第129話 助けは必要か!?
「やあ、いい天気だね」
俺とアマンダさんが歩いていると、馬車に乗った商人らしき人が後ろから声を掛けて来た。
馬の蹄と車輪の音で馬車が後ろから来るのが分かっていたから、俺達は予め斜面側に寄って歩いていたが、まさか声を掛けて来るとは思わなかった。
「もう少しすれば乗合馬車が来ると思うが、君達は二人だけのようだし、良かったら乗っていくかい?」
その馬車は一頭立ての馬車で、荷台には生活雑貨や、乾物や野菜等の食料品が積まれており、空いたスペースに護衛の冒険者二人が座っていた。
「旦那、護衛対象が増えるのは契約違反だぜ」
「そうね、それにもう座れそうな場所も無いわよ」
「ああ……詰めたら何とかならないかね?」
「ん〜、ならないわね」
確かに馬車の荷台にはこれ以上詰める場所は無さそうだ。
尤も、俺達がこうして歩いているのはアマンダさんの運動のためなので、馬車に乗る気はこれっぽっちも無い。
「俺達の事は気にしないで下さい。天気も良いですし、のんびりと歩いて行くのも良いものですからね」
「そうかい。何だか悪いね。気を付けて行くんだよ」
そう言って馬車は俺達の横を通り過ぎて、やがて見えなくなった。
「商人のおじさんは良い人みたいでしたけど、護衛の人は何だか良い感じのしない人達でしたね」
「そうか? だがな、護衛対象が増えるということは、護衛にとってはそれなりの負担になるし、自分の命にも関わって来ることだからな」
「それはわかりますけど、カイトさんに護衛は必要無いと思いますよ」
「それは、向こうには分からないことだと思うぞ」
腕の立つ者ならば、相手を見ただけでその実力を見抜く事も出来るが、そういった者は案外少ないものだ。
「それに言い方というものがあると思います」
「あははは! 冒険者にそれを言うのは少し酷だと思うぞ」
「うふふ、確かにそうですね」
俺達がそうやって話しながら歩いていると、また後ろから馬車の音が聞こえてきた。
「乗って行くかい」
乗合馬車の御者が、声を掛けて来た。
「いえ、俺達は歩いて行きます」
「そうかい、気を付けてな」
過ぎ去って行く馬車は商人が言っていた乗合馬車だ。
幌付きの大きめな二頭立ての馬車で、最後尾に二人の冒険者が護衛として乗り込んでいるのが見えた。
こちらも男女二人のパーティーで、女性の冒険者の方は俺達に手を振っている。レクスとエルとアマンダさんが手を振り返すと、嬉しそうに微笑んで手を振る勢いが増したように見える。
「カイトさんのお知り合いですか?」
「いや、知らないな」
「カイトさんの事だから忘れているとか?」
「いや、本当に……っていうか、今失礼な事をサラッと言ったな?」
「だって本当の事ですからね。うふふっ」
確かに、人の顔と名前を覚えるのは苦手だが……ああ、そうだな。認めよう。俺が忘れている可能性もあるな……。
「ふう〜、少し汗をかきましたけど、風が心地よいですね」
「どうだ? たまには歩くのも良いだろう?」
「はい、少し痩せたような気がします」
いや……そこまで簡単じゃあ無いと思うが、本人がそう思っているのなら、此処は肯定した方が良いのか?
「ああ、そうだな。その調子で頑張れ」
「はいっ! 頑張って歩きます」
肯定したのは正解のようだ。豊かな胸の前で両拳を握って気合を入れるアマンダさんが、額に滲む汗をキラキラと輝かせ、まるで青春スポ根じみた笑顔で言っている。
でも、ただのダイエットだからな。
「もう少し歩いたら休憩をしよう」
「はい。少しお腹が空きました」
「いや、何も食べないぞ。ただ休んで水を飲むだけだ」
「やっぱり、そうですよね……我慢します」
少しの休憩をしたあと歩き出して暫くすると、街道の先が大きく右に曲っていた。
「カイトくん」
「ああ、レクス、エル、先に行って様子を見てくれ」
「はいなのっ!!」
「了解だぜ!!」
街道が大きく右に曲っているのでまだ見る事は出来ないが、モンスターの気配と人の気配を感じた俺は、此処にアマンダさんを置いて行く訳にもいかないから、レクスとエルに様子を見に行ってもらった。
「アマンダさん、この先でモンスターと冒険者が戦っているみたいだ。少し急ぐぞ」
「はい、カイトさん」
俺はアマンダさんの手を引いて、小走りでレクスとエルの後を追った。
レクスとエルが立ち止まって見ているところを見ると、どうやら危機的な状況では無いようだ。
「レクス、エル」
「あっ、カイトくん!!」
「今の所、連中は危なげ無く戦っているぜ」
見ると、先程の商人の馬車と乗合馬車が止まっていて、両方の護衛がフォレストウルフと上手く戦っていた。
フォレストウルフの数は十五匹程だが、ホーンウルフに比べると身体も小さく、力も弱い。
「そのようだな。だが一応聞いてみるか」
戦いに勝手に参加すると、冒険者によっては獲物を横取りされたと思う者も居るから、後から来た者は確認をする事が冒険者同士のマナーになっている。
護衛途中でモンスターが襲って来ても、それに対処出来るのであれば、冒険者にとっては良い臨時収入になるからだ。
「おーい、助けは必要か!!」
俺の声に、フォレストウルフに剣を叩きつけた、身体の大きな剣士が振り返って俺を見た。
「要らねえよ!! 足手まといは引っ込んでろ!!」
「ちょっと、そんな言い方したらだめじゃん。ゴメンね、口が悪くて。此処は私達だけで大丈夫だから」
二人は乗合馬車に乗っていた護衛の冒険者だった。
やはり、手を振っていた女性の冒険者に見覚えは無い。因みに女性冒険者は弓士のようだ。
「あっ、君達! 早くこっちに、馬車の後ろに隠れて!!」
声のした方を見ると、商人のおじさんが手招きをしていたので、俺はレクスを抱えて、そしてアマンダさんはエルを抱えて、言われた通り馬車の後ろに歩いて行った。
「チッ、護衛対象が増えやがった」
「はいはい、あんたもそんな事は言わずにさっさと片付けるわよ」
此方は商人の護衛で、筋肉質の男性冒険者の方は格闘家のようで、両手にはガントレットを装備している。
そして、女性の方は魔法使いのようで、先程から氷属性のアイスニードルやアイスアローを放っていた。
「君達が無事で良かった。此処に隠れていれば大丈夫だからね」
「はい、ありがとうございます。私はアマンダで、こちらがカイトさんです」
「ああ、私は行商をしているリンゴー。あっ、リンゴでは無くてリンゴーだからね。あはははは!」
「おじさん、余裕ですね……」
「おじ……私はこう見えてもまだ二十六歳だからね!? おじさんでは無いから。それに彼等の腕は信用しているから、こうやってお喋りも出来るんだよ」
「あはははは! この子達から見ればリンゴーさんは立派なおじさんですわよ。あと、悪いけど素材を剥ぐまで待ってもらえますか?」
「ああ、構わないよ」
どうやらフォレストウルフの討伐は終わったようで、四人の冒険者はせっせと解体しているところだ。
「それでは俺達は行きますから」
何時までも此処に居ても仕方が無いから、アマンダさんの運動の為にさっさと歩き出そう。
ギィヤオオオオオオオオオォォォォ
と、思ったら、真上から物凄い声が聞こえてきた。
「ワイバーンだ!! クソッ、フォレストウルフを狙って来やがったな」
「逃げるぞ。俺達には無理だ!!」
ワイバーンは俺達の頭上で旋回している。乗合馬車の護衛の剣士が言ったように、どうやらフォレストウルフを狙っているようだが、俺達も逃がすつもりは無いらしい。
その証拠に、上空から馬車をめがけて、大きく開けた口から火の玉を放ってきた。
「シールド!!」
ワイバーンが放ってきた火の玉が唸りを上げて飛んで来て、俺が張ったシールドに弾かれた。
護衛の冒険者が発したワイバーンと言う言葉とワイバーンの火の玉を見た乗合馬車の乗客は、悲鳴を上げながら馬車から転がり降りて、頭を抱えて馬車の下に潜り込んで震えている。
こうなっては馬車で逃げる事は出来なくなった。
「お前、今どうやって……?」
多分、剣士の冒険者はシールドの事を言っているのだろうが、説明するのが面倒だ。
「そんな事はどうでも良い。それよりも、助けは必要か?」
「ふざけるな!! お前にどうにか出来るのか!? クソッ!! 出来るものなら助けてもらいたいぜ! ったく……おいっ! お前ら! 覚悟を決め……」
「言質は取ったぞ。あのワイバーンは俺に任せろ。レクス、エル、アマンダさんを頼んだぞ」
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