第117 カイトの王都滞在編〜ソルトとシュガー
「カイトさん、商業ギルドの口座には既に金貨が千枚以上貯まっていますけど、どうされますか?」
「は?」
アマンダさんには商業ギルドに口座を作ってもらって、ポケット農村で収穫された野菜と、漁村で捕れた魚の売上を入れてもらっていたのだが、いつの間にか千枚以上の金貨が貯まっていたようだ。
「アマンダさん、野菜と魚の売上は農村と漁村の人達には渡していないのか?」
「いいえ、それぞれの売上の半分を農村と漁村の人達には既に渡してありますよ。前にも言ったと思いますけど、普通の村人は金貨を手にする事なんて無いのですから、売上の半分でも破格の待遇ですからね」
アマンダさんにそう言われると、もっと農村と漁村に渡すようには言えなくなった。
俺やサトミやキョウヤは、そこまでお金を使う事は無いし、神父達にしてもそうだと思う。
俺が偶にポケット教会に寄付をする分だけで十分賄える筈だ。
レクス達は基本お金は使わないし、神界ルートにしたってアイテムボックスの中にあるお金だけで事足りる。
更には冒険者ギルドの口座にも幾らか貯まっている筈だ。
「まあ、なんだ……どうするかと聞かれても、今のところは使い道が無いし、そのままで良いんじゃないか?その内、農村や漁村で馬車や舟を買う事があったら、その時に使っても良いしな」
「分かりました。ではその様に致しますね」
なんだかんだと言って、王都に来てそれなりに滞在期間も長くなったから、王都の商業ギルドに卸した野菜や魚も大量になった筈だ。であれば、商業ギルドの口座に千枚以上の金貨が貯まっていても不思議では無い。
だが、何もしていない俺が売上の半分も受け取るというのは納得がいかない。とは言うものの、売上の半分を俺に納めると決めたのは農村と漁村の人達で、俺が要らないと言っても聞き入れてくれなかった経緯がある。
それならば、どうすれば良いかと言えば、農村や漁村の為に貯蓄しておくしか今の俺には考え付かない。
アマンダさんが商業ギルドに、ミウラさんが冒険者ギルドに行くのを見送った俺達は、ララさんが作ってくれた弁当を持って、ダンジョン攻略の続きに向かう事にした。
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「この世界のオークも醜悪な見た目だし……」
「美形のオークが居たらかえって気持ちが悪いだろう。それよりもさっさと仕事を済ませるぞ」
森の奥の更に奥にソルトとシュガーの姿がある。
二人は大木の枝に座り、眼下にあるオークの集落を眺めていたが、何時までもそうしている訳にはいかないという事で行動を開始するのであった。
「ブフォォォォオオオ!」
座っていた木の枝から飛び降り、ゆっくりとオークの集落に足を踏み入れたソルトとシュガーに、当然の如くオークが襲いかかる。
襲いかかって来たのは、集落の最も外縁に居た二匹のオークである。
少し離れた所にも二匹のオークが並んで歩いているところを見ると、襲いかかって来たオークは歩哨なのであろう。
「シュガマイ……いや、シュガーは右の奴を頼む」
「オーケー任せるし」
襲いかかって来たオークは、どちらも錆びていたり、欠けていたりしている長剣を持っている。
恐らくは冒険者から奪った物なのであろう。
ソルトはシュガーに声を掛けながら、オークが振るうその大振りの錆びた長剣を難なく躱し、閉じていた額にある第三の目を開く。
シュガーの方も同様に額の目を開き、切先が欠けている長剣を振り被ったオークを睨み付けた。
「ブ……ブヒヒ……」
ソルトとシュガーに睨まれた二匹のオークは、持っていた長剣をだらんと降ろし、上体を揺らしながら力なく立っている。
「ふむ、この世界でも問題無く使えるようだな」
「そうね、寧ろ掛かり易いくらいだし」
ソルトとシュガーの第三の目で睨まれたオーク達は、その上位種であるアーチャーやメイジ等も含めて次々と催眠状態に陥っていく。
そして、外に出ていた全てのオークを第三の目で催眠状態にしたソルトとシュガーは、広場の奥にある洞窟へと入って行ったのである。
「洞窟の中にもうじゃうじゃと居るし……」
「そう嫌な顔をするな。数が多いに越した事は無いのだからな。行くぞシュガー」
洞窟の中でも襲い来るオークを第三の目で睨み付け、催眠状態で無力化していくソルトとシュガーは、洞窟の最奥の広くなっている所に足を踏み入れる。
すると、そこには一際大きなオークジェネラルと、そのオークジェネラルよりも更に大きな、それこそ巨大と言っても良いようなオークキングが、困惑しながらも侵入者のソルトとシュガーを睨み付けていた。
オークジェネラルやオークキングからしたら、一切の戦闘行為も無く、部下であるオーク達が一匹も殺されていない状況下で、たったの二人で悠々と自分達の前にやって来た事が信じられず、かと言って警戒しない訳にもいかないといった感じである。
「ブゴォォォォォォオオオオオ!」
何だ、お前達は!?とでも言いたげな表情でオークキングが吠える。
すると、洞窟の壁や天井の砂がパラパラと崩れて落ちて来た。
此処が森の奥だから良いようなものの、もしそうでなければ近所迷惑であったであろう。
隣のカミナリ親父が怒鳴り込んで来ても文句は言えないところである。
「うぅ……凄い声だし……」
「全くだ……鼓膜が破れるのではないかと思ったぞ……」
ソルトとシュガーは耳を手で覆い、大声で吠えたオークキングにジト目を向ける。
そして、お互いが睨み合っている今が好機と、ソルトはゆっくりと第三の目を開いた。
「シュガー、さっさと大人しくさせるぞ」
「うぅ……分かったし……」
ソルトの指示でシュガーも耳を押さえながらではあるが、第三の目を開き睨み返す。
「お前等は今から私達の部下になるのだ。手始めにクレマン様から頂いたこのデビルモンスターの種を飲むが良い。良いか、噛まずに飲むのだぞ」
「フゴ……ゴリッゴリッゴリッ」
「誰が噛めと言った!全く……そら、もう一度だ。今度は噛むのでは無いぞ」
「フゴッ……ごっくん」
「ふん、それで良い。では付いて来るが良い」
ソルトはクレマンから預かったデビルモンスターの種を三個程、オークキングに飲ませると、踵を返して洞窟から出て行った。
ソルトの後ろには、オークジェネラルとオークキングが、そして、その後ろからシュガーが続く。
洞窟の外では五百匹近いオークが所在無く、ゆらゆらと上体を揺らしながら佇んでいる。
それを見て満足気に頷いたソルトはオークキングと向かい合い、シュガーはオークジェネラルと向かい合って、両目を閉じ、第三の目だけを開けて、更に両手の人差し指をこめかみに当てて思念を送る。
数分間に渡り思念を送られたオークジェネラルとオークキングは、まるで雷にでも打たれたかの様に身体中を震わせる。
「ぶぎょぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「ぶぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!」
聞くに耐えない、まるで断末魔の叫びの様な声を上げながら、オークジェネラルとオークキングは地面に崩れ落ちた。
ソルトとシュガーは、再び両手で耳を押さえ、しかめっ面で失神中のオークジェネラルとオークキングを見下ろす。
「こいつ等、何故こんなにうるさいし……」
ソルトとシュガーが思念を送り、オークジェネラルとオークキングが意識を失って一時間が経過し、もう直ぐ二時間になろうとする頃、何かを振り払おうとするかの様に頭を振りながら起き上がったオークジェネラルとオークキングの双眸には、確かな知性の光が見受けられるのであった。
「フゴ……ソルト様……シュガー様……何也と御命令を……フゴ……」
今回も読んで頂きありがとうございました。