第104話 カイトの王都滞在編〜魔界の王!?
ベルゼブブの話では、その大きな顔は恐らく、ホログラムのような映像の類いだったようだ。
「貴方はベルゼブブですか。クックックックック……私は運が良い。図らずも有名所が手に入りました」
「此処はいったい何処ですかな?」
「誰が喋っても良いと言いましたか?」
ベルゼブブは、そのドスの効いた声と、映像越しとはいえ、その圧倒的な圧力に冷や汗を流し、逆らってはいけないと本能で感じ取ったらしい。
「クックックックック……貴方達には、私が世界を手に入れる為の手足となって働いてもらいます。勿論、貴方達には拒否権などありません。クックックッ……私に対して勝手な発言も許しません。その代わり、ある程度の行動の自由は認めます。ですが、私が不快に感じたら即座に殺して差し上げましょう。クックックック……貴方達の代りなど幾らでも調達できますからねぇ。とは言え、私は面倒事が嫌いですから、出来るだけ逆らわないでくださいねぇ。クックックッ……」
ベルゼブブは“貴方達”と言う言葉が気になり周りを見渡すと、少し離れた所に、口から血を流し、腹を押さえて倒れているバフォメットが居たということだ。
バフォメット程の者が倒されている事に驚いたベルゼブブだが、その場を動こうにも、映像の男の威圧で一歩も動けなかったそうだ。
「先ずは手始めに……逆らった罰です。バフォメットに行ってもらいましょうか。人間の魂をすり減らして、従順な奴隷を作ってください。クックックッ……まあ、その痛みが落ち着いてからでも構いませんから、その空間の裂け目の先にある世界に行って下さい。クックックッ……ああ、なんと私は寛大なのでしょう。そう思いますよねぇ、ベルゼブブ?」
「……」
「返事は?私が聞いているのですよ、ベルゼブブ」
「あ、はい。お優しい方だと思います……」
「クックックックック……思ってもいない事を……まあ良いでしょう。私があの世界を手に入れるのは、まだ先の事になるでしょうねぇ。急がずとも良いですが、確実な仕事を期待していますよ」
そう言って映像の男は徐々に薄くなり消えていったそうだ。
「カイト殿、あの男の名前も、何者かも聞く事はできませんでしたが、間違いなく神の類いだと思いますぞ」
「もしかして邪神なのか?」
「いえ、カイト殿。あの男からは禍々しさは感じなかったので邪神では無いと思いますが……」
『でもカイトくん、邪な想いを抱き続けると、いずれは邪神になるの!!』
レクスが念話でそう言って来た。
此処には司教もベルゼブブもいるから気をきかせたのだろう。
俺はレクスに目線で頷き、ベルゼブブに問いかけた。
「それでベルゼブブ、お前はこれからどうするんだ?」
「私は、人間の魂をすり減らすように言われていますが、我が魔界の王は人間を傷つける事を是としませんからな……魔界に帰る術が無い以上、あの男から逃げ回るしかないですな。いずれは見つかって殺されるにしても無抵抗で殺られるつもりはありませんぞ。フォッフォッフォッ!!」
「私は悪魔といえば、人間に害成すものと思っておりましたが……そうですか、魔界の王は人間を傷つけないと……これは認識を改めないとなりませんな」
司教様が感慨深げにベルゼブブを見て、何やら思案し始めたようだ。
俺は、そんな司教様を放っておいて、話を元に戻した。
「それで、お前が探している同僚っていうのはバフォメットのバフォちゃんの事か?」
「なんと!カイト殿はバフォメットをご存知でしたか?」
「ああ、俺達が戦ったからな」
「それではバフォメットはもう……」
「いや、バフォちゃんは自分の家に帰って行ったぞ」
「帰ったですと!?いったいどうやって……いや、それならば良いのですが……魔王に、アラディブ様にたっぷりとお仕置きをされたのでしょうなフォッフォッフォッ」
バフォちゃんもベルゼブブもアラディブがいる魔界の住人だったようだ。
しかも、アラディブが魔王だったとは……
俺は魔界の扉の鍵をアイテムボックスから出した。
鍵には既に魔力が溜まっていて、金色に輝いている。何時でも使用可能な状態だ。
「あっ、カイトその鍵は……」
俺はサトミに頷き、鍵に魔力を流して起動させる。
今まで晴れていた空は、厚く灰色の雲に覆われて、雷鳴が轟く。
そして目の前に観音開きの重厚な扉が現れた。
両方の扉には、向かい合う形で髑髏が浮き彫りされている。
扉が嵌っている枠にも、地獄絵図のような彫刻が施されていて、扉の取っ手に通されている鎖を留めてある南京錠の鍵穴に鍵を差し込むのを躊躇いそうになるほど、おどろおどろしい。
俺はゆっくりと魔界の扉に近づき、南京錠を手に取り、金色に輝く鍵を差し込んだ。
―――――ジャラジャラジャラ
――――――ギギ……ギィィィィィィ
南京錠と鎖が外れ、重々しく軋みをあげながら重厚な扉が開いた。
「フハハハハハ、フハハハハハハハハ!カイトよ、随分と遅かったではないか!余は今日呼ばれるか、明日は呼ばれるかと、毎日期待と消沈の繰り返しであったぞ」
意気揚々と重厚な扉をくぐり、リッチであるアラディブが白く冷たい煙と共に大袈裟な身振りで現れた。
ドライアイスか?いや、まさかな。
「そうは言うがなアラディブ、それと言って特に用も無かったし、例えあったとしても毎回こんな大掛かりな登場をされるのもあれだしな……」
「何を言っておる!用が無くても会うのが友であろう!登場に関しては余の趣味みたいな物だから大目に見てくれ」
「寂しがりやの厨二病老人か!?」
「ところでお主には謝罪と礼をしなくてはな」
俺のツッコミをスルーして、アラディブは俺に頭を下げた。
「ア、アラディブ様……何を……?」
「そうだぞアラディブ、聞く所によると魔王なのだろう?俺にこんなにも気安く接して、しかもだ、何に付いてなのかはだいたい察しが付くが、頭まで下げても良いのか?此処にはベルゼブブも居るんだぞ」
「なに、魔王と言っても余は只の纏め役に過ぎん。だが、上に立つものとして魔界の住人が迷惑を掛けたのだ。しかも、土産まで持たせてくれて魔界に送り返してくれたと聞く。カイトよ、お主が余の大切な友だからこそ謝罪と礼はしっかりとしなければならん」
「分かったアラディブ、謝罪と礼はしっかりと受け取ったよ。ところで、ベルゼブブの事だが……」
「うむ、分っておる」
流石アラディブだ。皆まで言わずとも、事情は把握しているようだ。
「ベルゼブブは余が連れて帰ろう。だがその前に、何やら美味そうに飲んでいるそれは何であるか?」
サトミやビショップ達が美味しそうに、良く冷えたアイスコーヒーを飲んでいるのを見て、アラディブが欲しそうに俺に聞いてきた。
俺もサトミ達がアイスコーヒーを飲んでいるテーブルの方を見ると、サトミとビショップ、シェリー、ヨシュアは寛いでいるが、司教様が青い顔をしてガタガタと震えている。
「なあ、司教様はどうしたんだ?アイスコーヒーを飲んだくらいで震える程に寒くはならないだろ?」
俺はアイテムボックスからアラディブの椅子を出しながらビショップに聞いた。
「多分あれだ、アラディブの魔力だ。俺達がカイトの友達だから大丈夫だと言ったんだが、距離が近いと辛いみたいだな」
「あ〜、そういう事か。済まないがアラディブ、少し魔力を抑えてくれないか?」
「うむ、済まなかったな人間よ。これでどうだ?」
威圧感のある魔力が急速に小さくなって、司教様の顔色も幾分良くなったみたいだ。
「あ、有り難う御座います。随分と楽になりました。失礼ですが、もしや貴方様は、かのリッチとお見受け致しましたが……」
「左様、余はリッチであるが、紹介等は要らぬ。余の友はカイトだけであり、教会の人間とは関わり合うつもりなど無いのでな」
「そ、それは何故でしょうか……魔界の王は人間を傷つける事を是としないと、そちらのベルゼブブ様に伺ったのですが?」
「その通り余は魔界に住む悪魔に人間を傷つける事を禁じている。だがもし、魔界と教会が通じている事を世間が知ればどうなる?間違いなく叩かれるのはお主等であるぞ」
「そ、それは確かに……」
「分かれば良い。それでは頂こうカイトよ」
確かにアラディブの言う事には一理ある。地球の歴史にも確か似たような事があった。
ただ、テンプル騎士団の場合は、そのような事実は無く、言いがかりだと何かで読んだ記憶がある。
俺は良く冷えたアイスコーヒーをアラディブのまえに置きながら、そんな事を考えていた。
「苦っ!!何だ?カイト、この激苦の飲み物は!?」
「て言うか、溢さずにちゃんと飲めるんだな。苦いのが苦手ならこれを入れてくれ」
顎の下から溢れ落ちて、高価な貴族服に染みを作るのではないかと心配したが、どうなっているのか普通に飲めるみたいだ。
アイスコーヒーに関しては、アラディブの好みが分からなかったから、最初はブラックで出したのだが、どうやら苦いのは苦手なようだ。
俺はアラディブに、水と砂糖を溶かして作ったシロップとミルクを出す。
ミルクは牛乳だからアイスカフェオーレになる。
因みに、俺とビショップとシェリーはブラックで、サトミとヨシュアは甘くしたアイスカフェオーレだ。
「余はリッチであるから、飲み食いくらい普通に出来るわい。うむ、これは美味い!!しかしお主等は、良くその苦いままで飲めるな」
「ああ、俺達は通だからな」
「この香りと苦味が良いのよ」
「これぞ大人の味だな」
「ムムム……カイトよ、このアイスコーヒーとやらを少し分けてもらえぬか?」
「ああ、構わないぞ。ミルクとシロップはどうする?」
「いや、アイスコーヒーだけで良い。余も香りと苦味の良さが分かるリッチになりたいのでな。フハハハハハハハハ!」
読んで頂き有り難うございました。