第100話 カイトの王都滞在編〜大聖堂!?②
別に神官に見つめられなくても、俺はいつものように寄付をするつもりだ。
「えっ!?そんな大金を……」
俺はアイテムボックスから大金貨1枚を取り出し、賽銭箱に入れた。
重量感のある音が礼拝堂に響く。
「全員分のお賽銭ですから」
「それにしても……いえ、有り難う御座います。神の御加護があらん事を……」
そして俺はおもむろに思い付き、二礼、二拍手、一礼をする。
二拍手の後に何時ものように、神界のレクサーヌ様にお礼を言う。
俺の隣ではサトミが同じように二礼、二拍手、一礼をしている。
『カイトくん、それは違うと思うの!でも沢山の寄付をありがとう』
『ワッハッハッハッハ!別にワシ等が貰える訳では無いが、こいつ等の給金になったり、貧しい者に食料を分け与える為に使われているからな』
『それくらいカイトにだってわかっていると思うぜ!』
『あはははは、まあ何はともあれ、祈りの場を維持するのにはお金が必要ニャン。礼を言うニャン、カイト君』
まあ、有意義に使って貰えるのなら、俺としても言う事は無い。
「ああぁぁ……光っています……おお神よ……」
何時ものようにレクサーヌ様達が出て来て俺の身体が光る。
それを見た神官は俺に向かって祈り始めた。
「今のは神託ですよね?何を託されたのでしょう?あっ!いえ、言えない事でしたら……」
「ああ、ただ寄付の礼をされただけですよ」
「そうですか!それは大変素晴らしい。羨ましい限りです」
俺を見る目がキラキラしている神官の後に続き礼拝堂を出ると、怪我や病気で訪れた人が、椅子に座って順番を待っている部屋に来た。
その部屋の扉の横には、少し小さめの賽銭箱が置いてある。
俺達とすれ違いで、治療を受けた人が、帰りに僅かばかりの寄付金を入れていた。
俺たちを案内してくれている神官が、老婆の膝に手を翳して治癒魔法をかけようとしている若い神官に、耳打ちをしている。
俺たちが見物に来た事を伝えているのだろう、その神官は、何か珍しい物でも見るように目を丸くして驚き、次いで破顔して頷いていた。
「カイトさん……?」
椅子に座って順番待ちをしているキリが、俺に気が付いて声を掛けてきた。
「キリ、まだ終わってなかったのか?」
「神官様も、休憩しながらでないと魔力が続かないから仕方ないよ」
「そうか、神官様も大変だな」
「それよりも、カイトさんはどうしたの?」
「俺たちは大聖堂の見物に来たんだ」
「はぁ……?何それ……?見物……?意味がわからないわ……」
やはり、この世界の人々には観光を楽しむという考えが無いのだろうか?
確かに、モンスターが居るこの世界では、旅行をするのにも命懸けになるだろうし、移動手段と言えば徒歩か馬車だ。
日々の生活に余裕があっても、数日、若しくは数週間も掛けて、態々観光旅行になど行かないのだろう。
もしかしたら、観光と言う単語自体が無いのかもしれない。
キリは口をポカンと開けて、やはり俺たちを珍しい物でも見るような目で見ていた。
俺は治癒魔法を老婆の膝に掛けている神官を見た。
神官の手から出ている白い光が、老婆の膝を包み込んでいる。
「これでどうでしょうか?少し歩いてみて下さい」
老婆は椅子から立ち上がり、一歩ニ歩と歩いて笑顔で神官に言った。
「少し楽に歩けるようになりました」
「それは良かった。しかし、またすぐに痛み始めるのでしょうね」
神官は浮かない顔をしている。
「歳を重ねると仕方の無い事ですからね。それでも、こうやって痛みを取って頂けるので助かっていますよ」
「しかし何故、歳を重ねると膝が痛くなるのでしょう……ミシェル神父はご存知でしょうか?」
俺達を案内している神官のミシェル神父は首を横に振って、わからないという事を若い神官に伝えた。
「それは、膝関節の軟骨が加齢によってすり減っているからですよ」
俺がそう言うと皆がびっくりしたように此方を見る。
「なんこつ……?それは一体何ですか?」
やはり思っていたように、この世界ではまだまだ、人体の構造や役割りといった医学的な知識や技術が発達していないようだ。
治癒魔法で怪我や病気をある程度治せるのだから、それも仕方の無い事なのかもしれない。
俺はアイテムボックスからスケルトンの頭蓋骨を出して、床を傷付けないようにそっと置いた。
「スケルトン!」
カタカタカタカタ――――――――
頭蓋骨の下から身体のパーツが現れて、すぐにスケルトンが組み上がった。
「―――――ッ、スケルトンだと!!」
二人の神官は、手を前に翳し神聖魔法を放とうと、口の中でもごもごとスペルを唱えている。
「大丈夫ですよ神官様。スケルトン、椅子に座れ」
言われた通りに椅子に座ったスケルトンを見て、俺を信用してくれたのだろう、神官は取り敢えず警戒を解いて、俺とスケルトンを交互に見ている。
「もしかして、これが噂に聞くダンジョンのスケルトンですか?」
「噂になっているのですか?えーっとミシェル神父?」
「はい、ある冒険者が骨を集めるとスケルトンになる事を発見して、今やバローの街ではスケルトンを連れて歩くのが流行っているとか……」
俺は、バローの街中をスケルトンが闊歩する場面を想像した。
そして、そのカオスぶりに頭を振ってその想像を追い出し、椅子に座ったスケルトンの脚を使い、ミシェル神父に軟骨の説明をした。
「なるほど……関節とはこのようになっているのですね……」
「はい、だから関節の間にあるこの軟骨を、明確にイメージしながら魔法を使えば、あるいは治せるのではないかと思うのです」
ミシェル神父ともう一人の神官は、スケルトンの膝の軟骨を調べ始めた。
それから数分後、治療を担当していた神官は、スケルトンを興味深げに見ている老婆に再び座るように促し、渋々といった感じの老婆は、スケルトンをチラチラと見ながら椅子に座った。
一般の人は、安全にスケルトンを間近で見るような機会はそれ程……否、皆無と言っても良いだろう。だから、この老婆の気持ちもわからないでは無い。
「なんと!見て下さい、何時もと色が違います。ミシェル神父!」
「おお……これは……いったいどうなって……」
「そちらの少年の言ったようにしっかりと軟骨をイメージ……うぐっ……」
「どうしました!?ファビアン神父!?」
「目眩と頭痛が……」
「どうやら魔力切れのようですね。ベッドで休んでいて下さい。ファビアン神父」
治癒魔法を掛けているファビアン神父の手から出た薄っすらと青白い光が、老婆の膝を包み込む。
しかし、その光の色に驚いたのも束の間、急速に魔力が消費されて、ファビアン神父は倒れてしまった。
「あの……神官様は大丈夫でしょうか?」
「ええ、ただの魔力切れですから心配はいりませんよ。一時間も寝ていれば回復するでしょう。それはそうと膝の具合は如何ですか?」
ミシェル神父の言葉に安堵の表情を浮かべた老婆は椅子から立ち上がる。
そして今度は驚きの表情を浮かべて、部屋の中を歩き、飛んで、猛烈な速さで屈伸運動を始めた。
「神官様!神官様!まるで若い頃に戻ったようです!!……はぁはぁはぁ……」
「お婆さん、無理をしたら駄目ですよ。膝は治っても心臓は歳相応ですからね」
激しい屈伸運動で息切れをしている老婆だが、屈伸運動を止めようとしないので、俺は老婆に注意をした。
せっかく膝が治ったのに、心臓麻痺でポックリは勘弁して貰いたいからな。
「はぁはぁはぁ……坊やも神官様はぁはぁ……なのですか?」
「それは私も気になるところです」
「俺はただの冒険者ですよ」
「ただの、だってさ」
「あり得ないわね」
「ウガー♪」
「あはははは!カイト、言われてるよ」
「はい!そこの三人!口は災の元だぞ!!」
俺はただの冒険者でいたいんだ……
だから、常々自分に言い聞かせる為にも口に出して言っているのに……
はっ!?これも災の元なのか?いやいやいや、そんな事は無いはずだ。
「ねえ、私の治療はどうなるの?」
「うん?キリ?そう言えば居たな……」
「カイト、それはあんまりだよ」
「そうだなサトミ。悪かったなキリ。その傷は俺が治してやるよ」
俺は、指先にピンポン玉くらいの白銀に輝く光球を作り、キリに飛ばした。
「おい!避けるな!」
キリも冒険者だ。冒険者の性なのだろうか、自分に向かって飛んで来た光球を、無意識に避けてしまった。
「あっ、ごめんなさい」
俺は指先をクイッと曲げて、光球の軌道を修正してキリの腕に当てた。
「あ、暖かい……」
「ちょっと待って下さい!!今のは何ですか!?色が銀色で球体で飛んで曲がってましたよね!?」
「え、えーっと、こ、これはヒールですけど……」
いきなりミシェル神父が物凄い剣幕で詰め寄って来たものだから、俺はしどろもどろになってしまった。
「違いますよね!?絶対に今のはヒールでは無いですよね!?ねっ?皆さんもそう思いますよね!?」
優しい顔だったミシェル神父の顔が、ヨシュア寄りの顔付きになっている。ヨシュアは、オーガにしては優しい顔をしているから、まあそういう事だ。
「ウガガ……」
「ええ、そうね……カイトだから仕方ないわ」
「そうだな、カイトにしたら、まあ、これが普通だろう」
「うん、カイトだもんね。これくらいなら、まだまだ可愛い方だよ」
また皆が好き勝手な事を言っているぞ……
「えっ?皆さん……何故そんなに落ち着いていられるのですか?」
「神官様、私も最初の頃は驚きましたけど、これはもうカイトさんだからって事で納得するしか無いんです」
「そんな……理不尽な……」
「そうです。理不尽が服を着て歩いているのがカイトさんなんです」
「おい、キリ!それはあんまりなんじゃないか?俺はふつ〜うの冒険……」
「ファビアン神父!!大変です!!」
いきなりノックも無しにドアが開き、少し肥満気味の神官が飛び込んで来た。
「何ですか?マルコ神父。騒々しいですよ」
ミシェル神父……あなたがそれを言うのですか?と、俺は言いたい。
「あっ、ミシェル神父……申し訳ありません。ですが……ですが、司教様の容態が……とても苦しんでおられるのです」
読んで頂きありがとうございました。
(大聖堂の神官)
ミシェル神父
ファビアン神父
マルコ神父