第135話 喫茶店 ハニー・ビー②
俺達が喫茶店“ハニー・ビー”で店の雰囲気とお茶を堪能していると、商業ギルドのギルドマスターであるクラリスさんから店のメニューの相談を受けた。
アマンダさんのお姉さんでもあるし、無下には出来ない。そういった訳で、俺はこの店で出来る喫茶店メニューを考える事になった。
扉に“CLOSE”の札を掛けたルークさんはヤル気満々だ。
厨房にある食材は、蜂蜜、果実水の為の各種フルーツ、紅茶の葉、小麦粉、卵、牛乳、天然酵母、砂糖、塩、油があり、何故か各種野菜や肉もあった。
「カイトさん、やっぱりプリンは外せないと想います」
「そうだな。材料は揃っているから出来るだろう。なら、言い出しっぺのアマンダさんには、商業ギルドに行って、プリンの器を買って来てもらおう」
「はいっ! 直ぐに行ってきます!」
何だかアマンダさんが張り切っているけど、どうしたんだろう? お姉さんの前だからだろうか。
「カイトさん、私はフライドポテトが良いと思います」
「ミウラさんの大好物だからな」
「私だけでは無いですからね! 誰だってフライドポテトを食べたら大好物になりますよ!」
「ふ〜ん、そのフライドポテトっていうのはそんなに美味しいの?」
「はい、クラリスさん。食べ始めたら止まらないくらい美味しいです!」
ミウラさんはほっぺたに両手をあててクラリスさんに力説している。
フライドポテトも良いけど、あれも良いんだよな。揚げ時間も少ないし。
「何故だか知らないが、じゃが芋が大量にあるから作れるぞ。ミウラさん」
「やった!」
そんなに嬉しそうな顔をして……ミウラさんが食べたいだけじゃないのか? まあ、それは別に良いとして……。
「ルークさん、このじゃが芋は使っても良いですか?」
「ええ、全部使ってもらっても良いですよ。ここにある野菜や肉は付き合いで買っただけですからね。私が一人で食べ切れるかどうかと心配していたので、使ってもらえると助かります」
付き合いでって言っているが、体良く押し付けられて買わされたんじゃないだろうな?
貴族なのに貴族らしくない人当たりの良い人だしな。ふふっ……嫌いじゃないなこういう人は。
俺はじゃが芋の皮を剥き、スティック状にカットした物と、薄くスライスした物を、別々の水を張ったボウルに入れて、濁りが無くなるまで水を数回取り替えてザルに上げて水気を切る。
その間に、鍋に油を入れて温めておく。
「カイト君、今のはじゃが芋を洗ったのですか?」
「いいえ、これはじゃが芋に含まれているでんぷん質を抜いていたのです。水の白い濁りが無くなるまで繰り返すと、食感が良くなりますからね」
「フムフムなる程……」
そう言ってルークさんは、俺がやっている事や説明を、事細かくメモ書きしている。
メモ書きが追い付くのを待って、水気を切ったスティック状にカットしたじゃが芋を熱した油の中に入れて揚げていく。先ずはフライドポテトからだ。
「フライドポテトの匂いですね」
揚げている途中に、アマンダさんが商業ギルドでプリンの器を買って帰ってきた。
なんともタイミングの良い人だろう。
揚がったフライドポテトの油を切って、大きめのボウルに入れて塩を振りかけ手ばやく混ぜる。
ボウルをフライパンを振る要領で振って混ぜると、早くまんべんなく混ぜる事が出来る。
大皿に山盛りに盛って、彩りにパセリのみじん切りを少量振りかけると出来上がりだ。
「――――――!! 美味い! 外はサクッとして、中はホクホクですね」
「ん〜、本当に美味しいわ。ミウラさんの言っていた通り、私の大好物になりそう」
どうやら、ルークさんとクラリスさんには気に入ってもらえたようだ。
「カイトさん、何だか前に食べた物よりもあっさりとしていますね」
アマンダさんは最初に作ったフライドポテトとの違いに気が付いたようだ。
「これは油の違いだな。前はオークの油を使っていたが、今回は植物由来の油だからあっさりとしているんだ」
王都では植物油が普通に売っていて、俺のアイテムボックスにも買えるだけ買って入れている。
「この油も父が王都から仕入れた物ですよ」
「そうだったのですね。やっぱり王都は進んでいますね、お姉さん」
「王都でも、この植物油は最近になって市場に出始めたのよ。まだ、大量には作られていないから、このベルチにも入って来ていないわ」
転移者を手厚く保護している王都だ。その転移者の中には植物から油を抽出する知識を持った者が居ても不思議ではない。
ルークさんはフライドポテトを小皿に取り分けて、丁度来ている数人の客に試作品だと言って食べてもらい、感想を聞いていた。
「何ですかこれは!? 凄く美味しいです!」
「えっ!? これがじゃが芋? うそ……信じられないわ」
「これは新メニューですか? 絶対に食べに来ます!!」
ルークさんが“CLOSE”の札を掛けたのに居残っている客達は常連客なのだろう、ルークさんと仲が良さそうだ。
次に、薄くスライスしたじゃが芋を、同じように油で揚げて塩を振りかける。そう、ポテトチップスだ。
これも大皿に山盛りに盛り付けた。
「カイトさん! 同じじゃが芋と塩なのに、味が全然違います!!」
「これも美味しいわ~。パリッとした食感が良いですね」
アマンダさんとミウラさんは、初めて食べたポテトチップスに感動している。
そして、クラリスさんとルークさんは……。
「本当に不思議……切り方を変えただけで、こうも味に違いが出るなんて……」
「カイト君、このポテトチップスも良いですね。あ〜、エールが欲しくなってきました」
「あははは、確かにエールに良く合いますね」
俺も昔はビール片手にポテトチップスを食べていたな……。
「――――――手が止まりません!」
「これもじゃが芋ですか!?」
「……」
客席からはそんな驚愕の声が聞こえた来た。見れば、手に取っては口に運び、また手に取っては口に運びを繰り返している。
ルークさんのメモ書きの進み具合を見て、次にプリンの器にアイテムボックスから出したバターを薄く塗る。
これは、アマンダさんとミウラさんにも手伝ってもらい、ルークさんもその作業に加わった。
「これがバターという物ですか」
「はい、商業ギルドにバターと生クリームのレシピを提供したから、すぐにでも商品化すると思いますよ。ですよね? クラリスさん?」
「ええ、今は試作の段階だけど、それが上手く行けば、後は業者の選別をしてギルドに納品してもらい、最初はギルドで販売という形になるわね」
ふと、転移者達がバターと生クリームを作っていなかった事を疑問に思ったのだが、公になっていなかっただけなのかもしれない。
俺がギルドにレシピを提供しなくても、遅かれ早かれ誰かが作って売り出していただろう。
牛乳と砂糖を鍋に入れて温めている間に、小鍋に砂糖を入れてカラメルソースを作り、バターを塗った器に少量ずつ入れる。
「ルークさん、カラメルソースは冷めると固まるから、手早く入れますよ」
「味見をしても良いですか?」
ルークさんが鍋にスプーンを近づけて来たので急いで止める。
「駄目だ!! 火傷するぞ!!」
「ひっ!?」
ルークさんはその一言で、スプーンを持った手をサッと引っ込める。
多少、殺気が漏れたようで、ルークさんの顔が青褪めているけど、口の中を火傷するよりはましだろう。
ルークさんが気を取り直して、スプーンをペンに持ち替えた所で、ボウルに割り入れた卵を泡立て器で泡立たないように潰すように混ぜて、人肌程度に温めて砂糖が溶けた牛乳を加える。
先程のカラメルソースの件も含めて、色々と注意事項を説明しながら、ルークさんのメモ書きに合わせて作業をする。
ルークさんは、一つ一つの作業を食い入るように見て、必死で覚えようとしているのが伝わってくる。教えがいのある人だ。
プリン液を濾し器で濾したら、天板に並べた器に入れて、その周りに湯を張り、オーブンの中へ。
「だいたい蒸らしを入れて四十分くらいでオーブンから出して、冷めたら冷蔵庫に入れます。で、これが出来上がったプリンです」
俺は店内に居る客の分も含めて、アイテムボックスから作り置きのプリンを出した。
先程から居た客たちは、仲良くなったレクス、エル、ベラを抱えて、カウンターから此方を覗き見ている。
ルークさんは彼女達にプリンを配り、そして試食を開始した。
皆がとろけるような顔で試食をしている間に、俺は別のメニューに取り掛かった。
この店の名が“ハニー・ビー”という事もあり、そして蜂蜜を使っているのだから、それに相応しいメニューを作りたかったのだ。
俺自身、最初は仕方無しにメニューを教えていたのだが、何処かのスイッチが入ったのだろう、今では楽しくて仕方が無い。
鍋に、水と砂糖と蜂蜜をいれてシロップを作り、その中に各種フルーツを賽の目にカットして入れる。
農産の街ベルチでは、普通にハウス栽培が行われているらしく、量は少ないが、季節に左右されずに市場に出ているそうだ。
此処からは、ルークさんが今まで使った事が無いと言っていたミキサーの出番だ。
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