第125話 カイト、東の国へ
俺達は今、新月の馬車に乗って王都を出てから東の国を目指している。
御者は不動のマックニャンで、ワラビの背には人形形態のダイフクが乗っている。
レクス、グラン、エル、は屋根の上で何やら歌っている。
そして、新月の馬車の中はと言うと、アマンダさん、ミウラさん、キョウヤ、ミシェル神父、ファビアン神父、マールさんがソファーに座って、紅茶を飲みながら雑談をしている。
「それにしても、この馬車の乗り心地は最高ですね」
「そうですねミシェル神父。これなら一日中どころか一週間乗りっぱなしでも苦になりませんね」
「ファビアン神父? 流石に一週間は大げさじゃあないですか?」
「あははははは! 物の例えですよマールさん」
大聖堂組のファビアン神父が言っている様に、確かに一週間は大げさかもしれないが、二〜三日なら乗りっぱなしでも苦にはならないだろう。
しかし、俺達の旅は夜になれば新月の館に帰る事が出来るから、まず一日中馬車に乗りっぱなしという事は無いと思う。
「私も最初は驚きましたが、ふふふ……慣れというものは恐いものですね、今では他の馬車に乗るとお尻が痛くて痛くて……」
「あっ、アマンダさん! 私もですよ。トイレの付いていない馬車なんてもう乗れません。これも全てカイトさんのせいです!!」
「あははははは! カイト君を悪者にしたら可哀想ですよミウラさん」
「キョウヤ殿の言う通りですよミウラ殿。トイレは重要ですからね。カイト殿には感謝しなくてはいけません」
キョウヤ、マールさん。庇ってくれてありがとう。
それにしてもミウラさんは俺に恨みでもあるのか?
「ふふふ、私共もカイト様には感謝しか御座いません」
フェルナンさんがカウンターの内側でグラスを磨いていて、その対面のカウンター席に俺とサトミは座ってフェルナンさんが入れてくれた紅茶を飲んでいる。
棚にグラスを置いておくだけで、レクスの付与魔法の効果で勝手に綺麗になるのだけれど、きっと何かをしていないと手持ち無沙汰なのだろう。
――――――――真面目な人だ。
「面と向かって言われると気恥ずかしいから勘弁して下さい。フェルナンさん」
「ふ~ん、カイトでも恥ずかしがる事があるんだね。あははははは」
「俺も普通の人間だからな、サトミ」
「「「「「「「えっ!?」」」」」」」
「はっ? 何で?」
何故かフェルナンさんは苦笑いで、それ以外の全員が驚きの声を上げるが、何だか腑に落ちん……
「カイト〜、大豆がなくなったわ」
「おう、分かった。今出してやる」
窓の外からミントが入ってきて、俺が追加で出した大豆の袋を持って馬車の後ろに飛んで行った。
自分よりも大きな袋を持って、よく飛べるものだと感心していると、ポポーっとワラビが嬉しそうに鳴いているのが聞こえて来た。
そう、ワラビは旅の定位置である馬車の後ろを、首を縦に振りながらひょこひょこと歩いて付いてきている。
そして、ミントは馬車の後部から、大豆を一つずつワラビに投げ与えているのだ。
ミントはそれが面白いらしく、ワラビは大豆が貰えて喜んでいる。
これこそ、ウィンウィンの関係だな。
あと、ララさんとメロディーちゃんとマークは新月の館で何やら仕事をしている。
それ程やらなければいけない事は無いと思うのだが……
マツリは妖精の森の冒険?が終わったら帰るのかと思っていたのだが、ジョニーに何か用事がある様で、今はGの館に行っている。
「カイト君、村が見えて来たニャン」
マックニャンが御者席の窓を開けて教えてくれた。
「アマンダさん、次の村には何か特産品があるのかな?」
「いいえ、特にこれと言った物や珍しい物は無く、畑と竹細工で生計を立てている三十人前後の小さな村ですね」
「そうか、それならマックニャン、村はスルーして先に進むぞ」
「了解ニャン!」
俺達は、村には寄らずにそのまま真っすぐ進む事にした。
途中、小山を迂回するカーブに入ると視界からその村は一旦外れ、再び視界に入った時はかなり村に近付いていた。
そして、村から火の手が上がり、喧騒が聞こえて来た。
「カイトさん!? あれは火事ではないでしょうか?」
普通、この様な小さな村ではあり得ない騒がしさに、窓から身を乗り出して見ていたアマンダさんが慌てていた。
「マックニャン、予定変更だ。少し村に寄って行くぞ」
「了解ニャン! でもあれは火事では無いみたいニャン」
「やっぱりそうか、アマンダさん、慌てなくても大丈夫だ。あの火は多分あれだ」
馬車の窓から外を心配そうに見ていたアマンダさん、ミウラさん、ミシェル神父、ファビアン神父、そしてマールさんは、俺の言葉を聞いてもまだ不安を顔に滲ませているが、サトミとキョウヤは逆にワクワク顔になっている。
「うん、僕もそう思うよカイト君。きっとあの火はあれだね。あはは……懐かしいな」
「ねえカイト、早く行こう」
――――――――――――パーン!!
「きゃっ!!」
熱で竹が膨張し、大きな音を立てて破裂すると、アマンダさんとミウラさんは馬車の中に頭を引っ込めて耳を押さえている。
「ははは、アマンダさんとミウラさんは大袈裟だな。サトミ、先ずは村の人達に俺達も参加しても良いか聞かないとな」
村に入ると、広場の中央で燃えている櫓に組んだ竹を囲み、酒を呑んでいる男達が目に入った。
そして火の周りには、先の方に芋やパンを挟んだ細長い竹を地面に突刺している。
「あんたらは旅の人かいな?」
新月の馬車から降りた俺達が近付いて行くと、程よく酔った爺さんが声をかけて来た。
「はい、旅の途中に村の前を通ると、とんど祭りが見えたので寄ってみたのですが、俺達も参加させてもらう事は出来ますか?」
「とんど祭り? ああ、竹焼きの事かいな。そう言えば昔はどんど焼きとか言うてたの」
日本でも地域で呼び名が違うので、取り敢えずとんど祭りと言ってみたが、まさか竹焼きと言うストレートな呼び名だとは思わなかった。
尤も昔はどんど焼きだったそうなので、長い年月で呼び名が変わっていったのだろう。
火から離れた所に村の女性達がテーブルに料理を並べている横に、俺達も参加の了解が取れたのでテーブルを出して、村人達とシェア出来るように料理をアイテムボックスから出して並べた。
そして、細長い竹の先にアイテムボックスから出した切り餅を挟んで、サトミとキョウヤが火の前に次から次に突き刺していった。
村人達は、竹焼きの火の中に古くなって使わなくなった、竹で編んだカゴや、壊れて使えなくなったザルや杓子を投げ入れている。
よく見ると、真新しい物も投げ入れているのだが、聞いた話によると子供達が作った竹細工の失敗品らしい。
古くなって壊れた道具には感謝の気持ちを込めて焼き、失敗した竹細工は、次はもっと上手に作る事ができますようにと願いを込めているそうだ。
「カイト様、そろそろお餅も焼けてきたみたいです」
「ありがとう、ララさん。焼けた餅を皆に配ってもらえますか?」
「はい、畏まりました」
新月の館からララさん、メロディーちゃん、マークを呼んで、今日の夕食は此処で食べる事にした。
念話でマツリにも来るように伝えている。
「こんな幻想的な雰囲気で食べるお料理も美味しいですね。ララさん」
「そうですねアマンダ様。この様な経験は初めての事ですけど良いものですね」
元が貴族のフェルナンさん一家は初めての経験らしい。
アメリカ人のマークはキャンプファイヤーで似たような事をしていたみたいだ。
そのマークとメロディーちゃんは村人達に混じって楽しそうに喋りながら餅を食べている。
「マツリ、その手に持っているのは何だ?」
マツリは手に少し大きめの虫籠を持っていた。
聞かなくても想像は付くのだが、聞かずにはいられなかったのだ。
「“G”ですわ♪ ジョニー様にお願いして譲ってもらいましたの♪」
マツリの世界では、マツリが持って帰った“G”を見た貴族連中が、是非売って欲しいと次から次に来るものだからマツリも困っていたらしい。
もう暫く放っておけば勝手に増えるのだが、せっかちな貴族連中は待てなかったようだ。
世界が違えば嫌われものも人気者になるんだな……
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カイト達が乗る新月の馬車が、竹焼きを行っている村に着く少し前の事である。
「大変だ!!オークだ、オークの群れが来るぞ!!」
一組の冒険者パーティーが、門番を務める衛兵に慌てて駆け寄る。
「何だ? どうした?」
「オークだ!! オークの群れだ」
「はぁはぁはぁ……む、群れどころじゃ無いわ。あれは、まるで軍隊のようだったわ。はぁはぁ……」
「ゲホッ、ゴホッ……オークだけじゃねえ……ゴブリンと、はぁはぁ……コボルトまでいやがったぜ……はぁはぁはぁ」
話を聞いた門番は、冒険者達の慌てた様子を見て顔が青褪めていく。
「おい! 城に連絡だ。馬を使って急げ!!」
門番は部下に城に向かうよう命令を下す。
「それと、お前達。疲れているだろうが、この事を冒険者ギルドに伝えてくれ」
「はぁはぁ……分かってる……ギルドには俺達が伝える」
馬に乗った衛兵が王城へ、そして、冒険者パーティーは、ふらふらになりながらも冒険者ギルドへ走って行った。
王都の街門前の広大な草原よりも更に奥の森の中ではオークの群れが、いや、それこそ軍隊と言っても良い様な規模で王都に向けて移動をしている。
まだ森の中という事であり、更にはゆうに五百を超える程の大群であることから、移動速度は遅く、そして、モンスターらしからぬ規律によって突出する者も無い。
「そろそろ、あの冒険者が報告を終えた頃であるな」
「あの慌てようは面白かったし〜、あははははは!」
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