第128話 アマンダさんのダイエット!?
とんど祭りを楽しんだあと、村人の好意で一夜を村で明かした俺達は、朝早く馬車に乗り込み東の国へ出発した。
「では、朝食の準備が出来ましたらお呼び致します」
「あ、ララさん、昨夜は食べ過ぎたので軽めでお願いします」
「「えっ!?」」
ララさんが新月の館に戻り朝食の準備をしてくれると言うので、俺が軽めでと言うと、アマンダさんとマールさんが、まるでこの世の終わりが来たかのような顔をして驚いていた。
「ああー、ララさん」
「クスッ……はい、分かっています」
「安心しろ。二人の分はララさんも分かっているみたいだ」
この二人は、俺達よりも食べていた筈だよな。しかも、今手に持っている串団子も食べるんだよな?
この世界でブクブクと太っているのは、高価な砂糖や肉を惜しげも無く使った料理を毎食のように食べている貴族や大商人くらいのもので、平民は大多数が痩せている。
だから、どちらが健康かと言えば平民の方が健康で、病気になるリスクが低いのではないかと俺は思うのだが、衛生面の事を考えると、一概にそうは言えないのだろう。
病気に罹った時に貴族ならば医師を呼ぶなり、薬を買うなりすれば良いのだが、平民で収入が少ない者だと薬を買う事もできずに、ちょっとした風邪をこじらせて死に至る事も珍しくない世界だ。そう思うと何だかやるせなくなってくる。
「カイトさん、どうかしたのですか?」
俺が考え事をしていたのが気になったのだろう。アマンダさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「ああ、いや、少し考え事をしていただけだが、マールさんは良いとして、アマンダさんは食べた分のカロリーは、運動で消費するようにした方が良いぞ」
「カロリーって何ですか?」
「は? ああ、分かりやすく言うと栄養だな。栄養が身体に蓄積されていくと、太るだけではなく病気に罹る確率が高くなるからな」
「ふ、太る……」
「いや、病気の方を気にしてほしいんだが……」
マールさんの場合は自主練で走り込みをしたり、俺と模擬戦をしたりしているから、それほど気にする事は無いだろうが、アマンダさんの場合は定期的に言わないと駄目かもしれないな。
暫く馬車を走らせると、朝食が出来たとマークが知らせに来てくれたので、一旦新月の館に戻った。
「ねえアマンダさん」
「なあにミウラちゃん」
「最近ちょっと食べ過ぎだと思うんだけど……」
「だって、美味しいんだもん……」
アマンダさんとマールさんの皿には、薄くスライスしたローストビーフが十枚、卵二個の目玉焼き、サラダが所狭しと隙間なく盛り付けられている。
この二人以外は、ローストビーフが二枚、目玉焼きは卵一個、サラダはアマンダさんとマールさんの半分の量で、皿に美しく盛り付けられている。
うん、これぞ余白の美だな。
テーブルの中央には、籠に入ったこぶし大の丸パンが山のように積まれていたが、アマンダさんとマールさんが食べているところを見ているだけで満腹になったような気がしたので、パンは一つで十分だ。
アマンダさんとマールさんはと言うと、仲良く丸パンを三つずつ食べていた。
これは少し……いや、しっかりと運動をさせないと、ヤバイ事になるかもしれないな。
「と言う事で、今日は馬車を使わずに歩いて行くぞ」
「と言う事でって、どう言う事ですか、カイトさん!」
「と言う事だ、アマンダさん。なんなら走っても良いぞ」
俺が歩いて行くと言うと、アマンダさんは青い顔をしていたが、ミウラさんとミシェル神父は、うんうんと肯いていた。
「い、いえ……歩いて行きます……」
「たまには歩くのも良いと思うぞ」
「……はい、カイトさん」
天気のいい日は、道端に咲く草花を愛でながら歩くのも、悪くは無いと思う。
「あっ、カイト殿。今日は教会で一日中祈りを捧げる日なので、残念ですが御一緒出来そうもありません。そうですよね? ファビアン神父」
「えっ? ああ……そ、そうでしたミシェル神父。私とした事が、すっかり忘れていました。あはは……」
「では、私はお二人の護衛騎士ですので教会で護衛の任に付きます」
ミシェル神父とファビアン神父は聖職者だ。そしてマールさんは神殿の聖騎士として、ミシェル神父とファビアン神父の護衛を司教様から命じられて此処に居る訳だから、俺達の冒険に何時も何時も付き合わせる訳にはいかない。
それに、レクス達も祈りを捧げられて喜ぶだろう。
教会を作った甲斐があるというものだ。
「分かりました、ミシェル神父。あっ、そうだ!出発前に俺達も教会でお祈りをして行きますよ」
「それは良い心がけです。神は何時でも私達を見ていらっしゃいますからね」
うん、確かに何時もすぐ傍で見ているな。今はパンを食べるのに忙しそうだが……。
「あの、カイトさん。私も……」
「うん? ミウラさんもお祈りなのか?」
「いえ、私は報告書を書かないといけないので」
「そうか、仕事なら仕方が無いな」
元々ミウラさんは、点在する冒険者ギルド支部の視察の為に俺に同行していて、俺にも冒険者ギルドからの指名依頼として、一日金貨二枚が振込まれているので、ミウラさんの仕事の邪魔をする訳にはいかない。
「結局二人だけになりましたね」
「まあ、大勢でぞろぞろと歩くよりは良いと思うぞ」
アマンダさんの言うように、二人だけで街道を東に向かって歩いている。
いや、俺達二人の前にはレクスとエルが歩いたり、走ったり、街道脇の斜面を滑り下りて駆け登ったりと、兎に角元気よく遊んでいる。
サトミは、ミントと一緒に妖精の森へ行き、種を蒔く為の準備をするらしい。
キョウヤは自室で寝ている。精神体はバローのダンジョンに行っているのだろう。
マックニャンはワラビにブラシがけをするらしいし、グランは何処で何をやっているのか分からない。
そう言いう訳で此処に居るのは俺とアマンダさんとレクスとエルだけだ。
「それもそうですね。あっ!あんな所にお花が咲いていますよ」
進む先の街道脇の斜面にピンク色の小さな花が群生している。
花の名前までは分からないが、風に吹かれて揺れている様は可愛らしく、見ていて飽きが来ない。
「歩いていると、こういった景色もゆっくりと見る事が出来て、中々良いものですね」
「そうだな。馬車だと一瞬で通り過ぎるか、花が咲いていても気が付かないかもしれないな」
そうやって二人で喋りながら歩き、咲いている花の近くまでやって来た。
「うわぁ……」
「カイトさん、前言撤回です……」
風に吹かれて揺れていると思っていた花は、棘蔓にゴブリンを巻き付けて血を吸っていた。
「まあ、こういう事もあるよな……あまり見ないように通り過ぎるぞ。アマンダさん」
「はい、カイトさん。私、何だかショックです」
俺達は真直ぐ前を向き、斜面を見ないように歩を早めた。
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王都の外壁の前には、王国騎士団が何時オークが攻めて来ても良いように陣を張っている。
そこへ、一頭の早馬が駆けて来た。
「オークが進軍を開始しました!!」
「良し! やっと動き出したか。各部所と冒険者ギルドに伝令を出せ」
王国騎士団は広い草原の中央でオークを迎え撃つべく進軍を開始し、Cランク以上の冒険者は、待ってましたと言わんばかりに戦場へ駆けつけるのであった。
王国騎士団はオークの正面から、冒険者達は広い草原を利用して左右から挟む形で、粗悪な武器を持ったオークの軍勢を始めから圧倒している。
弓士達の矢と魔法使いの魔法は内側のオークを弱らせ、圧倒的有利な条件で、剣や槍で次々と倒していく様は、最早作業と言っても良いだろう。
「ハッハッハッハー! 楽勝楽勝っうわ!? 痛ってぇぇぇ!」
「気を抜くな! いくらオークでも油断は禁物だ。怪我をした者は後ろに下がって治療を受けろ!」
戦闘が流れ作業の如くになると、油断をする物も出て来るようで、傷を負った兵士は後方で控えている回復術師に回復魔法を掛けてもらっている。
「行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇぇ!!」
「おい、バーン! お主は燃費が悪いのであるからして、最初から飛ばすでない」
「いいや、俺がバテたらおっさんに後を任せるぜぇぇぇぇ行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇぇ!!」
「いやはや全く……」
「キドニーさん、バーンは放って置きましょう。では、キドニーさん、ステイさん、私達も行きましょう」
「であるな、レイニー」
「あわわわ……足を引っ張らないように頑張ります」
―――――――ドドオオオオオオオオン
熱血一番こと、バーンが身体を燃やしながら突っ込んで行った反対側から大きな音がして、大量のオークが宙を舞っていた。
「ベアーズ、私にも残しておいてよ」
「ワッハッハッハ! ちとやり過ぎたようだ。すまんな、タイニー」
「別に良いわ。あなたとは放れて戦うから」
戦斧を肩に担いだ熊のような大男のベアーズは、カイト達のAランク昇格で試験官を務めた熊男である。
そして、しなやかな身体つきのタイニーは、ベアーズと同じく試験官を務めた虎獣人であった。
戦斧の一振りで、大量のオークをぶっ飛ばすベアーズから距離を取ったタイニーは、スピードに物を言わせて、オークを次々とその手甲から伸びた爪で切り裂いていったのである。
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