第14話 カイト、ルトベルクの朝市に行く
ローランドさんと商人さん達の仕事の打ち合わせが終わり、俺達は正門の詰所に来ている。
「……と言う訳です」
「わかった。此方で調べた所、奴等は手配中の盗賊団でな、強盗、殺し、誘拐、人身売買等、とんでもない奴等だ。アリソン様からも話しは聞いている」
俺とローランドさん、竜の咆哮にそれぞれ話しを聞いた衛兵は褒賞金の話しに入った。
「褒賞金は指名手配されていた事で通常の倍額、58人分の奴隷の売却金に加え、今回は領主様から礼金として、褒賞金と同額がお前たちに出される事になった。褒賞金の支払いは、明日の昼には出来るから、また詰所に来てくれ」
ローランドさん達商人は、自分達は守って貰った側で何もしていないからと、褒賞金は受け取らなかった。
「俺達、竜の咆哮とカイトで半々でどうだ?実際に俺達はそれだけの働きしかしていないからな。それでも俺達にとっては大金だ」
「竜の咆哮がそれで良いなら俺もそれで良いですよ」
宿屋への帰り道にそう話し合った。
何だか息苦しくて目が覚めた。一面茶色一色だ。
起き上がると、膝の上にエルがポトリと落ちてきた。
「何をやっているんだエル?」
「朝だから起こしてやったんだぜ。感謝しな」
「ああ、有り難うってか、普通に起こせよ」
顔を洗って朝の日課を終わらせた俺は、朝食を食べて外に出る。
「お前達、何かやりたい事とか、行きたい所は有るか?」
「私達は、基本カイトくんの後に付いて行くだけなの!」
「そうだぞ。ワシらの事は気にするなワッハッハッ」
そう言う事なら朝市にでも行ってみるか。
「凄い活気だな。野菜も色々な種類が有って、しかも安いな」
「お兄さんどうだい、どれも新鮮で安いよ」
「この木箱に入っているサツマイモを全部と……」
「ちょっと待った、これを全部かい!?」
「あっ、やっぱり買い占めるのは良くないですか?」
「いや、買ってくれるのは有り難い。まだ裏にも在庫は有るからな」
「良かった。じゃあ、そのサツマイモと、カボチャも一箱と、セロリも一箱と、リンゴも一箱と……………」
色々有って買いすぎた。おじさんが口をポカーンと開けてるよ。
代金を払って全部アイテムボックスに入れると目を丸くしていた。
復活するには暫く掛かりそうだな。
「兄さん、凄い買いっぷりだな。収納魔法かい?」
肉屋の太ったおじさんが声を掛けてきた。
「そうですよ。此処も色々有りますね」
「どうだい、買っていくかい?」
「ちょっと見させて下さい」
鶏肉、牛肉、豚肉はオークが有るから良いか。後は、羊肉、見たことない肉。
「おじさん、この牛肉と鶏肉と羊肉を全部でも良いですか?」
見たことない肉はモンスターの肉かな?モンスターだったら狩れば良いよね。
「おう、全部だな、勿論良いとも。切り分けるかい?」
「牛肉と羊肉は、そのまま塊で、鶏肉だけ部位ごとに切り分けて下さい。後で取りに来ます」
代金を払って牛肉と羊肉をアイテムボックスに入れて、歩いて行くと、乾物や調味料などの匂いに引かれた。
「いらっしゃい」
店には元気なお婆さんが座っていた。客の入りは、いまいちのようだった。
「どうぞ、見ていって下され」
「あれは……お婆さん、これは鰹節ですか?それに昆布と味噌?」
「ほう、あんた若いのに、よう知っておるの。この辺の者は臭いとか言うて余り近寄らんのじゃが」
「味見は出来ますか?」
「ええよ。ほれ、そこに小皿と柄杓と匙があるじゃろ、それで味見すりゃええよ」
俺は匙の先にほんの少し味噌をすくい取り、小皿の縁に取って舐めてみたら、味は洗練されて無いが間違いなく味噌だった。
味噌の隣には黒い液体が樽に入っている。小さな柄杓に少しすくい、味噌を取った小皿に2〜3滴ほど落としてから、薬指に付けて舐めてみた。
「醤油だ……」
「あんた、味見の仕方がわかってるおるの」
「はい、こんな物を飲んだら死にますよ。ハハハ」
「ヒヒヒ、そうじゃ。それなのに、この街の者ときたら、怒って帰りおったわ」
「知らなかったら仕方が無いですよ。ところで、この鰹節の削った物は有りますか?」
「ちょっと待ってな、今削ってやるよ」
お婆さんは台の下から木の箱を取り出して、箱の上部に付いている刃で削ってくれた。
「うん、美味い。この鰹節を全部買っても良いですか?」
「どうせ誰も見向きもしないんだ。全部買ってくれるってんなら助かるよ」
「良かった。それじゃあ、鰹節と昆布と味噌と醤油、それと、そこにある米を、有るだけ全部下さい」
「良いのかい、そんなに?」
「何処から来たかわかりませんが、思うに、何ヶ月もかけてここ迄来たんじゃないですか?」
「ああ、そうじゃの。此処から遙か東の国から来たんじゃが、何処に行っても売れんでの、此処で売れんかったら帰ろうかと思うとったんじゃ」
「やっぱり。それだったら、なかなか手に入らないですからね。おかげで俺は貴重な食材を手に入れる事が出来ました。ところで、このお米で作った酒は無いですか?」
「二樽だけあるがの、酒も買ってくれるのかい?」
「はい、有るだけ欲しいですね」
「あと、酢もあるんじゃが、これはおまけじゃ。それと鰹節を削るのに、これも持っていきな」
「有り難うございます。ところで、お婆さんは一人でここ迄来たのですか?」
「いや、爺さんと息子夫婦が一緒に来ておるよ。昼に交代で息子が来る事になっとるが、今から店を閉めて帰る支度じゃな」
俺は代金を払って、殆どの商品をアイテムボックスに入れた。
お婆さんは嬉しそうだ。ウィンウィンだな。
「それじゃあ、お婆さん、気をつけてお帰り下さいね」
「ああ、有難うね。あんたも達者でな」
いつか、東方の国にも行ってみたいな。王都にも行ってみたいし、この依頼が終わったら、旅に出るのも良いかもしれないな。
昼まで、まだまだ時間があるし、もう少し見て回ろうか。
『た……て………か……けて…』
「レクス、何か聞こえなかったか?」
「カイトくん、この辺りは賑やかだから、いろいろ聞こえてるよ!」
何か、頭の中に直接聞こえて来たような感じだったが、“たてかけて”って聞こえた気がするが……気のせいか?
『誰か…助…て』
「あっちだ!」
感覚的に声のする方向に走って行くと、そこには雑貨や工芸品を売る店が出ていた。
「誰か、この辺で助けを呼んでいませんでしたか?」
俺は雑貨店の店主に聞いてみた。
「いや、そんな奴は居なかったぞ」
やっぱり気のせいか?
「そうですか……」
『助けて……』
「また、聞こえた……この中か?」
目の前には樽が有って、その中には木彫りの動物達や、横笛や縦笛のような物、数種類の仮面、多数の皮製品が雑多に入っている。
俺は、その中から、奇妙な仮面を手に取った。それは、鈍色の仮面で、銀色の紋様が彫られている。
目や鼻や口にあたる部分に穴は無く、紐を通す穴だけが有り、革紐が通っている。
「この仮面から聞こえて来るような気がする」
「カイトくん、この仮面を買って欲しいの!」
「おじさん、この仮面は幾らですか?」
「おお、その樽の中はどれでも1個で、銅貨5枚だ。3個買うと銅貨10枚だ」
「「安っ!!」」
レクスが言うから、これも新月シリーズかと思ったけど、違ったみたいだな。
「おじさん、これ1個で良いです。銅貨5枚です」
代金を払って、人通りの無い路地に入った。
「カイトくん、この仮面は新月の仮面だよ!」
新月シリーズかよっ!新月シリーズ、激安だな!神器がこれで良いのか!?
「カイトくん、この新月の仮面はね、不壊、清潔、探知、同調、所有者限定が付与されていて、範囲は狭いけど、心から助けを求めている人を探知して、心の声を所有者に伝えるの!」
「と言う事は今現在、誰かが助けを求めていると言う事か?」
「カイトくんに、声が届いたのなら、そう言う事だよ!その仮面を付けてみてカイトくん!」
仮面を付けてみると、驚いた事に、まるで仮面を付けていないかのように、違和感無く前が見えた。
今も続いている、助けを求める声が、ハッキリと、聞こえて来た。
「カイトくん、声に集中してみて!」
「…………場所が、いや、方向がわかるぞ」
急いでいるからレクス達はアイテムボックスの中に入っている。
レクスは何か用事が有るらしく、神界に行くらしい。
ダイフクはコートのポケットの中に入っている。
正門から出て全速力で西に走ると、街道から左に逸れる道に入って行く。
どうやら、山越えの道らしい。
上り坂を登って山頂に着くと木を切り拓いたような広い場所に出た。
そこには50匹を超えるグレーウルフの群れが、馬車を囲んで唸り声を上げている。
馬車からは、弓で牽制しているが、何時まで保つかわからない状態だ。
「グラン、エル」
「出番だなワッハッハッ」
「グレーウルフだな、物足りないけど、数が多いからそれなりに楽しめそうだぜ」
「グランとエルを馬車まで投げるから、先に馬車の周りを片付けておいてくれ」
「おう、何時でも良いぞワッハッハ」
「すぐに片付けてやるぜ」
俺は馬車の屋根にグランとエルを投げて、その後すぐに、真っ直ぐ馬車に向ってグレーウルフの上を走る。
すし詰め状態のグレーウルフは、咄嗟には動けず、足場になっているしかない。
馬車の前で、グランは得意の高速回転ハンマーでグレーウルフをぶっ飛ばしている。
エルはパンチ、キック、衝撃波など多彩な技でぶっ飛ばしている。
そうして出来た空間にダイフクを召喚した。
「ダイフク、馬車を囲んで守ってくれないか?」
(わかった、カイト。馬車は僕に任せて)
「おはようございます。冒険者のカイトと言います。こんな所で大変でしたね。でも、もう大丈夫です。このホワイトパイソンのダイフクが馬車を守っているから、安心して下さい」
「怪しい仮面だけど、君のテイムモンスターなのか?大きくて強そうだ。だが、グレーウルフの数が多すぎる。更にブラックウルフも最低3匹は見ている。怪しい仮面、君も逃げられるなら逃げたほうが良い」
違和感が全く無いから、仮面を外すのを忘れていた。
「お父様……この方は大丈夫だと、おっしゃいました……私はこの方を……怪しい仮面さんを信じたいです……私はとても怖いです……お父様も失いたくありません………まだ死にたく無いです……」
「アリエル……」
この子はアリエルちゃんか、目に涙を溜めて……余程怖かったんだろう。
「心の中でずっと助けを求めていました……マシューさんは、この馬車なら暫くは大丈夫だと、馬を逃して……ブラックウルフを倒したら……戻って来るって……マシューさん…フリオさん…レイアさん…トーヤさん…マリーさん……皆んな、無事なんでしょうか……」
「アリエル、マシュー達は強い。彼等なら大丈夫だ。怪しい仮面君、私はアランだ。君の落ち着いていて、余裕の有る態度は、外のグレーウルフを何とか出来ると言う事なのか?私達は希望を持っても良いのか?」
この子の父親はアランさんか……きっと、諦めていたんだろうな。
「怪しい仮面さん……」
もう今更仮面を外せないな。それにしても、怪しい仮面は無いだろ!?
読んで頂きありがとうございます。
今回の登場人物
アラン(アリエルの父親)
アリエル(アランの娘)