第138話 放牧場
状態の良いワイバーンを一匹と、バローのダンジョン産フルーツをギルドに納品して、俺とサトミは丁度“CLOSE”の札を“OPEN”に掛け替えていたルークさんの店“ハニー・ビー”の前を通った。
「カイト君、おはようございます」
「おはようございます、ルークさん」
「おはよう〜、サトミだよ」
「おはようございます、サトミさん。今日はまた美しい女性と一緒で羨ましい限りです。カイト君、時間の方は大丈夫ですよね? 良かったらどうぞ入って下さい」
店内に入ると、早速ルークさんが厨房に入って、ポテトチップス、プリン、ミルクレープ、ミックスジュースを出してくれた。
「これは、私がカイト君に教わった通りに作った物ですけど、良かったら味見をしてもらえますか?」
「分かりましたルークさん。見た感じは良く出来ていますね」
「うわ〜、美味しそう」
サトミはテーブルの上のデザートを見て、俺を見て、またデザートを見て、次にルークさんを見る。
その目は爛々と輝いていて、まるでおあずけされている仔犬のようだ。
「あははは、どうぞサトミさん。遠慮なく召し上がって下さい」
「頂こうか、サトミ」
「うんっ! いただきます!!」
ほう……美味いな。プリンの甘さも丁度良いし、舌触りも滑らかに仕上がっている。ミルクレープもしつこく無くて、幾らでも食べられそうだ。
ミックスジュースは……甘さと酸味のバランスが良いな。これは、葡萄が入っているのか? ほのかに葡萄の香りがするな。
店の特徴である蜂蜜も、多過ぎもせず少な過ぎもせず、良い風味づけになっている。
ポテトチップスも丁度良い厚さで油も良く切ってあって、塩加減もバッチリだ。パリッとした食感も合格だ。
ルークさんは、満面の笑みで美味しそうに食べているサトミを満足げな笑みを浮かべて見て、その後、緊張した面持ちで俺が食べている様子を伺っている。
「どうでしょうか……カイト君?」
「ルークさん、文句の付けようがありません。とても美味しいです」
「本当ですか? ああ……良かった」
「これなら自信を持ってお客さんに出せますよ」
「うん、凄く美味しかったよ」
「ありがとうございます。カイト君、サトミさん」
チリンチリンチリ〜ン
扉に取り付けてあるベルが鳴った。どうやらお客さんが来たようだ。
「あっ、いらっしゃいませ~」
「何だか美味しそうな匂いがしているんだけどぉ」
「今日は新メニューがあるんですよ~」
「じゃあ、それを頂こうかしらぁ」
「はい! ありがとうございます〜」
チリンチリンチリ〜ン
「いらっしゃいませ~」
「ルークさん、今日も来ましたぁ」
チリンチリンチリリ〜ン
立て続けに客が入って来たので、代金をテーブルの上に置いて、俺とサトミは席を立った。
「それじゃルークさん、俺達はこれで」
「カイト君、ありがとうございます。また来て下さいね~」
喫茶店“ハニー・ビー”を出た俺達は大通りをのんびりと歩いている。
農産の街というだけあって、通りには色々な野菜を売っている露店が並び、牧畜も盛んな街だから、牛乳、牛肉、豚肉等も売っている。オークでは無く普通の豚肉だ。
そして、絞めた鶏をぶら下げている露店では新鮮な卵も売られていたりもした。
「何処か行ってみたい所はあるか?」
この遅い時間だと、近隣の街や村に行商に向かうのだろう。商品を積み込んだ荷馬車が、街門の方へと急いでいるのを眺めながら、俺はサトミに問いかけた。
「う〜ん、そうだね……放牧場に行ってみたいな」
「牛を見に行きたいのか?」
「うん、だって、前に居た世界でも、この世界でも普通の牛って見た事がないから」
「確かに俺もこの世界に転生して来てからは、売っている肉は見た事があったし買いもしたが、生きている牛そのものは見た事が無いな」
バローのダンジョンで、レクス達が大量に倒した一角牛だったか……あれは黒毛で、長くて太い一本の角が額から突き出ていて、尻尾が三本もある大きな牛だったな。
角と尻尾と大きさ以外は地球の牛と同じだったが、あれはモンスターだ。厳密には牛を見た事にはならない。
「でしょー。あと、牧場って言えば大自然って感じがするよね」
「大自然って……なあサトミ、そこら中大自然なんだが? 寧ろ自然しか無いと思うぞ」
「あっ! あははは、そういえばそうだね」
街の中の喧騒から離れて、石畳で舗装されていない狭い登り道を暫く歩くと、一面に緑の牧草が生えた小高い丘があった。
遠目にポツポツと動いている物が見えるが、あれがサトミの目当ての牛だろう。緩慢な動作で牧草を食んでいるのがなんとなくわかる。
放牧場は、街の中心からかなり離れていて、これだけ歩いてやっと見えてきた。
「馬車を使ったほうが良かったかもしれないな」
「ううん、こうやって周りの景色を見ながら歩くのも私は好きだよ」
「そうか、それもそうだな」
俺とサトミは手を繋いで並んで歩いているが、レクス、エル、マックニャン、ベラは、俺達のかなり先を走っていて、離れ過ぎると走って戻るを繰り返している。
やはり、この中で一番速いのはマックニャンで、次にエル、レクスと続いて、ベラが最後尾だ。
「レクスちゃん達も楽しそうに走っているしね」
「彼奴等は何処に行っても楽しそうだよな」
放牧場で草を食んでいるのは茶色の毛並みの牛で、地球でいえばジャージー種に当たるだろうか。
……と、思ったのだが、尻尾が二本あるから全くの別物と思った方が良いだろう。
「あれはモンスターとは違うよな」
「うん、魔力がそれ程でも無いからモンスターじゃ無いよ」
「それ程でも無いとは言え、魔力があるんだな……」
俺とサトミは広い牧草地帯にシートを敷いて腰を下ろし、アイテムボックスから出した紅茶を飲みながら、のんびりと動いている牛達を見てくつろいでいる。
牛達の見張りだろうか、五人の少年少女が牛達の間を動き回っていた。
レクス達はと言えば、勿論このような場所で走り回っていない筈が無い。前もって、牛を驚かせないように離れた場所で遊ぶように言っておいて正解だったようだ。
「うん? 何か来る?」
「カイト君!!」
俺が何かの気配を感じたのと同時に、レクス達が此方に駆け寄って来た。
「カイト、空だよ。……来たっ!!」
キュェェェェェェエエエエエ
キュエエエエエエエエェェェェ
キュエエエエエエェェェェェェェェ
耳をつんざくようなけたたましい鳴き声と共に、三匹の大きな鳥型のモンスターが此方に向かって来た。
どうやら奴らの目当ては牛のようだ。
「ファングバードなの!!」
なる程、よく見ると大きな嘴にはびっしりと鋭い牙が並んでいる。噛まれると痛いだけでは済まなさそうだ。
「行くぞ、サトミ」
「うん!!」
ブモォォォォオオオオオオオオ!!
俺とサトミが立ち上がり、駆け出そうとすると、今度は牧草地の奥の森から、血のように赤い斧を持ったミノタウロスが地響きを立てながら走って来た。
「こっちからはミノタウロスか!?」
「カイト、私がミノタウロスを……」
サトミが言葉を止めたのは、ミノタウロスが子供達を背に庇い、ファングバードを睨みつけていたからだ。
ミノタウロスは子供達に下がるように身振りで示し、空を飛んでいるファングバードに向かって斧を振り下ろした。
すると、散弾のように火球が一匹のファングバードに放たれて、いくつか直撃する。だが、致命傷には至っていないようで、ファングバードはふらつきながらも上空に避難した。牽制には効果的なようだが……。
「あのミノタウロスって牛と子供達を守っているのかな?」
「何だかそのように見えるな。っていうか、あの斧はマジックアイテムなのか?」
「その通り! あれは私がミノタウロスの為に作らせたマジックアイテムなのさ」
後ろから近づいて来ていた若い男性が、俺の疑問に答えて俺とサトミが座っていたシートに腰を下ろした。
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