第134話 喫茶店ハニー・ビー①
農産の街ベルチの商業ギルドに、バターと生クリームのレシピを売り、ポケット農村と漁村の野菜や魚を卸す約束をしたあと、俺達は商業ギルドから出て冒険者ギルドで聞いた喫茶店に行く事にした。
その喫茶店は商業ギルドからも近いので、程なくして店の前に着いた。
店の扉の上には“喫茶店ハニー・ビー”と書かれた看板が掛かっている。
チリンチリンチリン
「いらっしゃいませ~」
ベル付きの白い扉を開けると、白いレースの付いたエプロンを掛けたイケメンが声を掛けてきた。
さっき、商業ギルドで見た優男だ。エプロン姿が何故か良く似合っている。
若い女性に人気があるのも、何となく頷けるものがあった。
「ご来店ありがとうございます。あなた方は先程、商業ギルドで見かけましたよ。あははは」
「はあ……」
「あっ、こちらの席にどうぞ」
俺達は勧められた席に座り、テーブルの上に置いてあったメニュー表を手に取った。
レクス、エル、ベラは俺の隣の空いている椅子に大人しく座っている。
「何だかワクワクしますねカイトさん」
「ん? そうか?」
「そうですよ、カイトさん。こんなお洒落なお店は初めてですから」
確かにこの世界で喫茶店は珍しい。しかも、店舗の外装や内装が日本の喫茶店のそれに酷似している。
俺には特に違和感は無いが、アマンダさんやミウラさんはワクワクするのかもしれない。
「う〜ん……何にしようかしら……」
「何だかメニューは普通ですね。アマンダさんは何にします?」
メニューを見てみると、果実水と紅茶と焼き菓子しか無い。何処に悩む要素があるのだろう。
結果、三人とも紅茶と焼き菓子を注文した。
俺達の周りには他に三組の客が入っており、そのどれもが年齢層はバラバラだが女性客ばかりだ。
律儀にお約束をしてきた冒険者の言うとおりだった。
「お待たせしました。紅茶と焼き菓子です。焼き菓子は甘さを控えめに作っていますから、お好みでこの蜂蜜を掛けてみて下さい。勿論、紅茶に蜂蜜を入れるのもオススメですよ」
なる程、蜂蜜を使うから店名が“ハニー・ビー”なのか。
「はぁ……良い香り……良いお茶の葉を使っていますね」
「ギルドの紅茶とは比べ物にならないくらい美味しいわ」
「うん、確かに美味い」
日本で飲んでいた一般的な紅茶よりも美味いような気がする。
一口飲んだ後で、優男がオススメだと言っていた蜂蜜を紅茶に入れて飲んでみた。
「ほう……これも中々美味いな」
次に焼き菓子をそのまま小さく一口齧ってみる。
少し甘い乾パンのようだ。固いけど、この世界では一般的な焼き菓子だ。
今度はそれに蜂蜜を掛けて食べてみた。
「――――――っ美味しいー!!」
「ミウラちゃん、声が大きいですよ。うふふ……でも、美味しいから仕方が無いですね」
「うん、これはこれで中々美味いな。この固さが良いのかもしれない。アマンダさん、しっかり噛んで食べると満腹中枢が刺激されて、少し食べただけでもお腹がいっぱいになるぞ」
「まんぷくちゅうすう???」
「まあ、しっかりと良く噛んで食べろっていう事だ」
「はい、分かりました。良く噛んで食べます」
何度も何度も良く噛んで食べれば、いくらアマンダさんでも沢山は食べられないだろう。
それにしても、この店構えでメニューが果実水と紅茶と焼き菓子だけでは勿体ないと思うのは俺だけか?
いや、確かに紅茶も、蜂蜜を掛けた焼き菓子も美味いんだが……って、俺が考える事でも無いか。人気があるらしいから、これはこれで良いんだろう。
「店主も感じの良い人だし、お店の雰囲気も良いし、紅茶も美味しいし、今度は皆でまた来たいですね」
ミウラさんは“ハニー・ビー”が気に入ったみたいだ。
アマンダさんも肯いているから明日も来ても良いかもしれないな。
「あら、あなた達も来ていたのね」
「えっ? お姉さん?」
俺達が店の雰囲気とお茶を楽しんでいると、商業ギルドのギルドマスターである、アマンダさんのお姉さんのクラリスさんが店の中に入って来て、俺達の隣のテーブル席に座った。
「ルークさん、私にも紅茶と焼き菓子をお願い」
「いらっしゃいませ、クラリスさん。直ぐにお持ちしますね」
どうやら、クラリスさんは此処の常連のようだ。
「ねえ、あなた達はこの店のメニューをどう思う?」
「私は普通ではないかと思います」
「そうですね。紅茶も蜂蜜を掛けた焼き菓子も美味しいですし」
アマンダさんは普通だと言っているが、この世界だとやはりこれが普通なんだろう。
「カイト君でしたね。あなたはどう思いますか? ――――――クラリスさん、どうぞ、紅茶と焼き菓子です」
店主のルークさんが話に加わってきた。やはり、自分の店の事だから気になるのだろうか。
「ミウラさんが言うように美味いんだけど、もう少し品揃いがあれば、俺は良いんじゃないかと思います」
「やっぱりそうですよね。これでは直ぐに飽きられてしまいますからね」
「どうかしら、何かこのお店に合うメニューがあれば教えてもらいたいのだけど」
「カイトさん……」
アマンダさんのお姉さんであるクラリスさんにそう聞かれると無下にもできないな……。
アマンダさんも俺を心配そうに見ているから、何か出来そうな物でも考えてみるか。
そういった訳で、俺達は厨房に入った。レクスとエルとベラは、店内に居る他の客に愛想を振りまいている。
「凄いな……」
厨房には必要な器具が全て揃っていると言っても過言では無い。思わず感心して感嘆してしまった。
「どうですか? この調理器具の数々は?」
ルークさんは両手を広げてとても自慢げだ。実際、自慢するだけの事はあると思う。
ざっと見ただけでも、大小様々な大きさのフライパンや鍋や包丁、泡立て器、皮むき器、おろし金、ボウル等の小物。
魔道具では、オーブンや冷蔵庫、そしてミキサーらしき物まであった。
「尤も、使い方も、何に使ったら良いのかも分からずに、ただ置いてあるだけの物の方が多いですけどね。あははは……お恥ずかしい限りです」
「それにしてもこれだけの設備が揃っているのは大したものですね」
「これは全て父親が揃えてくれた物なのです。私は子爵家の三男ですけど、武芸全般がさっぱりで、騎士団に入る事が出来ない私の為にこの店を作ってくれたのです」
いくら騎士団に入れないとしても、普通はここまでの事はしないと思うのだが、余程家族思いで優しい子爵様なのだろう。
「父がここまでしてくれるのは、父の母親、私にとっては祖母ですけど、その祖母が、私が子供の時に“喫茶店”の話を良くしてくれまして、父や兄達も一緒に聞いていたからだと思います。祖母は転移者で、何時も懐かしむように話していましたからね。この店の外装や内装は、祖母の話の中の“喫茶店”を出来るだけ再現した物なのです」
そうか、だから日本の喫茶店に近い作りの店になっていたのか。
「父が王都の転移者の魔道具職人に依頼して、色々な器具を作ってもらったのですけど、祖母から聞いた料理が私にはピンと来ないのもあり、その器具を使いこなせていない事もあって、果実水と紅茶と焼き菓子だけのメニューになっているのです」
転移者の魔道具職人!? だからミキサーがあるのか? ビショップの奴、何で教えてくれなかったんだよ……。
――――――――ガタコンッ!!
「何? 何の音?」
アマンダさんが、いきなりの音に吃驚して、俺の腕にしがみつく。
音がした方を見てみると、何やら長方形の箱が置いてあった。
その箱は外側が金属で出来ており、正面に扉が設えてある。
「ああ、これはですね、氷を作る魔道具ですよ。あははは」
「氷……? 製氷機なのか?」
ルークさんが扉を開けて見せてくれた。
「時間が経つと、この上に出来た氷の塊が、下の突起の上に落ちて来て丁度いい大きさに砕けるのですよ」
「製氷機まであるのか……」
次に王都に行った時はビショップに聞いてみよう。
もしかしたら、地球で使っていた物が魔道具として売られているかもしれない。
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