第102話 カイトの王都滞在編〜蝿の襲撃!?
「貴方様はもしや、この世界の神の一柱ではありませんか?」
傷が癒えた初老の司教が、俺に向かってとんでもない事を言っている。
だが転生者とは言え、人間の俺が神を使役している方が、もっととんでもない事なのかもしれない。
「これは、申し遅れました。私はアニエス大聖堂の司教、レイモンと申します。この度は私の命をお救い下さり有り難う御座います」
「司教様、俺は普通の人間ですから、頭を上げて下さい」
「しかし、あれ程の神々しい治癒魔法を、私は初めて見ましたが……」
「それでも俺は人間ですから敬わないで下さい!」
「分かりました。ところで、そちらの見目麗しき女性の方々を紹介してはもらえませんか?」
切り替え早っ!つか、さっきもそうだがこのじいさん、聖職者の癖に女好きか!?
「私はサトミだよ」
「おお……サトミ殿、実に美しい……人とは思えない程に美しい……」
「だって私はドリアードだから」
サトミは、指を蔓に変えて見せる。
「なんと……ドリアードとは……」
司教は目を丸くして驚いている。
「私はシェリー、エルフだわ司教様」
「おお、シェリー殿も実に美しい!先程も言いましたが、今夜の食事は……ん?どうぞ」
「ミシェル神父はこちらですか!?」
ノックの後に静かにドアが開き、白い鎧を纏った若い女騎士が部屋に入ってきた。
「どうかしましたか?マール殿」
「ミシェル神父、街に……司教様!?お怪我は?あれ程のお怪我をなさっていたのに……」
「こちらに居る彼が……確か、カイ……?」
「カイトです司教様」
「そうでした、こちらのカイト殿が治癒魔法で癒やしてくださったのです」
そう言えば“カイ”までしか名乗れなかった気がするが、あの大怪我の最中の事を良く覚えているものだ……
そもそもが、人の挨拶を遮ってナンパなんかするからだ。
「そうでしたか、有り難う御座いますカイト殿。私は聖騎士団副長のマールと申します。それで、先程の続きですが、司教様、ミシェル神父……蝿が出たのです。それも大量に……」
大聖堂の外に出てみると、マールさんが言っていた通りに大量の蝿が群がっていた。
蝿と言ってもその大きさは、小型犬程もあり、普段は分からない顔の細部等がはっきりと見えて、あまり気持ちの良いものでは無い。
逃げ惑う人々を、数人の白い鎧姿の聖騎士が大聖堂の中に誘導しながら、道を作るように剣を持って蝿を叩き切っている。
「何故この様な蝿が大量に?」
司教の疑問も尤もだが、今はこの大量に発生した蝿を何とかしなくてはならない。
「うわっ!?何だこれは!鎧が……」
聖騎士の一人が、蝿の吐き出した粘着性のある液を掛けられながらも、目の前の蝿と戦っているが、纏っている鎧が所々穴の空いた状態になっている。
「き、気を付けろ!蝿の吐く液は溶解液だ!!」
「まずいな……これは時間を掛けていられないぞ。どうするカイト?」
「そうだなビショップ……って、何だ?その手に持っているのは?」
「いや……蝿だと言うから具現化したんだが」
「ほお……?ビショップはそれで戦うんだな?」
「す、すまんカイト……消えろ」
ポンッ!
「全く、ハエたたきでどうやって倒すんだよ……」
「あはははは!あははははは!」
シェリーとヨシュアも呆れて、ビショップをジト目で睨んでいる。
そして、サトミはツボにはまったのか、お腹を押さえて笑っている。
「死体が残るのもなんだからな……良し!焼き尽くすぞ!!」
「わかったわカイト、ビショップ行くわよ!」
シェリーは流星の弓で数十本の炎の矢を一度に放ち、ビショップは人参を両手に具現化する。
そして、その人参をヨシュアに手渡し、ヨシュアが上空の蝿に向かって投げつけた。
投げた人参が蝿の一匹に当たり、一気に炎が一面に広がった。
「焼夷弾か……しかし、昔のビショップはクールガイだったのに……否、今でもどちらかと言えばクールガイだが、残念と言うかなんと言うか……」
「異世界補正だから仕方が無いの!!」
「そうだなレクス、ビショップには悪いが、面白いから……いや、仕方ないな」
「あはははは!ビショップさん楽しそうだね」
「ほっといてくれ!!野菜だろうが果物だろうが爆発すれば良いんだよ!!チクショウ!!」
あっ……やけになって量産を始めたぞ……
「ビショップ、ドンマイ!!」
「ウガッ♪♪」
「シェリーもヨシュアもうっせーわ!!さっさと終わらすぞ!!ほらヨシュア、次だ!!」
「ウガッ!」
まあ閑話休題、上空はビショップ達に任せていれば大丈夫だろう。
それよりも問題は地上だ。
「サトミ、レクス!俺達も行くぞ!」
聖騎士達が剣で蝿と戦っているが、蝿が吐く溶解液を警戒しているのか、動きがぎこちない。
「エルとマックニャンは聖騎士の援護を頼む。それと、エルとグランは蝿を爆散させるなよ。飛び散ったら気持ち悪いからな。焼けるなら焼いて、無理なら後で纏めて焼却するからな」
「分かったぜ!焼けば良いんだな」
「ワッハッハッハッハ!炎の扱いなら任せろ!」
「私には焼く術が無いから纏めておくニャン」
俺達は広場に向かって駆け出し、その中でもいち早くマックニャンが聖騎士の元に辿り着く。
「な、何だ!?人形だと?」
「マスターの指示で加勢に来たニャン」
マックニャンは話しながらも、レイピアに蝿を二匹串刺しにした。
「あ、ああ……た、助か……る?」
聖騎士は困惑しながらも、マックニャンの早業を見て、味方の加勢だと理解したようだ。
マックニャンは、蝿の溶解液を躱しながら頭から突き刺し、レイピアを振って広場の中央に放り投げるのを繰り返している。
そして、たちどころにその聖騎士の周りの蝿は居なくなった。
「それでは私は向こうの加勢に行くニャン」
「あ、ああ……ありがとう……」
聖騎士は終始、呆気にとられた表情で、蝿を倒しながら行くマックニャンを見送った。
「炎武拳!ハッ!ヤッ!それっ!!私が来たからもう安心だぜ!」
エルが両手両足に炎を纏い、蝿に囲まれている聖騎士の前に現れた。
そして、炎武拳?で、たちまちの内に六匹の蝿を燃やしながら、空へと打ち上げた。
「えっ?え―――――――っ!?蝿が……私……助かったの……?」
見れば、その女聖騎士の剣と鎧は、蝿の溶解液でボロボロになっていた。
エルの加勢が遅かったら危なかったところだ。
「今の内に大聖堂に戻って、装備を調えた方が良いぜ」
「えっ?あっ、そうね……ありがとう、可愛いお人形さん」
女聖騎士は、大聖堂へと走り、エルは、別の手こずっている聖騎士の所へ向かった。
「なあレクス、エルの手足は燃えないのか?」
「忘れたの?カイトくん。この人形は、何があっても傷一つ付かないの!!」
「あっ!そう言えば不壊って言ってたな」
「うん!そうなの!……サラマンダー」
レクスが魔法で、三匹の炎のトカゲを作り出した。前にも一度見た事がある魔法だ。
炎のトカゲは、素早い動きで蝿を捕まえて、まるで燃やしながら食べているように咀嚼している。
「あれは魔法ですか?司教様……」
「確かにあれは魔力の塊で出来ていますが、あのような魔法は見た事がありません。三匹の魔法のトカゲが意思を持っているように動くとは……何とも凄まじい魔力操作なのでしょう……」
大聖堂の入口では、マールさんと司教様がレクスの魔法に驚いていた。
「ワッハッハッハッハ!ワッハッハッハッハ!!グラ〜ン〜バァァァニング……トルネェェェェドォォォォォオオオ!!」
「うわっ!?なんだ、グラン?」
グランの声にびっくりして振り向くと、炎が吹き出しているハンマーの打撃面を上に向けて、超高速回転をしている。
恐らく火と風の魔法なのだろう、まさに燃える竜巻だ。
これでは、グランの上を飛んでいる蝿はひとたまりもないだろう。
抵抗も出来ずに、焼け落ちていくしかない。
「ワッハッハッハッハ!まだまだま〜だだぁぁぁぁぁああ!!ワッハッハッハッハァァァ!!」
多分あのハンマーは、グラン謹製のマジックアイテムだ。
自分で作ったマジックアイテムを、自分が実戦で試す。
うん、分かるぞグラン、楽しいよな。上手くいくとテンションだって上がるよな。
そんなグランを冷めた眼で見ているのはサトミだ。
サトミは蔓で蝿を捕まえて、グランのバーニングトルネードに投げ入れている。
そしてサトミの周りには、何時もなら大輪の花が咲いているのに、今回は、巨大なハエトリグサが生えている。
幾つもある棘を持った口が、次々と蝿を捕獲している。
俺が知っているハエトリグサは、虫が来るのをじっと待っていて、虫が来たら葉を閉じて消化をするのだが、確か消化には数日を要していたと思う。
だが、このハエトリグサは、自分で茎を動かして蝿を捕獲し、信じられない事に咀嚼までして蝿をすり潰し、僅か数分で消化吸収をしている。
もしかしたら、サトミが居た世界の植物なのかもしれない。
聞いた事は無かったが、棘蔓を持つ大輪の花や、このハエトリグサはモンスターで、サトミが召喚しているのかもしれないな。
俺は、そう考える方が自然だと思う。
いつか、機会があったら聞いてみよう。
読んで頂きありがとうございました。
マール(大聖堂付きの聖騎士団副長)