第101話 カイトの王都滞在編〜大聖堂!?③
「司教様が!?」
「ファビアン神父は何処ですか?私達の治癒魔法ではもう、痛みを取って差し上げる事も……」
「ファビアン神父は……今は、魔力切れで休んでいます」
大聖堂だから司教は居るのだろうけど、怪我か病気かで苦しんでいるらしい。
ミシェル神父が俺の方に向き直り悲痛な面持ちで懇願してきた。
「確か、カイトさんでしたね。どうか、司教の怪我を……いえ、せめて痛みだけでも取って頂く事は出来ますでしょうか?」
「司教様は怪我をされているのですね?わかりました。急ぎましょう」
司教のベッドがある部屋に入ると、三人の神官がぐったりとしながらも、弱々しい治癒魔法を、交代で初老の司教に掛けていた。
目の下に隈を作りながらも、献身的につくしている。
司教が神官達に慕われているのが良くわかる。
「クッ……うう……ゴホッゴホッ……私なら……大丈夫です……このままでは君達まで……倒れてゴホッゴホッ……だからもう止めなさい……」
「いいえ!いいえ!私達は司教様を失う訳にはいきません。どうか、気をしっかりとお持ちください!私達の事はお気になさらずに、怪我を治す事だけをお考え下さい!」
「だからゴホッゴホッ!大丈夫だと言ってゴホッゴホッひゅーひゅー」
司教の言葉に涙を流しながら、神官の一人が答えていた。
「これは酷いな、何処が大丈夫なんだよ……」
ベッドに横になっている司教を見ると、頭には血の滲んだ包帯が巻かれていて、両腕と両足の骨は折れ、あらぬ方向に曲がっている。
胸が陥没している様子から、肋骨も折れて肺が潰れているのかもしれない。
咳と一緒に吐血していた事から、内蔵も傷付いている可能性もある。
「あ……そ、そこに居るのはどなたゴホッゴホッ」
司教は部屋に入った俺達に気が付いたようで、絞り出すような声で誰何した。
「俺達は冒険者で、俺はカイ……」
「お、おお!!これはこれは美しい女性が二人も!ッゴホッゴホッゴホッひゅーひゅー……どうですかな……今夜食事でも、ゴホッゴホッ」
「ナンパしている場合か、おい!?」
何だ、このじいさん……重症のくせにシェリーとサトミを見るや否や、いい笑顔で吐血しながらナンパしたぞ!?
うん、大丈夫みたいだな。
「司教様、こちらのカイトさんが治癒魔法を使えるので、司教様の治療にと私が協力をお願い致しました」
「ああ、ミシェル神父、手を煩わせて済まない……ゴホッゴホッ」
「ミシェル神父……私達だけでは司教様の痛みを柔らげる事しか……しかも、魔力も底を付きかけていたので助かります」
「そのようですね。では、私が代わりますから、あなた達は休んでいて下さい」
ミシェル神父の治癒魔法の白い光が司教の身体を包み込む。
痛みが柔らいだのだろう、司教の顔付きが幾許か穏やかになったような……?
否、シェリーとサトミを見ながらニヤついているぞ!?
こんなに大怪我をしているのに逆に感心するわ!!
「ところでミシェル神父、司教様はどうしてこのような怪我を?」
「それは……」
ミシェル神父は言いにくそうに、視線を部屋の隅に向けた。
其処には、鳥型のモンスターのものらしき羽が隙間なく貼り付けられた一対の翼が壁に立て掛けられていた。
手作り感満載のその翼は、腕を通す為のバンドが切れてぶら下がっている。そして、片翼は折れているようだ。
「ミシェル神父、だいたい想像が付きました……」
「はい、私達が止めるのも聞かず、どうやって上ったのか、あの翼を両腕に付けて尖塔の上から飛び降りたのです」
「良く生きてましたね」
「はい、神の御加護か、真下に落ちずに、滑空しながら斜めに落ちましたから即死は免れましたが、このままではいずれ……」
なるほど、斜めから地面に叩きつけられ、その勢いで転がったから、あの手足の骨折を負ったんだな。
良く首の骨を折らなかったものだ。
「ミシェル神父、治せるかどうかわかりませんが、俺に少し時間を下さい。レクス、その間痛みを麻痺させてくれ」
「はいなの!……パラライズ!!」
レクスのパラライズで司教は全身麻酔を掛けた状態になった。
『セルジュ』
俺は、マップに機能を追加出来ないか確認する為に、セルジュを呼んだ。
『モキュモキュ……ゴックン、うまっ!きな粉餅うまっ!ハグッ……モキュモキュ』
『……セルジュ?』
『ん、マスタ?今、忙しい……モキュモキュ……ゴックン、はぅ〜、コンセそっちのあんこ餅よこす……ハグッ……モキュモキュモキュ……ゴックン……あんこ餅うまっ!』
どうやらレクス達のお土産なのだろう、コンセとセルジュは餅を食べるのに忙しいらしい。
『……そろそろ、コンセルジュを交代してもいい頃だよな。次は試験にするか、抽選にするか……面接も良いな』
『マスタッ!!ゴックン……何なりとご命令をっ!!』
『そうか?セルジュ、なら、食べながらで良いから聞いてくれ。マップの機能に簡単で良いから人体図を追加して、異常箇所を示す事は出来るか?』
『モキュモキュ……ゴックン!んっ、今のマスタなら詳細は無理だけど、ゴリ押しで異常箇所くらいなら直ぐ出来る。私にかかれば一瞬でチョチョイのチョイ!だから交代の話は……』
『そうだな、結果を見て判断しよう』
『んっ!頑張る』
セルジュの言うように、それは直ぐに出来た。
『マスタ、出来た。マップを展開する?』
『ああ、直ぐに頼む』
突然俺の目の前に現れたマップを見て神官達が目を見開く。
サトミ、ビショップ、シェリー、そしてヨシュアは、何時もの事だから特に反応は無い。
マップを確認すると、メニュー欄に新しく、デフォルメされた人型のマークが追加されている。
その人型のマークをポチッと押すと、画面に拡大された前面と背面の人型が映し出された。
まず最初にサトミを見ると、人型は白いままで変化無し。
次にビショップ、シェリー、ヨシュアを見る。
この三人も人型に変化無しだ。
ミシェル神父も白いままで変化無し。
マルコ神父と呼ばれていた小太りの神父は、腰と膝に赤い光点が点滅している。
「マルコ神父、もしかして腰と膝を痛めていませんか?」
「えっ!?良くわかりましたね。大した事は無いのですが、時々痛む時があります」
マルコ神父以外は健康体のようだ。
次に司教を見ると、頭の傷は神官の治癒魔法で、既に治っているみたいだった。
赤い光点が点滅しているのは、両腕と両足の骨折箇所、これは見ればわかるから良いとして、問題は左の肺と、肝臓の辺りが倍の速さで点滅している。
これは急いだ方が良さそうだ。
『セルジュ、イメージが大事なのは分かるが、俺が覚えている肺や肝臓は昔に見た図鑑や画像の物だから、うろ覚えもいい所だ。それでも治せると思うか?』
『大丈夫。今のマスタは経験を積んで魔法の効果が飛躍的に上がってる。今までまぐれだったアルティメットヒールも、何時でも意図的に使える筈。それに私が付いている。エッヘン!!』
『マスター、私も微力ながらお手伝い致します』
いつの間にかコンセが最初のコンセに戻っているみたいだ。
セルジュもコンセも下級とは言え神なのだから大丈夫なのだろう。
俺は、両手を翳し、正常な肺と肝臓をイメージする。
両手に魔力が集まり、無意識ではなく、はっきりとした意識で呟いた。
「……アルティメットヒール」
両手から溢れるように出て来た青みがかった銀色の強い光が、キラキラと輝きながら司教の身体を包み込む。
「おお……何という美しい光でしょう」
ミシェル神父とマルコ神父、そして、疲れ果てて休んでいた三人の神官が、両手を組み合わせ祈るように俺のアルティメットヒールを見ている。
マップ画面に映る、人型の肺に当たる箇所の赤い光点の点滅が遅くなり、そして消える。
すると、次に魔力が肝臓に集まり、こちらも次第に光点の点滅が遅くなり消えていく。
司教の呼吸が段々と落ち着いて、顔色に血の気が差して来た。
アルティメットヒールの青みがかった銀色の暖かい光が、右腕、左腕、左足、右足と順に集まり、人型の赤い光点は全て消えた。
一連の魔力コントロールはセルジュとコンセが行ったのだろう。
何故なら俺は、アルティメットヒールの光を司教に送り込む事しかしていないからだ。
だが、セルジュとコンセの魔力コントロールは、俺を通して行ったからだろう、俺にも何となくだが掴めたような気がする。
次に、このような機会があれば、セルジュとコンセの力を借りなくても俺自身でコントロール出来そうだ。
『マスタ、終わった。どう?私の仕事』
『ああ、治った所の光点が消えるのは良いな。身体の内部は見えないから、この機能があれば過不足無くヒールが使える』
『それなら……』
『ああ、これからもよろしく頼むぞセルジュ』
『ヤタッ!!やっぱりセルジュは私しかいない』
セルジュとの話を終えてふと気が付くと、部屋の中が妙に静まり返っていて、ベッドに半身を起こしている司教と、神官達の熱い視線が俺に集まっている。
後ろを振り返ると、ビショップ、シェリー、ヨシュアは何故か苦笑いをしている。
「やっちまったねカイトあはははは」
「サトミ?」
「これは只では帰れそうに無いわよ」
「ウガガ……」
「シェリー?ヨシュア?」
「まっ、諦めろ。これも自重しなかったお前が悪い」
「ビショップ、何の事だ?」
溜息を吐きながら、ビショップが顎で指し示す。
其処には跪き、祈っている司教と神官達が居た。
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