第144話 宿屋の火事
オークを討伐した帰りにベルチの冒険者ギルドに行き、ギルドマスターのババ・スレインに事の成り行きを話した。
話したと言っても、怪しい宗教団体がモンスターを操り、暴力と洗脳によって人々の信仰を変えさせている事を話しただけだ。
クレマン神の事は今の所は伏せている。
「それが、あのオークの群れだったと言う事じゃな? それで、そいつ等を捕まえる事は出来なかったのじゃな?」
「ああ、残念ながら転移石で逃げられた」
転移石と聞いて、ギルドマスターは驚いた顔をする。
中々手に入れるのが難しいとマックニャンが言っていたからな。
「転移石とはな……稀にダンジョンで発見される事もあるのじゃが、普通は一般では手に入らない物じゃ。大体は王家の宝物庫行きじゃからの」
王家の宝物庫? 中々手に入れるのが難しいどころではないぞマックニャン。
だが、ダンジョンで発見されるって事なら、もしかしたらキョウヤなら作り出せるのでは?
「転移石を持っているとしたら、只者ではないじゃろう。ましてや大量のモンスターを操る術も持っておるとなると、冒険者ギルドだけでどうこう出来る相手では無いようじゃ」
報告を終えて冒険者ギルドを後にする。すると、律儀に俺達が出て来るのをギルドの前で待っていたフリオさんとラルフさん。
「やあ、終わったようだね」
「態々待って居たのか? 特に用は無いと思うけどな」
「つれないことは言いっこなしで頼むよ。どうだい? 俺達が泊まっている宿屋に来ないかい? 宿屋にしては珍しく、この時間でも軽食や飲み物を出してくれるんだ。オークで稼がせてもらったから俺が奢るよ」
何だか裏がありそうなのだが、そこまで言ってくれるのならばと了解する。これと護衛の話は別物だが、ミウラさんやアマンダさんの視察の事もあるし、もし行程が重なればその間だけの護衛ならば引き受けても良いだろう。
フリオさんとラルフさんの後を付いて歩いていると、視界の先に黒い煙が濛々と空に立ち昇っている。
「お……おい、ラルフ。あの方向は俺達の宿屋じゃないか?」
「ちっ、くそ! 急ぐぞフリオ!!」
ラルフさんが吃っていない。まあ、もしかしたら宿屋が燃えているかもしれないから吃っている余裕がないのか? いやいや、そういう問題ではないよな。じゃなくて、火事だろこれ!
「ねえカイト。なんか変な事を考えてない? 火事だよ。急いだ方が良くない?」
「あ……ああ、そうだなサトミ」
俺とサトミは、フリオさんとラルフさんから少し遅れて走り出した。後ろからはレクス、エル、マックニャン、ベラも走って付いて来ている。
燃えている建物に近づくにつれて心配そうに見ている人の数が多くなり、人混みを掻き分けながら進まなくてはならなくなり、フリオさんとラルフさんとの距離が開いてしまった。
やっとの事で、燃えている建物が見えてきた。嫌な予感は当たるもので、フリオさんが言ったように、どうやら燃えているのは宿屋のようだ。
その宿屋は古い木造の三階建で、窓から勢いよく炎が噴き出し、黒い煙を吐き出している。
俺は、アイテムボックスから取り出した新月の仮面を付けて、新月のコートのフードを被る。
マップを確認すると、二階の西側の部屋と、三階の中央にある部屋、それと東側の二部屋に逃げ遅れた人の反応があった。全部で六人だ。
更に、階段を駆け上がっている二人の反応も現れた。この二人はフリオさんとラルフさんで間違い無いだろう。まったく、早まった事を……。
燃えている宿屋の前には、火事から逃げて来た人達なのだろう、火傷や打撲等の怪我を負っていて、咳込んだり意識が無い人も居るようだ。
「エルとベラは、ミシェル神父とファビアン神父を呼んで来てくれ」
「了解だぜ!!」
「わかりました!!」
サトミを残して、俺とレクスは燃えている建物に入って行った。
「えっ!? 新月仮面……? 新月仮面だ!!」
誰かに呼ばれたような気がしたが、今はそれどころではない。振り返らずに燃えている建物に入った。
建物の中は、煙と渦巻く炎で高温になっており、一階の食堂とホール、そして二階に上がる階段も炎で埋め尽くされている。
「レクス、急ぐぞ。階段を上がって左の奥の部屋を頼む」
「了解なのカイトくん!!」
俺とレクスは炎に包まれた階段を駆け上がる。レクスは編みぐるみ的な人形なのだが、勿論絶対に燃える事は無いし、俺も新月のコートのおかげで、炎の中を突っ切っても火傷を負うことは無いし、新月の仮面の効果で呼吸も普通に出来る。
二階に上がると、レクスは廊下を左に向かって走って行った。
俺はそのまま更に階段を駆け上がり三階に上がると、丁度目の前の部屋から逃げ遅れた人の反応が二つあった。
俺は扉を開けた。炎が一気に噴き出して来たが、お構いなしに炎の中を突き進んで部屋の中に入る。
二人部屋の床に、商人風の若い男女が寄り添って倒れていた。煙を大量に吸ったのだろう、気を失っているようだ。火傷も酷く、炭化している所もある。
「酷いな……アルティメットヒール」
アルティメットヒールで、炭化していた足や全身の火傷が治り、顔色も良くなった。
しかし、意識は戻っていないので二人を両脇に抱えて、足で窓枠を壊してサトミを呼んだ。
「頼むぞサトミ!!」
「わかったぁ~ 行くよ~」
サトミが両腕を蔓に変えて、気を失ったままの二人に巻きつけて地面に下ろす。
よく見ると、サトミは目元に銀色の仮面を付けていて、銀色のマントが風に靡いている。
そのサトミの後ろには、金色のマスクと金色のマントのミシェル神父とファビアン神父が怪我人の治療をしており、銀色のマスクと銀色のマントの騎士服を着たマールさんが、二人の護衛をしている。
そして、救助が終わったレクスと、エル、マックニャン、ベラが、人々が火事に近づき過ぎないように走り回っていた。
その様子を確認した俺は、東側の部屋に向かう。廊下は既に火の海で、いつ崩れ落ちても不思議ではない。
東側の二部屋に分かれていた人達は一部屋に纏まっているようだ。フリオさんとラルフさんが助けたのだろう。
東側の二部屋は、例のお仲間の部屋のようだ。
「えっ!? カイト君……? だよね……? 何だいその仮面は……?っていうか、君まで来たのかい?」
「ああ、見捨てる訳にはいかないからな」
「何故!? 逃げ場なんてもう無いだろう? 俺達はもうお終いだ」
俺は此処に居る人達を見た。皆んな意識はあるようだが、母親と男の子の火傷は酷く、煙を吸って咳き込んでいる。
旅装のおっさんも同じで、放っておいたら命に関わるだろう。それと、何故か頭から血を流している。
「くそっ! ゴッホゴッホ奴等に隙を付かれてしまったわい! ゴッホゴッホ……いきなり後ろから殴られてこのざまだ!! 申し訳ありません殿下。わしがもっとしっかりと警戒していればっゴッホゴッホゴッホッ」
殿下? この男の子が? て事は、この男の子は王族なのか? それと、殴られたということは、フリオさんが言っていた例の追手が火を付けたのだろうか……。
俺は、ヒーリングボールを此処に居る全員に飛ばす。取り敢えずの応急処置だ。
「カイト君。巻き込んでしまって済まない……。君一人なら此処から何とか脱出出来ないだろうか」
「いや、この際だから此処で死んだ事にすれば、もう追手は来ないんじゃないか?」
「何を言っているんだ? 死んだ事にする? いやいや……もう俺達は終わりだよ」
この状態で何を言っても駄目そうだし、建物が崩れ落ちるのも時間の問題なので、サトミに先に帰る事を念話で伝えた俺は、マップで此処に居る五人を指定して新月の館の門の前に転移する事にした。
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