第147話 カイト、帝国へ行く〜宿場町ポーラ〜
アマンダさんのお姉さんであるクラリスさんと、冒険者ギルドのギルドマスターであるババ・スレインに帝国に向けて出発する旨を話し、冒険者ギルドの向かいにある喫茶店“ハニー・ビー”では、店主のルークさんに何度も何度もお礼を言われた。そして、翌朝街門が開くと同時に、俺達は帝国に向けて出発する。
バルモア帝国へと――――――
アマンダさんとミウラさんに調べてもらった情報によると、農産の街ベルチを出て二日の所に宿場町ポーラがあり、そこからバルモア帝国の国境までは、馬車で二十日以上かかるらしい。その国境には、難所に指定されている山越えと、深い峡谷が横たわっているそうだ。
その峡谷を渡って五日程で、ようやく人の住む地域に辿り着く事が出来るとか……。
今まで行った事がある場所ならばマップに表示されているので、転移でサクッと移動できるのだが、当然の如く、帝国にはまだ行った事が無いのでマップは農産の街ベルチで途切れている。地道に一歩一歩進むしか無い。
「先ずは宿場町ポーラだな」
「はい、カイトさん。規模は大きくありませんが、温泉地として賑わっているところですよ」
「保養地としても有名なのですが、なにぶん周りが山に囲まれていますから、本当に具合の悪い人が行くのは、馬車を持つ一部のお金持ちくらいですね」
なるほど、ベルチからなら二日で行けるが、他の地からだと山を迂回しなくては行く事が出来ないので、それなりに行程が長くなり、身体の弱った病人には難しいのだろうな。
馬車の中で、アマンダさんとミウラさんが宿場町ポーラについて説明をしてくれた。
俺と一緒に馬車に乗っているのは、アマンダさんとミウラさんの他はフェルナンさんだけである。
サトミとキョウヤは、グランが作っている完成間近だという妖精郷を見に行っており、大聖堂組は新月の教会で日々のお勤め、アニー達亡命組は万が一が無いように、王国を出るまで念の為新月の館に残っている。
俺一人が移動すれば良い訳だから、最近では各々が好きな事をしている。
それを別にどうこう言う訳では無いが、思うところが無い訳でもない。それでもまあ、景色を見ながら馬車に揺られて行くのも旅の醍醐味だ。そう、なんて贅沢な事だろう。
決して負け惜しみなんかでは無いが、旅の雰囲気を一身に味わえるのは悪くない事だと思う。
「私達が御一緒しているのですから、そんな顔をしてないで楽しみましょう」
どうやら顔に出ていたようだ……
「そうだなアマンダさん。悪かった」
「そうだ、カイトさん。キナコちゃんに大豆をあげてもいいですか?」
ミウラさんがキナコに大豆をあげたいそうだ。そう言えば、俺と妖精のミントの二人しかキナコに大豆をあげた事が無かったような気がするな。
まあ、誰がやってもキナコは喜ぶはずだ。
「ああ、悪いなミウラさん。それじゃあ頼む」
俺は大豆が入った袋をミウラさんに渡した。
「キナコちゃんが大豆を食べている姿が可愛くて、私も一度やってみたかったのです」
何時ものように馬車の後ろには、キナコが首を振りながら、歩いて付いて来ている。
後部扉を開けて、ミウラさんがキナコに大豆を投げ与え始めると、キナコは“ポポポー”と嬉しそうだ。
「マックニャン。ワラビのおやつだ」
「カイト君、ありがとニャン。ワラビも喜ぶニャン」
俺は、御者席の窓を開けて、袋に入ったポケット農村産の人参を、マックニャンに渡した。
キナコに大豆を与えているのに、ワラビには何も無かったら可愛そうだからな。
そして、屋根の上に居るレクスとエルとベラは、楽しそうに歌を歌っていて、人形形態のダイフクが、その歌に合わせてくねくねと踊っている。こっちは放っておいても、何か欲しかったら降りて来るだろう。
二日目の昼過ぎに、新月の馬車は宿場町ポーラに到着した。
門の上には“ようこそ湯の町ポーラへ”と書かれた看板が掛かっている。
俺達は門を守る衛兵に、ギルドカードを提示した。
良く見ると門番の衛兵は、白い髭を生やした爺さんだ。もう一人の衛兵も、白髪で少し腰が曲った爺さんで、新月の馬車の中を物珍しそうに検分している。
「ほほう、近頃の馬車は豪華になったもんじゃのう」
「どれどれ……な、なんじゃこりゃー!?」
ギルドカードを検分していた白髭の爺さんは、腰が抜けそうなほど驚いていた。
「何をそんなに驚いているんじゃ? 世の中は日々進歩しとるんじゃ。年寄りじゃからと言って停滞しておると、どんどん時代に置いてけぼりにされるぞい」
「そ、そうじゃったな。また孫に笑われるところじゃったわ。うしゃっしゃっしゃっしゃっしゃ」
この馬車、普通じゃ無いんだが……まあ、年寄り二人で完結しているから別に良いか?
唾を飛ばしながら喋り合っている年寄り二人を横目に見ながら、新月の馬車は街門を通り抜けて宿場町ポーラに入って行った。
所狭しと立ち並ぶ石造りの建物からは、白い湯気が立ち昇っている。
「此処から見える建物は、殆ど温泉宿や商店なんですよ」
アマンダさんが、商業ギルドの職員らしく俺に説明してくてた。どうやら居住区は別にあるようだ。
見渡すと、あちらこちらに温泉に入りに来たのであろう人達が、商店に出入りしていたり、泊まる宿を選んだりしていた。
「ねえカイト、せっかくだから今日は温泉宿に泊まらない? みんなも泊まりたいよね?」
「そうですね。温泉には毎日入っているけど、違う温泉にも入ってみたいですね」
「あ、私も賛成です!」
サトミの提案に、アマンダさんとミウラさんが賛成した。
今日は、宿場町ポーラに入るということで、サトミとキョウヤも一緒に行動している。勿論、大聖堂組もだ。
「そうだな。それなら良さそうな宿を探そう」
斯くいう俺も、温泉宿の雰囲気を楽しみたいのでサトミの提案には賛成だ。ていうか、サトミが言わなければ俺が言っていただろう。
宿場町というだけあって、宿の数が半端ない。どの宿を選ぶか迷っている俺に、サトミが言った。
「一番大きな宿屋にしようよ」
「カイト殿、人数の多い私達だと、サトミ殿の言うように大きな宿屋の方が良いでしょうね」
「卓球台あるかな?」
サトミとミシェル神父の言うことも尤もなので、大きな宿屋に向かって歩き始めた。それとキョウヤ、流石に卓球台は無いと思うぞ。
「危険が迫ったらこの魔法陣が赤く光る、お守りにもなる御札だ。一枚につき銅貨二枚だ!」
何だか聞き覚えのある声がする方を見ると、そこにはポンコツカルテットが居たのである。
どうやら、ダンジョンの街バローで売っていた御札を此処でも売っているようだ。
レクスの鑑定で本物認定された御札を、銅貨二枚という低価格で売っているポンコツカルテットを一瞥して、俺達は他と比べて高級感のある大きな温泉宿に入って行った。
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