちょっと……」
相変わらずマイペースなサトミである。前世では、少しぽっちゃりさんだったサトミだが、ドリアードとして転生したからなのか、誰もが羨みそうなスタイルと美貌の持ち主だ。
そんなサトミに褒められて、マールさんの声のトーンが下がっている。
「肌も綺麗になった事だし、後はダイエットだわ。頑張らないとね!」
「え〜? 今のアマンダさんはかわいいと思うよ。ぽっちゃりさんはカイトの好みだし」
「えっ!? そうなの? サトミちゃん?」
「うん、そうだよ。でも、おデブさんは健康に悪いからって、厳しいダイエットをさせるみたい。シェリーさんが遠い目をして言ってたよ。あはははは!」
「えっ? あのシェリーさんが? ……って事は……少しずつダイエットをしながら、現状をキープ……?」
サトミが余計な事を言うから、アマンダさんが何かぶつぶつ呟いてるぞ。
「ねえカイト君。向こうで言っているように肌が綺麗になっている感じがしないんだけど、男には効果は無いのかな?」
「何だ? キョウヤは肌が綺麗になりたいのか?」
確かにキョウヤの言うように特に変わったようには感じないのだが、俺の場合はレクス謹製の身体なので、元から肌は綺麗なんだよな。ていうか、キョウヤは思念体なのだから温泉に入っても変わらないと思うのだが?
「ミシェル神父とファビアン神父はどうですか?」
「私はあまり変わっていないみたいですね。敢えて言うのであれば、肩の凝りが少しほぐれたような気がしますが……」
「あっ! それは私も感じていましたよミシェル神父」
「ファビアン神父もですか? あはははは。我々は年寄りですからね」
いや、二人ともまだ若いだろう……。
(マスター。この温泉の効能は、肩こり、腰痛、神経痛に絶大な効果があって、美肌効果は皆無です)
コンセが、この温泉の効能を教えてくれた。確か、アマンダさんもこの宿場町には湯治に来る人が多いと言っていた気がするぞ。
美肌効果は皆無なのか? うん、この事は、アマンダさんと、ミウラさんと、マールさんには黙っておこう。
俺達から少し離れた場所では、四匹のカピバラが横一列に湯に浸かっている。何故かカピバラ装備のままのポンコツカルテットなのだが、全くの違和感もなく、この場の風景に溶け込んでいた。なんなら見ているだけで癒やし効果が期待出来そうだ。中身はポンコツカルテットなのだが。
日も暮れ掛かった頃、老夫婦が篝火を灯し始める。
ぽつりぽつりと、他の宿泊客も露天風呂に訪れる。
俺は目のやり場に困り、夜空を見上げた。
星明りと月明かり、そして等間隔で灯される篝火の明かりが、静かな幻想的な空間を創り上げていた。
すっかり長湯をし過ぎた俺達は、湯あたりしたのであろう、ぐったりとのびているカピバラを横目に、ゆっくりと歩いて宿泊している宿に帰るのだった。
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