狂気編
読んで戴けたら、嬉しいです。
旺迦と屍體は浜辺を海へ向かって歩いた。
日差しが低く朱みを増していた。
砂浜に旺迦と屍體の足跡が水際まで続く。
屍體は足が濡れる場所まで来ると立ち止まり、後ろを歩いていた旺迦を振り返った。
屍體は旺迦に手を差し伸べる。
旺迦は二、三歩進み出ると屍體の手を取った。
二人は指を絡め合い海の奥へと歩みを進めた。
海は適度な圧力で二人を包んで行く。
膝、太腿、腰、腹、胸、首…………………………。
やがて呼吸ができなくなる。
二人は指を絡めたまま深みへと泳いだ。
呼吸が苦しくなって行く。
旺迦の思考は、深くなれば深くなるほど鮮明にはっきりとして行った。
『ボクが存在しなければ…………………
母さんは忌まわしい残骸を愛する事も無い…………………』
水中のぼんやりとした光が頼りなく暗闇に溶けて行く。
『死は意識の消滅
ボクと云う意識が消える
この思考が暗闇に堕ちる……………………』
暗闇に進んでいるのか、吸い込まれて行くのか解らなくなる。
『ボクが消える………………………
ボクが消える………………………? 』
不快などす黒い暗黒が旺迦を飲み込みそうになる。
『恐い………………!!』
そう思った瞬間、旺迦は屍體の手を振りほどいていた。
振り返った屍體は揺れる髪の隙間から微かな笑みを覗かせ、更なる深みを目指して暗闇に溶けて行った。
取り残された旺迦は必死に考えた。
『ボクが生きていい理由が見つからない
ボクの存在そのものが不愉快極まりない
誰もが醜いものを見るように顔を歪め、蔑む
哀れな母さんはボクを愛する
人々は母さんだけを哀れむ
そしてボクは蔑まれる
愛が疎ましい……………………
母さんの愛が、ねっとりとボクに纏わりついて
ボクは苦しい…………………
苦しいのに母さんは愛することを止めてはくれない
壊さなきゃ…………………
片方を………………………
壊さなきゃ………………………
もう一体だった時とは違う
ボクは別の生き物になった
この醜い生き物に愛は余りに重い
重過ぎて辛い…………………
だから、壊さなきゃ……………………
片方を……………………』
旺迦は海から這い出し、呼吸を確認する暇もなくふらふらと走り出した。
『壊さなきゃ………………………』
電車に揺られ、旺迦は地上をずっと見詰めた。
薄い雑念は景色と共に流れ、忘却された。
街中を彷徨い
道を間違え
頼りない記憶を思い起こし家に辿り着いた。
玄関を開けると馴染み深い匂いがした。
『ここに、ボクの居場所は無い…………………』
リビングのドアを開くと母親は居た。
ソファーに座り、ぼんやりと首を傾げテレビを観ていた。
『振り返ったら…………………』
母親は旺迦に気付くと振り返った。
旺迦はコルトガバメントを構えた。
セイフティ装置は外してある。
引き金を引けば解放されるはずだった。
『早く………………
早くしなきゃ…………………
微笑む前に………………
思い出す前に……………………
顔が歪む前に……………………
声を聞く前に……………………
早く…………………
早く…………………!
早く!
早く!!
早くっ!!
存在理由を…………………』
目を見開き叫びながら引き金を引いた。
室内に爆竹のような破裂音が何発も充満して修まった。
「母さん? 」
母親は息子を見詰める柔らかな表情のまま、ぐらりと体勢を崩し床に墜ちた。
母親は息子を見詰める柔らかな表情を天井に向けていた。
旺迦は叫んだ。
涙すら零れない。
床を拳で叩き
狂ったように叫び続け
叫び続けながらコルトガバメントを自分のこめかみに突き付けた。
『苦しかったのは、愛されてるからじゃなかったの?!』
引き金を引いた。
コルトガバメントはカチッと虚しい音を立てただけだった。
解放なんて何処にもない。
生きる意味など見出だす隙もない。
存在理由は空白のまま、無力なコルトガバメントは床に堕ちる。
旺迦は床に手をつき頭を垂れた。
『……………………ごめん…………ね……………』
総ては…………………………
無意味な……………………………
エコラリア…………………………………。
fin
お付き合い戴き有り難うございました。
このストーリーを描いた頃、狂気とか退廃とか混沌とか云う言葉が好きだったことを思い出しました。
この頃はまだ、三十代で病んでましたから。笑
今、こう云う世界観は浮かばないだろうなと思います。
余りにもあっけらかんと毎日を過ごしているので。笑
お陰様で、物忘れも酷くて認知症が怖いです。笑
女、ばはあになると図太くなるもんですわ。笑